第27話 最後の賭け

「今……なんて言ったんだ?」

「だから幽霊に会ったことがあるんだって」

「そこじゃねぇよ! その幽霊の名前のことだよ!」

「初風深夏だよ。まあ、鈍感なアンタも流石に驚くよね」

「どうゆうことなんだ、それって、俺は今もこうして普通に生きているんだぞ?」

「そうなるよね。1から話すからしっかり聞いてね」

「わ、分かった」


 琴音は俺の近くに腰を降ろして改まって真剣な顔付きに変化する。





 私がその幽霊と出会ったのは今から2年前の夏、夜道を散歩していたことだった。

 電柱の下で電気に照らされているどこかの学校の制服姿の男の人を見つけたんだ。それが初風深夏、あなただったんだ。



「そんな所で何してるの?」私は恐る恐る話しかけた。

「何も……逆聞くけど小さい女の子が1人で夜出歩いてい大丈夫なのか? そっちの方か心配だよ」

「別に大丈夫だよ。こうして1人で夜道を歩いていると気が楽になるんだ」

「俺も少しその気持ちが分かる気がするな。1人でこうやって夜空を眺めていると楽になる」

「だからここにいるの?」

「それは少し違うな。俺がここで夜空を眺めているのは帰る場所がないからさ」

「どうして? お母さんと喧嘩でもしたの?」

「喧嘩出来たら良かったな。もう喧嘩どころか人とまともに話すことすら出来ないと思う」

「どう……して?」私は彼が言っていることが理解出来なかった。

「もう死んでいるからだよ。自殺したんだ、つい数ヶ月前にね」

「あなたは幽霊なの?」

「そうだよ。ビビったか?」

「別に」私は怖がってないのを必死に隠す。

「というか、なんで自殺そんなことをしたの?」質問攻めしてしまっているな。

「イジメだよ。死ぬ4年前くらいからされていてね。初めの内は耐えれていたんだがこうもずっと仕掛けられていると精神的な限界が来て死んだんだ俺は」

「そんなことして後悔してないの?」

「一応、後悔はしていないつもりなんだ。していないはずなんだが……」

「どうしてそんな歯切りの悪い言い方するのよ。後悔してるの? してないの?」

「多分してると思う。だからこうして霊体としてこの世にいるんだと思うよ」

「後悔するくらいならしなきゃ良かったのに」


 私がそう呟くと彼に聞こえていたのか少し怒ったような顔付きに変わった。


「俺だって死にたくて死んだ訳じゃねぇんだよ! アイツらが好き勝手俺のこと殴ったり、物捨てたりしたからなんだよ! 俺が悪いみたいに言うなよクソガキ!」


 彼が怒鳴り声を私に向かってあげる。

 初めこそ怒鳴られて怖かったけど、彼の言葉を聞いて少しずつ自分にも怒りが込み上げてきていた。


「だったらアンタはそいつらに1発蹴りや殴りを当てたの?」怒りながら彼に質問する。

「し、してないけど」

「戦ってもないのになんで敗北宣言じみたことなんてしてるのよ! 馬鹿なのアンタは!」

「し、仕方なかったじゃないか。アイツらは集団で俺は個人だ。勝てる訳ないだろ」

「やってもないのに分かったように語るなこの馬鹿者! せめてそいつら全員の顔面1発殴ってから死ね!」


 そう言いながら彼のことを軽く殴ろうとするとそのまま通り抜けて電柱に衝突してしまう。

 めちゃくちゃ痛い。


「痛たたた」

「何してんの? お前やっぱり馬鹿だな」彼は嘲笑うように私のことを見つめてくる。

「だ、黙れ馬鹿。死んでおいて後悔してる奴に言われたくないわ!」

「それもそうだな」


 すると、一転して彼は切なく笑った。その笑顔を見ていると私自身もなんだか悲しくなってくる。


「あなたの後悔……というより未練を教えてくれない?」

「なんだよ急に、さっきまで馬鹿馬鹿って罵倒してきていたのに急に優しくなるのか」

「アンタのこと助けたいと思ったから」

「こんな見ず知らずの男の霊を助かるなんて危険だぞ。いくらアンタが霊感を持っていったってきけ」

「大丈夫よ。私強いもん」

 食い気味に言って彼の言葉を遮った。


 その言葉に彼は驚きながらもさっきとは違って少し安心したような笑顔を見せた。


「なら、頼らせてもらうよ」

「うん! 任せて!」


 私が自信満々にそう言うと彼は右手を差し出してくる。


「何? この右手」

「契約してくれないか?」

「契約? なんの為に?」

「俺を助ける為に……かな?幽霊になった時に閻魔様に契約をすることを義務付けられたからな」

「なら、契約する」


 そして、私は彼と契約を結び数日かけて記憶を戻しながら未練の正体を探って成仏させたんだ。彼の未練は、勝手に死んでしまったことを両親謝りたいというものだった。


 未練がなくなると、深夏は満たされたのかどんどん身体が透明になっていった。その光景は少し怖かった。


 深夏は成仏する瞬間こんなことを私に呟いてきたんです。「俺を助けて欲しい」とね。


 初めは成仏させることだけが彼を助けることだと思ったけどそれは間違いで彼の本当の意味での助けて欲しいってのは死んだことを無かったことにして欲しいという意味だったんだ。


でも、それが分かっていてもどうしていいか分からなかった。だから彼のことを寝る直前に頭いっぱいに深夏のことを考えてみると気づいたら真っ白な世界に1人で立たずんでいた。


 訳が分からなかったからとりあえず歩いて進んでみると底が見えない程の崖があったの。周りには何も無かったから一先ずその崖へ飛び降りると、気づいたらランドセルを背負っていてどこかの学校のクラスの扉の前にいたんだ。


