第24話 夏祭り

 8月29日、いつもとは違って俺と菫も昼間まで眠ってしまい貴重な時間を浪費してしまった。この頃動き回っていたから仕方ない仕方ない。


 昼間から起きてもどこかへ出かける気にもなれず部屋で漫画を読んだり勝ち目のないトランプをしたりして時間を潰した。窓の外を見てみると空が紅くなっていて時計を見ると短針は5の数字を指していた。


「そろっと祭り会場に向かってみるか」

「確かにそうですね。向かいましょう!」


 財布と携帯をバッグに入れてそれを持って自転車で祭り会場へ向かった。


 祭り会場へ着くと地域の老若男女がわんさかと歩き回っていた。そこには学生や若いカップルなども沢山いた。


 菫は沢山の人を見て少し顔が青くなったが俺が手を差し伸べるとそれを強く握り気持ちをどうにか落ち着かせたみたいだった。そりゃあ繁華街でもないのにこんなに人がいれば驚くのも無理はない。


「どうする?俺はひとまず屋台を回ろうと思ってたんだけど」

「それでいきましょう! ささ、早く回りましょう」

「ほいほい。走るな走るな」


 人々が入り交じる列に入ると菫がどこかへ行ってしまう程の勢いで大勢の人が同じ方向へ行進していた。黒山の人だかりとは昔の人はよく言ったものだな。


 とりあえず一通り歩き回ると夕方の時刻ということもあり腹の虫が鳴いているのが微かに分かった。


「お腹空いてないか?」

「心配してくれるのは嬉しいんですけど私は幽霊なのでお腹は空きませんよ?」

「そそ、そっか」

「お腹空いたんですか?」


 そう言えば、菫が俺の考えてることを大体見透かしていることすっかり忘れてた。まあ、ここは素直に応えるとしよう。


「その通り、お腹が空いたんだよ」

「それならもう一度来た道を戻って美味しそうと思った食べ物から片っ端から買いましょう」

「所持金心もとないからな」

「分かってますって」


 それから歩いて来た道を戻りとりあえず美味しいと直感した物を買っていった。たこ焼きや焼きそばやお好み焼きにケバブ、チョコバナナやかき氷など塩っぱいものから甘い物まで買い尽くした。


 菫と夏祭り独特の雰囲気の中屋台の食べ物を食べ合えるのは嬉しいことだがお財布の中がどんどん無くなるのは少し寂しいものだ。


祭りの列から少し離れた駐車場のタイヤ止めの上に座り、そこで買ったものを食べることにした。初めのうちは2人揃ってなかなか早い速度で食べていたが元より菫は幽霊で俺もあまり食に貪欲ではない。なので、すぐにその勢いは失われて必死になってようやく食べ終わった。


 食べ終わった後、お腹がパンッパンに膨れていて驚いたが面白さの方が勝ってしまい菫と大笑いしてしまった。


 お腹の調子が戻るとただ座っているだけでは暇になると再び祭り会場へと向かった。人が減っていると思ったが会社が終わり家族ずれで来た人々などが含まれていて更に人は多くなっていた。


 もう一度祭り会場を歩き回っていると当たりもしないくじ引きに有り金のほとんどを使って景品を当てまいと必死になっている姿は見ていて少し滑稽だった。


 しかし、もう何度か見て回っている景色なので少し飽きもくる。すると、菫が「向こうにも屋台があるみたいですよ」と言って俺の腕を引っ張る。そこには射的とくじ引き、そしてお化け屋敷があった。


 せっかくなので入ってみることにした。本物の幽霊がすぐ傍にいるのに入るのか、と笑いそうになったが腹に力を入れて笑いを堪えた。


中に入ると暗闇と蒸し暑さが同時に襲ってきた。


菫は自分が幽霊であること忘れているのかビビり散らかして俺に密着しながら歩いていた。まるで初めて菫と一緒に学校に行った時を思い出した。あれがもうほぼ1ヶ月前だなんて信じられないな。


 お化け屋敷の中を突き進むと驚かす系に耐性のない俺は驚かされる度に過度なリアクションを取ってしまいその度に菫に笑われた。


30回ほど驚かされてからお化け屋敷を出る。精神的にはかなりの疲労だったが1回入るのに600円かかるんだ。これくらい怖くなければ困る。


 俺たちの前に入っていたカップルがあんまり怖くなかったという主旨の話をしていて自分のこのビビり癖が嫌になった。


 そのカップルの次に目に付いたのは地面に座り込んで泣きじゃくんでいる子供の姿だった。周りの人達はその子を見るばかりで寄り添おうともしなかった。流石に助けないとマズイとその子に近づくとあることに気づいた。


