第25話 成仏

 8月30日、朝日が昇ってから寝たせいか頭の中に何かが詰まったような感覚になり頭が全く働かなかった。こんなんで大丈夫なのか最終日なのに。

 そんなことを心配していると菫が目を覚ました。


「おはようございます」寝起きな為かふにゃふにゃとした力のない返事だった。

「おはよ、菫。眠れた?」

「あんまり眠れなかったです。だって深夏君が……」

「何?別になんもしてないだろ」

「カマかけたのに引っかかってくださいよ」

「引っかかる訳ないだろ! なんもしてないんだから!」

「分かりませんよ? 寝てる間にキスしてるかもしれませんよ?」

「それならそれで別にいいよ」

「もう」

 怒ると頬を膨らませるのも菫の癖だ。


 昼前に起きたが特にやることもしたいこともなかった。強いて言うならもう少し寝たいくらいだったが、それは後数少ない菫と過ごす時間を無駄にしたくない。


「何かしたいことはない?」

「特にありませんね。深夏君と一緒にいれればなんだっていいです」

「そ、そっか。なら、花火大会が始まるまでゆっくりしていようか」

「そうしましょう!」


 その会話をしてからは菫と一緒に漫画の話やボードゲームにカードゲームなどをして楽しんだ。しかし、ボードゲームとカードゲームでは結局1回も勝てなかった。


 昼食を食べ終わると蓄積されていた眠気が一気に身体にのしかかってきた。何をしても集中出来ず仕方なく俺は眠ることにした。


「菫すまん。仮眠取るわ」

「それならこっちに来てくれませんか?」

「ん? いいけど」何するつもりなんだろ?


 菫のすぐ傍に行くと彼女はベッドの上に星座をして足をペチペチと叩き少し恥ずかしそうに俺のことを注視する。


「な、何してるの?」

「知らないんですか? 膝枕ですよ膝枕」

「それくらい知ってるけど、何? 俺にしてくれるの?」

「そうです。これはご褒美ですよ」

「ご褒美か、じゃあ、お言葉に甘えて」


 そう言って俺は彼女の足の上に頭を乗せる。 幽霊なのを忘れさせてくれるくらいフラフラしていてとても柔らかく寝心地が良かった。そのせいで菫にその感想を伝える前に眠ってしまい、疲れていた為か夢も見ないで熟睡してしまった。


 何時間程寝て居たのだろうか? いつの間にか菫は膝枕をしたまま眠っていた。


 ベッドから立ち上がり窓の外に視線を送るともう空は紅くなっていて時計の短針も5を指していた。まさかもう夕方になっていたとわ。


 しばらくの間、窓の外を眺めているとベッドの上で星座したまま眠っていた菫が気づけば俺の後ろにいた。足とか痺れてないのかな? 幽霊だし大丈夫か。


「どうしたの?」

「そろそろ外に出ませんか? 準備とかありますし」

「そうだね。夕食とか飲み物買わなきゃだからそろそろ行くか」


 そう言って、もう一度服を着替えたり持っていく物の準備をしているとなかなか外に出ない俺に菫は少しイライラしていた。


「深夏君! 深夏君! 早く行かないと始まっちゃうじゃないですか!」

「はいはい。待った待った」


返事を返した後、すぐに身支度を整えて部屋を出た。


「どこで花火見る? もう砂浜の方は人で溢れているだろうし」

「そうですね。なら、あの崖に行きませんか?」

「崖?」

「もう忘れたんですか? あの時行った崖ですよ!」

「ああ、あそこか!」


 ようやく思い出した。

 菫が生前家族と花火や海を見に行ったりした思い出の場所だ。あんなことがあったのに忘れていた自分が恥ずかしい。


 コンビニに寄り飲み物と食べ物、そして敷物を買って急いで思い出の崖へと向かった。向かう最中、砂浜の方へ行く大量の車と人を眺めてあっちへ行かなくてよかったと心の底から思った。