 それからは、少し小さくなった深夏を見つけてようやくここが過去の世界だということが分かった。


 これはチャンスなんだと思った。彼を深夏を助ける最後のチャンスなのだと。

 だから私は出来ることを全力で遂行した。何度か失敗もしたけど結果的に彼を救い出すことに成功した。そう確信した瞬間、私は元の世界に戻った。





「そして、今に至るって訳よ。分かった?」

「わかる訳ないだろ!」


 俺が疾風や水戸さんに菫と出会った話をして彼らが聞いた後の感覚をようやく理解したような気がした。


「そういうのも仕方ない。でも、無理矢理にでも理解してよね」

「了解。分かったよ」1度頭の中を整理する。

「つまり、琴音は実は俺より2つ歳下で今の俺と出会ったのは契約の影響で時を戻した時だったってことか」

「まあ、簡潔にまとめるとそうゆうことね」


 なるほどそうゆうことか。自分に言い聞かせてやっと理解出来た。


 でも、驚いたな。契約の本当の意味を知っているのがまさか昔からの知り合いでそれを教えたのがまさかまさかの俺自身だなんて。

 予想外のことが立て続けに起こり多少整理は出来たものの頭の中はこんがらがっていた。

 そんな中、こんな疑問が頭の中に湧いて出た。


「どうして小さい頃にその事実の教えてくれなかったんだ?」

「逆に聞くけど、私が当時の深夏にその真実を伝えても信じるの? 幽霊の存在すら否定してたあなたに」


 その言葉を言われ何も言い返すことが出来なかった。俺があの時琴音にそんなこと言われても微塵も信じなかっただろうからな。


「それはごめん。あの頃は俺がガキ過ぎた」

「仕方ないよ小学生だったもん」

「ほんとにごめん」

「謝るのはいいからさっさと助けに行くのよ」

「助けに行くって……誰を?」

「誰って、決まってるでしょ。白妙菫さんを助けに行くのよ! 私がアンタを助けたみたいにね」

「助けに行くってことは俺が菫が自殺するよりも前の時間に行くってことか?」

「そうゆうことよ! 多分助けたい対象と同じ歳の時間に飛ばされると思うから結構ギリギリな状況に飛ばされちゃうと思うわ」

「そんな状況で俺が菫のこと助けることが出来るとは思わないんだけど」

「出来るじゃないやるのよ」

「は、はい。分かりました」

 なんで、菫と関わってもないのにこんなに熱心になるんだよ。コイツは。


「なんでこんな熱心なんだって思ってるでしょ?」

「ああ、思ってるよ。なんでだ?」

「後悔するような自殺はしないで欲しいからだよ。あの人の自殺を止めることが出来るのはアンタだけなんだよ深夏」

「そうゆうことね。分かったありがとう。んで、どうすればいいの?」


 そう俺が言うと、琴音はその場から立ち上がり奥の部屋から水が入ったガラス製のコップと怪しげなカプセル型の薬を1錠取り出した。

 怖い怖い何それ。どこ経由で手に入れた薬なんだよ。


「そ、その薬でどうしろっていうんだよ。後それなんの薬なんだよ。怪しすぎるだろ」

「これは大丈夫。単なる睡眠薬だよ」と荒砂は得意気に言った。


「この睡眠薬飲んで眠ればいいってことか?」

「ただ眠るだけじゃダメだからね! 菫さんのことを思って寝るんだよ!」

「分かった分かった。でも、本当に行けるのか?」

