第26話 研究者

 8月31日、気づけば空は明るくなっていて鳥の鳴き声も耳に入ってきた。


結局あれから一睡もすることなく次の朝を迎えてしまった。2日間ともまともに寝なかったことになるのか、今更ながら暑さでぶっ倒れないか心配になってきた。


とりあえず、着替えを済ませた後、ある人物に電話をした。この人でダメなら菫を助けるのは諦めようと、半ば思ってしまっていた。


「すいません、こんな朝早くに連絡して」

「別にいいよ要件はわかってるから。私は太陽が登る頃から待っていたからね」

「それはご苦労様です。今どこにいますか?」

「海にいるけど、迎えに行こうか?」

「いえ、大丈夫です。今から自転車で向かうのでそこで待っててください」

「分かった、気長に待ってるよ。ゆっくりおいで」


 電話を切り、俺は急いで自転車に乗り込み海へ向かった。


 砂浜へ着くと、昨日の花火大会の後処理に追われている人々の姿があった。本格的に熱くなる前に作業を終わらせるつもりなのだろう。


 人がいる所から少し離れた場所に彼はタバコを咥えながら突っ立っていた。


「待っていたよ。初風深夏君」

「待たせてすいませんね。荒砂志摩あらずなしまさん」

「こんな所で長話もなんだし、研究所まで付いて来てくれないか?」

「いいですけど、自転車ありますよ?」

「軽トラで来たから荷台に自転車を乗せるといいよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 研究者が軽トラってなんかジワジワとくるものがあるな。


 荷台に自転車を乗せると軽トラの助手席に乗り込み研究所へと向かった。


 荒砂の運転はなかなか荒く黄色信号は平気で突っ切るし、遅い車が前に来ると対向車線に車がいないことを見計らって無理矢理スピードを上げて追い越したりしていた。コイツ案外短気なのかもな。


 そんな危険な運転手に連れて来られたのは森の中にある少し古びた建物だった。ベランダやテラスが付いていて古くはあったが洋風でかなりオシャレな家だった。本当に研究所なのか?