崖の上へ着いた頃にはもう空は黒くなっていた。雲がないのか星々が夜空を鮮やかなに彩っていた。


花火が始まるのは19時で携帯の時計は18時半を映していた。もう少しで始まるのか。


「花火をこうやって海まで来て見るなんて久しぶりだな。小学生以来かも」

「それ昨日の夏祭りでも言ってませんでした?」

「言った気がする。でも、どっちも久しぶりなんだから」

「それもそうですね。私もどちらも10年ぶりなので久しぶりですね」

「言われてみれば確かにそうなのか。10年ぶりの花火しっかり楽しんでくれよ」

「はい。堪能させてもらいます」


会話が終わると時計は19時になり、海の方から花火が打ち上げられる音が響き始めた。次の瞬間、大きな音を立てながら真っ暗な夜空に火花が打ち上げられた。


それからは立て続けに大小様々な花火が夜空を彩った。

 久しぶりに見る花火はとても綺麗で打ち上げられている最中は視線は花火に釘付けされていて終始黙りとしていた。それは菫も同じで花火を見ている時はずっと黙っていた。


休憩時間になったのか花火の打ち上げが少し鳴り止む。この隙に俺は菫にあることを聞いた。


「なあ、菫。1つ聞いてもいいか?」

「いいですよ。なんでしょう?」

「どうして……俺を選んでくれたんだ?」

「その話ですか? 前にも言ったじゃないですか。深夏君が霊感体質だったからですよ」

「でも、それなら疾風とか別の人間に霊感を持っていたらその人にしたのか」

「……違います」

「え? ち、違うの?」ずっとそうだと思ってた。

「ち、違いますよ」


そう言うと菫は頬を赤く染めた。どうやら違う理由を話すのは恥ずかしいらしい。


「なんで違うの?」

「それ教えなきゃダメですか?」

「教えてくれよ。頼むからさ」

「……分かりました」


 そう言って、菫は俺の方向へ身体を向けた。俺もそれに従って身体を菫の方向へ向けた。

 菫は正座をして何か改まったような態度をとっていた。


「じゃあ理由を話すよ。深夏君」

「わ、分かった」やはり急な菫のタメ口には慣れないな。

「理由はね。私が深夏君と関わりたいと思ったからなんだよ。深夏君達があの体育館で部活動をやり始めた頃にね、壁をすり抜けてその様子を見てたの。私にもこんな時期があったのかなって思ってさ。みんなが輝いて見えたんだ。でも、1人だけかったるそうにしている人がいたの」

「それが俺って訳か」

「そうだよ。その人は部活動が嫌だ嫌だ、と言いながら自分なりに真面目に取り組んで片付けも率先して行ってた」

「あれはただジャンケンに負けてただけなんだけどな」

「それでも途中で投げ出さずに毎回やりきってて、少し困っている人がいたらさり気なく助けたりしていてとても優しいなって思った。あんな優しい人と関われたらなんて思っちゃったりもしてた。1回だけ物音を立てたりしたら、もしかしたら私が見えるかもと思ったけどそんなことはなかった」


 前に不自然な物音をあの体育館の倉庫で聞いたのを覚えていた。ずっと幽霊の仕業ではないと思っていたけれどそれは大きな間違いだったみたいだ。


「だから、いなくなってしまう1ヶ月前くらいには私の存在を明かす為に大きな行動してみようと思い、あの出来事が起こりました」

「もしも、俺が菫のこと見えなかったらどうしてたんだ?」

「その時はその時って別のこととして考えてたからいいの」

「そっかそっか。んで、その行動を起こしてよかったと思ってる?」

「当たり前じゃん。あの行動を起こしてなかったら私はまだあの倉庫の中にいた訳だし」

「それもそうか」

「あの時、ようやく深夏君に気づいてもらって本当に嬉しかった。私が見える人が本当にいるんだって思った。だから深夏君といた時間はとても幸せだった。深夏君はどう思ってたの?」