「それは大丈夫! 深夏は今、菫さんと契約しているでしょ? 契約した時に深夏の生気と菫さんの妖気を交換し合ったから大丈夫だよ」

「そうなのか?」

「契約を結んだ者同士はどんな場所や時代にいたとしても結ばれてるからね。結んだ者を思って寝れば、その人の元へ行けるのよ」

「ほぇ〜」


 そう言って、俺は琴音にベッドのある寝室まで案内された。パイプベッドだが地べたで寝るよりかは余っ程良い感謝しよう。


「んじゃ、ここで寝てね」

「確認してもいいか?」

「何?」

「向こうで怪我をしたらどうなるんだ?」

「推測だけど、多分痛みは向こうの世界でもあると思うけどこっちにも痛みは伝わると思うよ」

「なら、もう1つ。失敗できる回数ともし完全に失敗したらどうなると思う?」


 こんな質問はかっこ悪いとは思うが聞かずに行くのはあまりにも怖すぎる。


「これは推測と経験が少し混ざるよ。多分、失敗できる回数は最大で2回、根拠は私がこの回数で成功させたからとその状況に陥るともう失敗できないプレッシャーに押し潰されるような感覚になったから」

「そっか、教えてくれてありがとう」後は俺が頑張るだけか。

「それと最後にもう1つ良いか?」

「何よ! さっきっから質問ばっかり」

「未知の世界に行くんだ。怖いに決まってるだろ。んで、質問の内容は、菫と出会うシチュエーションってなんなんだ?」

「分からないわよ、そんなこと」

「う、嘘だろ?」

「本当よ。タイムリープして来た本人が有利になるシチュエーションになるらしいとしか言えないから」

「左様で、なら、行ってくるよ」

「ちょっと待って!」


 薬を飲む覚悟が出来そうだったのに無理矢理止められる。


「何?」自分でも分かるくらいには少し不機嫌気味な声が出てしまった。

「向こうの世界には服を除いて2つだけ私物を持っていけるんだけどそのネックレス含めるとあと1つ何持っていく?無難に金か連絡手段だけど?」

「なら、連絡手段で」

「それならこれ持っていって」


 そう言って琴音は古めの携帯、いわゆるガラケーを渡してきた。未来の物を持っていくと大変なことになりかねないからな。


「10年前に行くとしたらもうスマホだと思うんだけど」

「マジか! なら、何世代か古いスマホ渡すわ」


 そして渡されたのが10世代近く前の型のスマホだった。動作確認を一通り済ませもう1度薬を飲む覚悟を決める。


 怖いのか手が少し震える。その小さな震えを抑えながら俺は睡眠薬とコップを手に取る。


 今から行く世界は知ってそうで知らない未知の世界のようなものだ。酷ければ死ぬかもしれない、だけど菫が自殺しなくて済む世界を作れるのなら命だって賭けてやる。


 そんなことを思いながら俺は口に薬を放り込み水を流し込んだ。


 すると、すぐに薬が効いてきたのか俺はベッドに靴を履いたまま倒れ込んだ。


「あ! 1つ言い忘れたことがある!」

「な……に?」

「原理はよく分からないんだけど、向こうで過ごした1週間がこっちでも1日分の時間だからね覚えておいてね!」

「りょっか……い」

「それじゃあ頑張ってね。無理しすぎないでね」

「わ、わ……かった……よ。」


 急に視界が黒に染まった。と思ったらすぐに真っ白に染め上げられた。目を開けると雪原のように真っ白な一面銀世界が広がっていた。これが琴音が言っていた何もない真っ白な世界といだろう。