「ここが研究所ですか」

「そう、ここが私の家であり研究所だ」


 中は広いと思ったが様々な書類や用途の分からない機械類が散乱していて狭かった。

 機械と書類を端に寄せて荒砂は無理矢理話す場所を作った。


「狭かったり、散らかったりしていてすまないね」

「別にいいですよ。気にしていないので」


 荒砂は冷蔵庫から冷えきったペットボトルのお茶を2本取り出し俺の傍に1本置いた。そして、彼から話を切り出した。


「君はこの数日の間に幽霊ついてどれくらい知ったんだ?」

「えっと……ですね」


 それから俺は整体調査で知ったことを洗いざらい全て話した。その話を聞いて荒砂は興味を持ったのか顔が少し緩んでいた。


「そうかそうか、ありがとう。知らなかったことも色々聞けてこちらとしても満足だよ」

「でも、俺が知っているのはこれくらいですよ? 他に知っていることは何も」

「なら、ここで私が知っていることを話してもいいか?」

「はい。どうぞ」

「初風深夏。君が幽霊と会って今日までこんな疑問は湧いて来なかったかな? どうして今まで生きていて幽霊に会わなかったんだろう? って」


 その荒砂の話を聞いてはっとした。

 確かに今まで生きた16年間の内に1回も俺は幽霊という存在に遭遇しなかった。霊感を持っていれば1人くらい出会っていてもおかしくはないはずなのに。


「1回もないですね」

「ほんとに?」

「ほんとです。なんで、でしょうか?」

「それはおそらく君が幽霊に関する情報を耳にしなかったからだよ。オカルトとか嫌いでしょ?」

「嫌いでした。まさかそれが原因ですか?」

「そのまさかだよ。君がもし、オカルト好きだったら多分多くの幽霊と出会っていただろうね」


 そしたら菫と出会っていなかったかもしれないと思うと、結果論だが良かったのかもしれないな。

 お茶を1口飲むと荒砂は再び話を切り出す。


「私は話したいことは話したから今度は君から私に何か聞きたいことはないか?」

「あります。けど荒砂さんが応えられることか分からないんですよね」

「別にいいよ。なんでも質問してくれ」

「なら、成仏した幽霊を助ける方法はありますか?」


 俺の発言を聞いた荒砂は呆れながらも少し笑っていた。俺がこの発言をするのを分かっていたのか返事はすぐに返ってきた。


「それはないよ、助ける条件とかにもよるけど」


 その返答を聞いて何も言えなかった。

 菫の「助けてください」という発言が脳裏を過ぎり目の前が真っ暗になった。頭の中が真っ白になった。


「お、おい? 大丈夫か?」

「……あ、はい。大丈夫です」大丈夫じゃないけど。

「でも、話はこれで終わりじゃないんだ。少し待ってくれ」

「終わりじゃない?」どうゆうことだ?

「ああ、そうなんだ。でも、その答えを出せる人がまだ朝食を買いに行ってきり、帰って来なくてね」

「帰って来ないって、他に誰かここに住んでいるんですか?」

「いるんだ。この研究所では私と助手の2人で暮らしているんだ。言ってなかったっけ?」

「言ってませんよ。いくつなんですか?」

「年齢は言えないな。本人に聞いてくれ」

「なら、その助手は男性ですか?それとも女性ですか?」

「女性だよ。君よりも歳下のね」

「そうですか」16より下ってことはもしかしたらクラスメイトかもなのか。


 そんな些細な心配をしていると玄関の扉がガラガラと音を立てながら開くのが分かった。どうやら例の助手が帰って来たようだ。

 荒砂は玄関にその助手を出迎えに行ったようだ。


「おかえり。遅かったじゃないか」

「ごめんなさいね。どこのコンビニも昨日のどんちゃん騒ぎの所為で品切れの場所がほとんどだったんだもん」

「それなら仕方ないか。そう言えば、お客さんが来ているよ」

「お客さん?どうしてこんな所に?」

「幽霊関連だよ。この前、会ったって言っただろう?」

「ああ、アイツの件か」


 そんな会話をしながら俺がいる部屋へと入ってくる。荒砂の隣にいるのが例の助手か、見た目からして中学生といったところだろうか。高校生ではなさそうだった。


「久しぶり」助手は慣れた口調で俺にそう告げてきた。

「どこかであなたとお会いしましたか?」

「なーんだ、もう忘れたんだ。まあ、3、4年以上も時が経てば仕方ないか」


 俺はこの女の言っていることが分からなかった。ただ、この生意気な喋り方には少し聞き覚えがあった。


「思い出せないのなら教えてあげる。小学6年生の時のクラスメイト白川琴音しらかわことねよ」

「え? こと……ね?」

「そうよ。アンタを救った白川琴音さんよ」

「自分で言うのかよ」かっこ悪い。

「別にいいでしょ。事実なんだから」

「まあね」


 まさかの展開だ。こんな所で琴音と会うとは。嬉しかったのか、足の指の先が少し暖かくなるのが分かった。

 しかし、ある違和感のせいでその暖かさはすぐに冷めてしまう。


「なあ、お前って今いくつなんだ?」

「女性に年齢聞くなんて最低ね。まあ、深夏になら教えるけど。14歳よ」


 やっぱりこの違和感は間違ったものではなかった。これはおかしいことなのだ、どうして俺と同い年であるはずの彼女が歳下なんだ。

 琴音の発言の意味を悶々と考えていると琴音は少し俺に近づいてくる。


「そっか。まだ言ってなかったもんね」

「な、何が?」

「深夏はあの時の私の発言覚えてる?」


 あの時の発言、と彼女が言ってくるものがなんなのかはすぐに分かった。謎めいた琴音のあの時の発言のことだということを。


「覚えてるよ。幽霊の関連の話聞く度にどうだったんだろうって考えちゃうくらい」

「それなら応えなくちゃいけないね。あの時点でもう私は幽霊に会っていたんだ。幽霊の存在はもう今の深夏は否定しないよね?」

「ああ、しないよ」出来るわけないだろ。

「どんな幽霊だったんだ?」

「可愛げがなくて別れ際まで暗くてずっと無口で一緒にいると少しイライラしたかな。その幽霊の名前知りたい?」

「うん、知りたい。教えてくれ」

「初風深夏」と言って俺の方を指さした。

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