「そりゃあ幸せだったよ。菫といた時間は大切なものだと思ってるよ」

「えへへ、嬉しい」恥ずかしながら、でも嬉しそうに笑った。

「それともう1つ聞いても良いかな?」

「何?」

「なんで契約を結んだんだ?」

「それはどうゆう意味?」

「契約を結ぶ必要性の話かな。記憶を取り戻すってだけなら結ぶ必要ないんじゃないかと思ってさ」

「それは私にも分からない。何故かあの時深夏君と契約を結ぶべきだな、と思ったんです。閻魔様とかが関係してるかもしれませんね」

「そっか」特にこれといった理由はないのかもな。


「幾つか問いを聞いたのでここで1つ願い事を聞いてもいいですか?」

「願い事?」もう別れちゃうのに俺なんかに出来ることなんてないだろうに。

「私のことを助けてよ」


 俺はその言葉の意味があまりよく分からなかった。というよりは、すぐに理解出来なかった。

 助けるとはどうゆう意味なのだろうか? 成仏させることなのかそれともそれ以外の理由があるのか?

 でも、言葉の意味がハッキリしていなくても応えは決まっていた。


「うん。分かった必ず助けるよ」


 そう言って菫のことを優しく抱き締めた。菫もそれに呼応して抱いてきた。


「ありがとう」


 その瞬間、抱き締めていたはずの菫の身体を通り抜け地面に倒れてしまった。こんな状況で菫が俺のことを透過させると判断するのも考えにくい。

 すぐに体勢を元に戻し菫の方を向いた。


「な、なんで通り抜けるんだよ」

「ああ、そうゆうことですか」


 菫は何か勘づいたようだった。でも、俺はその何かが分からなかった。分かりたくなかった。


「時がきたんだよ。深夏君」

「時って……まさか」やっと分かった。

「そのまさかだよ。もう終わるんだ」


 そう言って菫は立ち上がった。俺もそれに釣られて立ち上がる。


「今やっと分かったよ。私の未練の正体」

「それ……本当か」

「うん、本当だよ」気づくと菫は涙を流していた。「それは、私が心の底から助けてと言える存在が出来ることだったんだ」

「心の……底から?」

「そう、心の底から言える存在。お母さんは私が心配し過ぎるあまり言えなかった。だけど、深夏君には言える気がしたんだ」

「そっか。それなら助けなきゃダメだなこりゃ」

「お願いだよ? 必ず助けてね」

「全力を尽くすよ」

「無理し過ぎてこっちに早く来ちゃ行けませんよ」

「分かったよ。長生きする」


 会話が終わると菫の身体は透き通っていて向こう側の景色が見える程になっていた。触れることなどもう出来なくなっていた。


「後、これ深夏君に返しておくね」


 そう言って、菫は俺の首にネックレスを掛けた。どうやら物ならまだ触ることが出来るようだ。


「良いのか……これ俺に渡して」

「良いの。元はと言えば深夏君が買った物な訳だし」

「それなら大切に残すよ」

「お風呂と寝る時以外つけていてくださいね」

「それは流石に無理ある気がするけど出来る限り身につけるよ」


 俺の言葉が嬉しかったのか透けている状態でも菫が笑っているのが分かった。


 休憩が終わったのか花火が再び夜空へと打ち上がり始めた。その様子を見る限りもうフィナーレのようだ。


「もう終わりだね、この花火も」

「そうだな。見に来て良かったな」

「うん、良かった。ほら、もう最後の花火だよ」


 掠れたような声で菫は言う。

 菫の言葉とほぼ同時に花火が打ち上げられる時に発せられる独特な音が響き渡る。


「ねえ、深夏君」


 花火が打ち上げられる直前菫が俺に話しかけてくる。


「何?」

「大好き」


 その瞬間、夜空に今まで見たこともない大きな大きな花火が夜空に開花した。


「すげえ綺麗だな! すみ……れ」


 そこにいたはずの菫はもう居なかった。

 ずるいな俺も大好きって言いたかったのに。なんの言い回しもなくただその言葉をそのまま菫に言いたかったな。


 俺は1人で片付けをして自転車へ戻り、サドルには乗らず、押して家へ帰った。

 家に着き、シャワーなどを済ませると俺は何も考えずにベッドに横たわった。枕に顔を埋めて眠ろうとしたがなかなか眠れなかった。


 俺の夏は終わりを告げたんだ。

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