「崖か、そこが見えない程の崖。本当にあるのかな」


 そんな不安が募る中、何もない世界を四十分程歩き、ようやく例の崖を見つけることが出来た。


 琴音が言っていた通りの底も見えない崖が広がっていた。


 自分は高所恐怖症ではないと思っていたがこんな高い崖を目の前にしたら少し足が震えた。でも、そんな震えを押し殺して覚悟が整うとすぐに崖の方へと飛んだ。


 飛んだ後、どうやって地面に衝突するのかどを考えたりしているといつの間にかアスファルトの地面にキス寸前のくらいまで接近していた。


 状況が分からない為しばらくそのままの体勢になっていると「お、おい! お前さっさと顔を上げろ!」とガラガラの低い声が聞こえた。どうやら俺に投げかけられた声らしい。


 顔を上げると乱れた制服に傷だらけの顔、そして悪人顔の明らかに柄の悪い3人の男達が目の前に立っていた。これ絶対不良だ。


「な、なんなんだ。ガラの悪い変な奴らだな」そう俺が問いかけると「お前だよ!」と3人から総ツッコミを受けた。

 ガラは悪くないだろ。


「お前が急に地面から生えてくるように現れたんだろうが! お前の方が余っ程へ」

「ちょっと良いか?」1番俺の近くにいる男に問いかける。

「な、なんだよ」

「今は西暦何年で何月何日なんだ?」


 そう問いかけると、問いかけた男だけでなく両サイドにいた男たちも大笑いして俺のことを馬鹿にしてきた。仕方ないだろ分からないんだから。


「お前記憶喪失でもしたのか。それなら仕方ない教えてやろう。今は西暦2013年7月1日だよ」

「よっしゃー! 本当にタイムリープ出来たー!」


 馬鹿にして笑うよりも大きな声を上げて身体を起こし全身を使ってタイムスリップの成功を喜んだ。


 その光景を見て不良3人組全員が俺を見て引いていた。まあ、そんなことはどうでもいいが。


 その男たちを無視しながら喜んでいるとそれがムカついたのか真ん中にいた男が「というかお前いい加減にそこ退けよ」と怒りながら言い放ってきた。


 不自然に思い後方に視線を向けると少し汚れたワイシャツを着たショートカットの女子高生が座り込んでいた。


 よく見てみるとその女子高生には少し見覚えがあった。いや、少しどころではない多少髪型が変わった程度で忘れる訳ないんだ。


「菫?」


 つい声が口から漏れ出てしまった。彼女にも聞こえていたのか、なんで俺が自分の名前を知っているんだ、と謎めいた顔になっていた。


「おい! 無視するな! いい加減に退けよお前!」

「すいませんすいません。なら、もし俺がここを退いたらアンタらはこの人に何するんだ?」

「そりゃあ殴ったり蹴ったりするに決まってんだろ! その為にこんな路地裏まで連れて来たんだから」

「そうか」


 ここでどうやってこの場を収めようかと少し考える。コイツらを殴ってこの場を菫を連れて去るのも良いが助けを呼ばれ集団で攻められてしまったら菫を庇いながらでは間違いなく勝てない。


 だから、ここで本当に取るべき行動は無傷で去ることだ。


 そんなことを企むと左手を菫側に右手を男たちに向ける。左手の指を動かし掴むように誘導する。頼む! 伝わってくれ。


 そう願っていると左手に体温が伝わるのが分かると右手の人差し指を立て右側に差し向ける。


「あ! お巡りさんこんにちは!」

「はあ!?」


 その呼びかけにビビったのか男たち全員が俺の指をさした方向を向いた。


 その瞬間、菫の手を握り全速力でその場から離れた。10年前とは言ってもあまり街の情景は変わっておらず、とりあえず交番の近くまで着くと俺は菫の腕をそっと離した。


「ごめん、急に走っちゃったりして」

「いえ……大丈夫です。あの場から助けて下さりありがとうございます」


 改まったような口調に少し距離感を感じてしまい悲しくなった。菫からしたら赤の他人なんだし仕方ないか。


「あの……少しいいですか?」

「な、何?」

「どうして私の名前を知っているんですか?どこかであなたとお会いしましたか?」


 その質問はされることは分かっていたがどういった返答をすればいいのかは考えていなかった。なので、この場でベストアンサーを速攻で考える。菫が警戒せず俺を味方だと思ってくれる返答。

 限られた時間の内に考えを整えた。


「俺の正体は、菫のことを助けに未来から来た救世主! 初風深夏であーーる!!」

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出会いと別れの意味を持つ日 饅頭 @Sousakumanzyuu

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