第11話 雨の日の過ごし方
8月11日、昨日海へ行ったお陰で疲れが大分取れたのか、昨晩はすぐに眠ることができ、スッキリした気持ちで起きることができた。そして、時計をよく見ると午前5時を指していた。明日は槍でも降るのかな、なんて能天気なことを考えてしまった。
腰を上げて辺りを見渡すとベッドの脇で三角座りをしたまま眠っている菫の姿があった。暇潰しに飽きて眠ったのか。
ベッドから降りて菫の正面に座ると無警戒にスヤスヤ眠る可愛らしい寝顔が見えた。その寝顔を見た途端、俺は無性に菫に何か悪戯を仕掛け困らせたいと思った。勿論、傷つくような真似はしたくないので度が過ぎないように細心の注意はするつもりだが。
とりあえず、菫の頭に手を伸ばし、優しく撫でた。彼女の髪の毛はサラサラでとても柔らかく永遠と撫でることが出来た。10分間以上撫でていると撫でられていることに気がついたのか菫はゆっくりと瞼を開け、目を覚ます。
「朝から何してるんですか? セクハラに手を出すなんて」
「セクハラじゃないわ! って言ってもなんの説得力もないか」
「大丈夫ですよ。あなたがそんなことする人じゃないことくらい分かってますから」
「お、おう」なんか恥ずかしいな。
「これはそんなことする度胸があなたにはないって意味ですからね」
「その一言要らなかったなあ」
「えへへ」俺の言葉を聞いて彼女は悪戯っぽく笑った。
朝食を食い終わると今日1日何をするかを菫と話し合うが生憎の雨で外出は出来ないからか代替案が出る訳もない。
しかしながら、家に居ても特にすることもないので着替えと歯磨きを済ませると再びベッドで横になり時が過ぎるのただ待っていた。
その間、菫はと言うと窓の外から雨の住宅街を見たり、本棚の前で立ちながら漫画本や小説を読んでいた。すると、菫がある漫画本を手に取ると他の本を持った時以上にニコニコと満面の笑みを顔に見せた。
「何読んでるんだ?」あまりにもニコニコとしているので我慢出来ず菫に問いた。
「未来人のヒーローがやってくるお話です」
「ああ、あれか。結構万人受けする物語構成してるよな」
「ええ、とても面白いです。それにこの本ちょっと懐かしい感じがするんですよね」
「本当か! 記憶が少し戻ったのか?」
「そ、そこまでは」
「そっか。それなら好きな描写は?」
「そうですね」そう言うと喜んで漫画のページをペラペラと1枚ずつ捲る。「確かに色々好きな描写はありますけど、私が特に好きなのはこの描写ですね」
そう言って見せてきたのは、この漫画の1番の盛り上がり所と言ってもいい場面だ。様々な事情が重なり続け、もがき苦しんでいる少女が10年後から来たヒーローに助けられるシーンだった。
「助けに来たヒーローが少女に誰? と問われた時に『私は未来から来た救世主だよ』と言うところが最っ高に興奮するんです」本を持ちながら両腕をブンブンと上下に振りその興奮度合いを動きで表してきた。だが、当時このシーンを見た俺も同じくらい興奮したのを今でも覚えている。
「確かにそこは本当に良いシーンだよな。憧れるよなヒーローに」
「ですよね。私もあんなヒーローになれたらな」
「まだ分からないよ。ヒーローになっちゃうかもしれないのに」
「流石に無理ですよ。それは」
「そっか」
会話が一段落着くと、俺はベッドに寝っ転がり瞼を閉じてそのまま仮眠を取った。気がつけば時計の長針と短針が重なっていた。菫はまだ本を読んでいるみたいだった。
「もう正午か。こんなに寝るつもりはなかったんだどな」
「早起きした弊害なんじゃないんですか?」
「絶対そうだな」菫のその一言を聞いて俺は確信してしまった。「昼になったけどお腹空いたか?」
「空く訳ないじゃないですか。幽霊なんですから」当たり前でしょ、何言ってんだこの人と言わんばかりの視線を向けられた。
流石にこのまま何もせず寝るだけで今日という日を終わらせるのは勿体ないと思い、そこで俺は部屋のクローゼットを開け、中から少し年期の入ったトランプを取り出した。
「昼ご飯も食わないのならトランプでもしようぜ」
「トランプ……ですか。どんな勝負をします?色々ありますよね、大富豪とかスピードとか」
「ああ、色々ある。だけど、今回するのはトランプの遊び方の王道ババ抜きだ!」
「そんな威張って言わないでください」呆れながら菫は言う。「まあいいですよ。勝負しましょう」
カードを均等に分け、手札の中にある同じ数字同士のカードを捨てた。この時点では俺の方が枚数が少なく有利だ。そしてここで俺は【この勝負で負けた方は勝った方の願いをなんでも1つ聞くこと】というのを提案した。菫はその提案に乗り、さっきよりも更にやる気を引き出して来た。
「お前から引いて良いぞ」とノリノリに俺は言う。
「じゃあ行きますよ!」それに菫も乗ってくる。