「この子、私たちが助けた迷子の子ですよ。覚えてますか?」

「流石に覚えてるよ」


 その菫の一言を聞いてハッキリと思い出した。やっぱりそうだったのか、この様子を見るなりたまこれは迷子だな。


「大丈夫?」


 精一杯優しい声で迷子少女に話しかける。

 すると、少女は泣くのを止めて俺の顔を注視する。


「あの時の……お兄さん?」


 どうやら少女の方も俺のことを思い出したようだった。


「こんな所で座っていると危ないし、少し離れた場所に行こっか」

「う、うん。そうする」鼻をすすりながら少女はそう言った。


 左手には幽霊の手を取り右手には少女の手を取るという少し意味のわからない状況に遭いながら少し人がいない落ち着ける所へ移動した。


 その頃になると少女も泣き止んでおりしっかりと会話出来る状態になっていた。


「また迷子なのかな?」確認のために一応聞いた。

「そ、そうです。お化け屋敷で怖くなって一人で出口まで走ってしまってそしたらお父さんとお母さんとはぐれてしまったんです」

「そうゆうことか」

やはり小さい子供にあれは怖いわな。


「幽霊とかお化けって嫌い?」


 何故か俺は何故かそんなことを少女に聞いてしまった。


「怖いし、驚かしてくるから嫌い」少女はすぐにそう応える。


「そっか。嫌いなのか」

「それなら、お兄さんはお化けとか幽霊とかって嫌いですか?」

「そうだね」しばらく返答を考えてから話す。

「少し前までは大嫌いだった。嘘と胡散臭さがあってねどうしても好きにはなれなかったんだ。君とは違う理由だね」

「全然違いますね。それじゃあ、お兄さんは幽霊怖いと思ってないんだ」

「そうだよ。平気なんだ」嘘である。

「そう言えば、前まではって言ってたけど今は好きなの?」

「そうだな。少し考えが変わった」

「どうしてですか?」不思議そうに少女は聞いてくる。

「1ヶ月くらい前に俺は本物の幽霊に出会ったんだ。その幽霊は出会って始めこそ俺のことを驚かしてきたけどそれ以降はそんなことしなかった。それどころか俺の指を握ったり一緒に出かけたり遊んだり掃除したり喧嘩したり色んなことをしたんだ」

「結局お兄さんは幽霊が好きなの?」

「そうだね。大好きかな」菫の方をチラリと見て俺はそう言った。


 会話が終わるとようやく迷子少女の両親が迎えに来た。どうやってここにいることが分かったんだろ?


「すみませんご迷惑おかけしまして」

「いえ、別に迷惑なんてかけてませんよ。それよりどうしてここに?」

「行く人行く人に娘の特徴を言ってどこにいるかを聞いて回ってました。保護してくださりありがとうございます」

「いえいえ、大丈夫です」


 俺がお礼を言った後、少女と両親は祭りの人だかりの中へ消えていった。

 携帯を見るともう20時半を指しており家へ帰ることにした。帰りの道中、菫がさっきの俺の発言が気になっているようだった。


「なんですか、さっきの発言」

「大好きってやつか?」自分で言ってて恥ずかしいなおい。

「それもそうですが、嫌いだったなんて初耳ですよ。胡散臭いだの嘘っぽいだの散々な言われようです」

「仕方ない仕方ない」

「でも、大好きって言ってくれたので免除してあげます」

「そりゃどうも」


 家へ帰るとすぐに風呂へ入り寝る支度を整えた。部屋へ戻ると菫はベッドの上に座り俺を待っていたらしい。何故か身体を左右に揺らしている。これは嬉しい時に出る菫の癖のはずだが何かそんなことはあるか?


「なんでちょっと嬉しそうなの」

「なんでもです。疲れているでしょう? 早く寝ましょう!」

「お、おう」


 横になると疲れているはずだが、あまり眠ることが出来なかった。というのも、菫がベッタリと密着しているからだ。


 少し下を見れば菫の顔がすぐそこにあった。なんでこんなに近いんだよ。こんな状況で眠れる訳ないだろ。


「なんでこんなに近いの?」

「なんでもです。しばらくこうしていたいんです」

「いいよ分かった。このままでいいよ」それもそうだよなこんな気持ちになるのも無理はないだって「もう明日だけだもんな」

「そうですよ。やっと気づいたんですか」


 泣きそうな声で彼女はそう応えた。そんな彼女を俺は優しく抱き締めて頭を撫でた。さっきの揺らしは取り繕ったものだったのか。


「深夏君の傍から離れたくないです」

「俺もだよ菫を傍から離したくない」

「それなら今日くらい甘えてもいいですか?」

「いいよ。目一杯甘えなよ」


それからほとんど寝ずに菫とともに一晩を過ごした。

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