第6話 情報収集

 7月30日、再び起きる時間が遅く菫に脇腹チョップを受けたものの、重たい身体を動かして俺は嫌がりながらも灼熱の中、汗をダラダラと垂らして学校へ向かった。


 11時半頃、学校に到着する。

 自転車を小屋に置いて校門へ向かう。クラス担任や部活の顧問と部員に見つからないように図書室に向かう。歴代の生徒の名前や集合写真くらいならあるだろ。


 数分かけて図書室に到着する。室内には3年生と思われる生徒が3人ほどいて勉強をしていた。2年生は居なかったが1年生が1人読書をしていた。受け付けには図書委員と思われる男子生徒が1人ポツンと突っ立っていた。座ればいいのに。


 この高校に入ってから約4ヶ月程度の時間が経つが図書館に来るのは今日が初めてだ。


 室内は案外広く、本を読んだり勉強するスペースと本棚が置いてある場所はしっかりと区切られている。ご丁寧に本を簡単に探せるように分類分けもされている。


 学校資料類と書いてあるタグを見つけそこに行くとこの学校が建ってから今までの生徒の記録が本となりズラズラと並んでいた。


 10年前に関する資料を本棚から引き抜き、読書スペースへ向かう。


 とりあえず資料を開き中身に一通り目を通す。見たこともない顔、聞いたこともない名前しかなかった。


 見覚えや聞き覚えのある顔とか名前はないか? と小声で菫に言うと彼女の表情は険しくなった。恐らくないのだろう。


 もう無理かな、そう半ば諦めながら資料のページをめくる作業が3周目に入った途端、菫は資料内にある集合写真を指さした。


「どうした?」

「この人見覚えがあります」そう言って指をさしたのは言っていたある女性だった。

「この女性がどうかしたのか?」

「この人とは仲が良かった気がするんですよね。気のせいだったら申し訳ないですが」

「いや、全然大丈夫だよ。むしろ記憶が少し戻って良い事じゃないか」

「そ、そうですか」少し戸惑っている様子。

「よし、じゃあもう少し資料を見るとするか」


 そう言って、俺と菫は黙り込んだまま資料を見つめ続けた。数分見ると3周も見ていたということもあり、流石に飽きた。


 なので、とりあえずクラスメイト全員の名前書いた。その間も菫はどんどんと記憶に関連するかもと思われる人を指さした。その都度俺はメモをした。菫に「字が汚いですね」と言われたので「急いでメモしてるから仕方がないんだよ」と誤魔化した。


 時計に視線を向けるともう午後の2時を指していた。


「流石にお腹空いたし、今日はもうこの辺にしようぜ」

「え?」菫は心の底から驚いたような顔をした。まだ資料を見るつもりだったらしい。

 だって、お腹空いたし、手も痛いからね仕方ない仕方ない。


 驚いて口が開きっぱなしの菫を無視して俺は図書委員の生徒に資料を借りたい旨を伝えるが、拒否された。どうやら個人情報流出を避ける為に外部への持ち込みは禁止になったらしい。諦めて資料を本棚に戻して、放心状態の菫の元へ戻る。


「メモは取ったし、これがあるだけで結構違うと思うから、昼食行こう」もう腹が減ったそれしか考えられん。

「わ、分かりました」少し菫は不満、いや、不安そうな表情を表していた。


 学校を出て自転車で移動をすること20分、ファミレスに到着した。時間帯ということもあり、駐車場はスカスカだった。案の定店内にいる客もまばらだった。それと店内の涼しさは素晴らしいと思った。


 窓際の席に座り、俺は注文用のタブレットでチーズドリアを入れる。菫は何かいるか?と聞いたが特にありませんと言われたのでチーズドリアだけを注文した。5分程で注文した品は運ばれて来た。それを食べながら今度の予定について話を切り出す。


「これからどうする?」

「そうですね。家に帰るにしても時間的に早いですし」

「それなら、ちょっとしたいことがあるんだ」

「したいこと?」

「正直言っちゃうと俺はアンタのことをちゃんと成仏させれるかと言われると自信がない」

「ええー」そんなこと言われても困る、と言んばかりの顔だな。

「だから、ちょっとした保険をかけるんだ」

「保険?」

「アンタが地獄に行かないように良い事をするんだよ」

「良い事ですか」

「そう、良い事。つまりは徳を積むんだ。ゴミ拾いとかの小さいこととかでもいいからやろうと思うんだ」

「失礼かもですが、それって意味あるんですか?」

「それを言われたらお終いだな」苦笑ながら俺は言った。

「まあ、良い事してたらもしかしたら記憶に関係する人と会うかもだしな。何もしないよりはマシだろ」

「それもそうですね」


 チーズドリアを食べ終え、金を払い店を出る。


 とりあえず、建物や人が密集してる所へ向かうことにした。菫は人が多い所は嫌だ、と言って聞かなかったがなんとか言い聞かせて自転車に乗らせた。


 繁華街に着く頃にはもう時計は16時を指していたが、外の暑さは全く衰える気配がない。いい加減涼しくなってくれ。


 繁華街には大人よりも学生の方が多くいるように見えた。夏休みの影響なのだろう。男女混合のグループも居れば、男子だけ女子だけのグループも居た。


 色々な建物や店があるにも関わらず、宛もなくペダルを漕ぎ続けた。今自転車を降りてもグループの奴らにダル絡みされるだけだ。


 そんなことを思っていると、道の端で5、6歳くらいの女の子が大泣きしているのが目に入った。無視することは出来ないので自転車を近くに停め、女の子の近くに寄る。警戒心を解く為に屈んで目線を合わせる。