菫は俺の手札から1のカードを引き抜いた。数字が揃った為か、捨て場にカードを投げた。
俺のターンが回って来た。俺は菫が持ってるカードを凝視する。菫は俺がカードを取ろうとすると「これはババかも知れませんよ?」とおちょくって来る。なので、俺は隣のカードを引き抜く。その中身はなんと大当たりのババだった。俺は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「その反応、まさか私のおちょくりにまんまと引っかかるとは思いませんでしたよ」揶揄うように彼女は笑う。
「う、うるせぇ。お前に初めの内に花を持たせてあげようと思っただけだよ」
「あくまでもわざとってことですか」笑いながらカードを引き、再び数字を揃える。
「また2枚捨てるのかよ。本当に運が良いな」
「えぇ、本当に運が良いみたいです。次引く時も揃う気がします。どうやら勝利の女神は私に味方してるみたいですね」
「それは流石にないだろ」
しかし、どうやらこの世は流石にないと思ったことの方が良く起こるもので、次の俺のターンではまた数字は揃わなかった。だが、菫はまた数が揃ったのか捨て場にカードを投げ、俺がカードを引き抜き勝負は終わった。菫の圧勝だった。
「なんでそんなに揃えられるんだよ」俺は少し怒りながら言った。
「なんでって。あなたはすぐ顔に出るんですよ。私がババを抜こうとするとニヤニヤして、数字のカードを抜こうとすると唇が震えてるんです。だから、どれがババなのかを簡単に見分けられるんですよね」
「そんなに顔に出てたか」
「ええ、くっきり出てましたよ。まあ、カードが揃ったのは偶然ですけどね」
「運も実力の内か。まぁ、取り敢えず1つ願い事を言ってくれ」
「そうですね。少し考えさせてください」
菫の考えがまとまる間、どんなことを要求して来るのかワクワクする気持ちと何が来るのか分からない不安な気持ちが混在した。ややあって、菫は良いですよ。考えがまとまりました、と言ってきた。
「願い事をどうぞ」
「願い事の前に、私ってあなたと色々な所に行くようになってじゃないですか?」
「まあそうだな」
「そうすると今日みたいに眠り込んでしまうんですよ」
「そうなのか」
「なので、ベッドの半分を私が居なくなる日まで貸してくれませんか?床だとおしりが痛くなるんですよ」
確かに彼女はよく眠るようになった。出会った頃には想像も付かないほどに。だから彼女が心地良く寝る場所を要求してくるのは当然のことだなと、言われて気づいた。
そして、この要求を呑むと俺はほんとに寝ることが出来なくなると思ったがどうにかなるだろ、と楽観的に考えた。
「わ、分かった。壁側のスペースやるよ」
「嬉しいんですけど、声が少し震えてますけど大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。問題ないよ」苦笑いしながら俺は言った。
「そう言えば、あなたは何を要求するつもりだったんですか?」
「俺か。俺は名前かな」
「名前ですか?」菫はキョトンとした顔になる。
「そう名前だよ。だってお前さ、疾風は名前呼びする癖に俺のことはあなたばっかりじゃんか」
「つまりあなた呼びではなく、名前で呼んで欲しいと?」笑いを殺しながら菫は言った。「意外と女々しいですね。端的に言えば嫉妬してたってことですか」
「うるっさいな。なんだって良いだろそこは」
「はいはい。それなら今から名前で呼びましょう。初風 深夏さんでいいんですか?」
「そんな堅苦しいのは嫌だな」
「それなら深夏君で」満面の笑みで彼女は俺の名前を呼んだ。
「んじゃ、それで」実際に言われると結構恥ずかしいな。
「深夏君ばっかり私に名前呼びされるのはなんか不平等な気がするので、深夏君も私のことを名前で呼んでください!」
「言わなきゃダメか?」
「ダメです。これは強制です」
「わ、分かった。言うよ」
「早く! 早く!」無駄に急かすな。
「す、菫」身体全体から熱気が湧き出るのを感じた。しばらくの間、菫の顔を直視することが出来なかった。
寝る時刻になった。部屋の照明を消そうとすると菫がベッドの近くに寄って来た。顔を見ると目が半開きになっており、早く眠らせてくれというオーラを出していた。
「壁際で寝てくれよ。枕使って良いから」
「はぁい。わかーーりました」口調を聞いただけで分かったけど、どんだけ眠いんだよ。今日別に外に行ってないぞ。
軽く礼を言うと、菫はすぐにベッドに寝っ転がった。俺も菫に背を向ける形でベッドに横たわった。
思いのほか、間隔が狭く何回も菫の背中と接触した。接触する度に心臓が締まる感覚に襲われた。もう少し離れてくれと思ったが、菫はもう夢の中だった。俺は瞼を力一杯閉め無理矢理眠った。
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