「どうかしたのか? 大丈夫?」俺は努めて優しく声をかけたが少しこちらに視線を向けるが泣き止む様子は全くない。

 菫も「大丈夫ですか?」というがこちらは反応すらない。事情を聞くにはまずは泣き止んでもらわなければ困る。そこで俺はあることを思い付いた。


「なあ、少しいいか?」菫の耳元で囁く。

「どうしたんです?」

「多分なんだけどさ。この子にはお前が見えていないと思うんだ」

「どうしてそう思うんです?」

「こうゆう不安な時に女性の声がけに反応がないのはおかしいと思うんだ。まあ、それ以外の根拠はないんだけどな」

「な、ないんですか」呆れた顔で俺のことを見てくる。そうなんです、ないんです。

「まあまあ、そんで1つ提案があるんだ」

「提案?」

「俺が今、肩に掛けてるこのトートバッグを投げるからそれを取ってくれ」

「それをしてどうするんです?」

「アンタのことが見えない人からすればバッグが浮いているように見えるはずなんだ。そうすればマジックしてるみたいに見えるだろ」

「それを見て泣き止むと思ったという訳ですか」

「そうそう、子供はこういった物に目がないからな」

「はあ、浅はかな考えですね」そう言って大きなため息を付いた。


俺は女の子に「少し見ててくれ」と言い、視線をこちらに向けさせる。そして、肩に掛けていたトートバッグを回して空高く投げる。


女の子にバレないように手や表情を駆使して菫に指示を出す。菫は慌てながらバッグに目線を送る。必死になりながらも彼女はバッグを取った。空中で、それも建物1階分くらいの高さだ。他の人から見たら俺は紛れもなくマジシャンに見えだろう。それか超能力者。


その光景を見た女の子は宙に浮くバッグを凝視していた。女の子どころか周りの交通人の視線を集めていたらしい。


「これは、何したの?」さっきまで泣いていた女の子はバッグが浮いている光景に興味津々のようだった。凄い目が輝いてるやがる。

「マジックだよ。軽いマジック」

「すごーい! もっと見せて! もっと見せて!」


 俺は慣れない手話で菫に「左右に動かしてくれ」と指示を出すと、まるで虫みたいに宙を舞っていた。すると、女の子は更に瞳を輝かせた。


 菫がバックをしばらく動かしていると、女の子の興奮も冷め始めていた。俺は女の子が落ち着いたのを見計らい事情を聞こうとしたその瞬間、後ろの方から誰かが近づいてくるのが分かった。


 後ろを向くと、菫が青ざめた顔でバッグを戻し、俺の左手の小指を掴んできた。不自然と思い辺りを見渡すと子供から老人まで合わせて30人くらいの大衆が俺のことを凝視していた。


 その人の群れの中から「すみません」と若い女性の声がしたので、その方向を向くと若い夫婦が困り果てた顔で寄って来た。


「本当にすみません。うちの子がご迷惑をおかけしました」と夫と思わしき人物が謝罪してきた。この場から早く離れたかった俺は「迷子だったんですね。早めに見つかってよかったです」と言って俺は足早に去った。


 時間も時間なので家に帰ることにした。

 帰る道中、自転車のペダルを漕いでいると後ろから菫が指でつついてきた。


「どうしたの?」

「いやあ、さっきの行動、優しいなあと思いまして。ああいったこともするんですね。それとも徳を積むだけですか?」

「少しは徳積も意識したよ。まあ、でも大体は無意識」自信なさげに俺は言う。「偽善と言われちゃお終いだけどね」

「言いませんよそんなこと」

「後、さっきはごめんな。あんなに人が集まってくるとは思わなくて」

「別に気にしてませんよ。あれは女の子を落ち着かせる為にした行為だというのは分かっていますので」

「そう言ってくれると助かるよ」

俺は彼女を不幸にさせてないのを確認し、安堵しながら夕焼けの空を見上げた。


「明日は何しようか」

「学校に行って資料を」

「嫌だ。というかほぼ学校にある資料にはもうほとんど目を通しちゃったし、メモもある程度したから行ったところで意味ないよ」と食い気味に俺は言う。

「なら、どうするんですか?」

「じゃあ少し遠出でもするか。隣町に行こう」

「そこは人、少ないんですか?」

「残念ながらさっきまで居た繁華街よりも人が多いよ」

「ど、どうしてそんな所へ行くんですか」菫は落胆したような声で言う。

「気分かなあ」素っ気ない返事をすると後頭部を小突かれた。


 そんなこんなで明日は遠出をすることに決めた。個人的な考えを述べると、人が多くいる所に行けば困り事の1つでもあるだろう。あわよくばその助けた人の中に菫に関する人が居ればいいなと、そう考えた。まあ、めんどくさいので菫に説明はしないが。


 突然だが、今の社会環境というのは怖いもので、誰が何処でスマホを片手にどんな場面を撮影をしているのか分からないものなのだ。


 そして、俺がマジックと言って菫にトートバッグを投げたあの場面は、大勢居た通行人の中の誰かに撮影されていたらしくその動画はネットに拡散され、バズりにバズりまくったらしい。


 1部の人の中でどんなギミックや編集を使っているのか、通行人はヤラセなのか、彼は何者なのかなど様々な論争が繰り広げられていたらしいが、俺と菫はそのことを知らない。

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