第5話 丘の上

 7月29日、とうとう念願の夏休みが始まった。沢山の課題を出されたものの部活は元より行かないと考えているので結構な日数が休日としてある。そんな初日の俺の過ごし方はひたすら寝るだけだ。


 4月から今まで学校という息苦しい空間で過ごし疲れ切った。だから、その身体を休ませる為に夏休みの初日は夕方まで寝るのが俺の中学の頃からの習慣なのだ……が、今年はちょっとした障害がいた。


「いい加減に起きてくれませんか?」

「……え?」

「……え? じゃないです! もう午前の11時ですよ! 普通の人なら起きている時間です。友を探しに行くんじゃないんですか?」

「ああ、そんなのもあったな。でも、今日は夕方まで寝るんです」

「馬鹿なこと言わないでください。今すぐ起きなきゃまたチョップしますよ」

「あ、あれはやめてくれ! 普通に痛い」

「なら起きてください」


 脅されて致し方なく起きる。

 ひとまず、寝間着から着替えて、歯を磨き顔を洗う。そして、もう1度自室に戻り、持っていく荷物をトートバッグの中に入れ、外に出る準備を終わらせた。


「はい」

「はい、じゃないです。こんなことで威張らないでください」

「俺が夏休み初日に起きたことを褒めて欲しいもんだな」

「はあ、まあいいです」菫は呆れながら言った。「では、高校に向かいましょう!」

「なんで?」

「なんでって、だって1番情報が集まっているのは高校のはずです。だから今から向かいましょう」

「嫌に決まってるだろ」

「そ、それはどうしてですか?」

「だって、ようやくの夏休みなんだぞ? どうしてわざわざあんな所に行かなきゃ行けないんだよ」

「本当に行きたくないんですね」

「ほんっっとうに行きたくない。だから今日は高校だけはやめてくれ」

「分かりました。強制はさせたくありませんからね。でも今日の予定はどうしますか?」


 彼女の問いに俺はしばらく考える。


「唐突に思いついたんだけど、俺って客観的に見てインドア派とアウトドア派どっちに見える?」

「本当に唐突ですね。圧倒的にインドア派に見えますね」

「圧倒的にか、そんなに?」

「そんなにです」

「そんなにか、だが残念。俺はアウトドア派だ」

「嘘は言っちゃいけませんよ?」

「嘘じゃないわ! 俺は意外と外が好きなんだ。だから、この街のことをそれなりに知ってるんだよ」

「それがどうしたんですか?」

「そうだな、なら、今アンタが直感で行きたい所を言ってくれ。抽象的でもいいから」

「そうですね。それなら見通しの良い高い場所ですかね」

「よし、わかった行こう。今日の予定決まり」


 それから俺は外に行き自転車の鍵を解く。菫にキャリアーに乗ってくれ、というと彼女は少し困惑していた。


「どうしたんだ?」

「その振動が痛いんじゃないかなと思いまして」

「なら、飛んで行くか?」

「それは疲れるので嫌です」

「ワガママだな。分かったよ、ちょっと待っててくれ」


 「はい」と彼女の返事を聞き俺は家の中へ戻る。そして、フェイスタオルと紐を取り出すと自転車の元へ戻る。


「どうしてそんな物を?」

「簡易的だけど、タオルをキャリアーに敷いてそれを紐で縛る。これで多少は振動が和らぐと思うよ」

「あ、ありがとうございます。本当に助けてくれるなんて思いませんでした」

「待ってくれ、その言い方だと俺ってそんなに悪人っぽく見えるのか?」

「はい。初対面の時も思ったんですが、あなたって目付きがとても悪いんですよね。多分近くで見たら幼児は泣いてしまうんじゃないかなと思います」

「そ、そんな。事実だとしても、もう少しオブラートに包んで言って欲しかった」普通に傷ついた。

「ご、ごめんなさい」

「べ、別にいいよ。事実なんだから」


 女子に容姿が怖いと言われ心に傷を負ったが自転車で町の中にある高い所へ向かうことにした。


 家の中から外へ出た時も思ったことだが、七月末ということもあり業火の中にいるように暑い。真夏日といったところだ。


 セミの鳴き声も心做しか7月の初め頃に比べて増しているように思えた。


 準備で色々とゴタゴタしていたせいで、朝食も昼食も食べていなかったし、何よりも喉が渇いていたので家を出発して30分程で最寄りのコンビニに自転車を停めた。


「飲み物と朝食兼昼食を買ってくるけど、付いて来る?」

「はい」


 店内は天国と思わせるほど涼しかった。菫も同じようなことを思っているだろう、と思い彼女の方を向くと何も思っていないような表情をしていた。無表情? 温度は感じるはずなんだけどな。


「涼しく感じないのか?」

 そう問いかけると変なことを聞いてしまったのか菫は困ったような表情を浮かべた。


「涼しい? 私は別に外にいる時も暑いとは感じませんでしたよ?」

「そうなのか。でも体温は感じるんだよな?」

「そうですね。不思議ですよね、私自身もこの身体の構造自体はあんまり理解してないんですよね。分からないことばかりで」

「そうなんだ。なら、今度しっかり調べてみるか」

「え、エッチなことする気ですか?」

「しないし! 断るようならやらないし」

「別に限度を守ってさえくれればいいですけど」モジモジしながら彼女は言う。「ですが限度のラインを超えようものなら容赦しませんよ」1言前の発言の態度とは裏腹に冷ややかな目で俺を見つめてきた。

「は、はい」やっぱりまだ警戒されてるのか?


 俺はペットボトルのスポーツドリンクとおにぎり2つとサンドイッチ1つをカゴに入れ、レジに向かい購入した。対応した店員さんはどうやら俺と菫が会話しているのを見ていたらしく俺のことを奇妙な化け物を見るような目で見てきた。少し傷ついたがレシートを受け取った頃にはどうでも良くなっていた。


 コンビニの外に出ると灼熱地獄が待っていた。そんな中、先程買ったおにぎりとサンドイッチを食べ再び高い所へ向かった。


 エネルギー補給を行ったのでペダルを漕ぐスピードが上がった為かすぐに目的地に着いた。まあ、目的地と言っても単なる町の奥にある小高い丘なんだがな。


 しばらく登るとすぐに頂上に着いた。周りは林に囲まれているが頂上だけ木々がなくポッカリと空間が空いているのだ。そこからの景色は意外と綺麗なもので街の隅から隅まで見渡すことが出来た。


「おお〜! 高い高い」

「こんな所があるんですね。この町に」

「久しぶりにここに来たけど案外いいもんだな」

「夏ですけどここは涼しいですね」

「そうなんだよ。不思議だよな〜」


 会話が1段落着くと、その後は各々が地面に座り景色を眺めていた。奥までよく見渡すと海が見えた。それを見てもう海には10年近く行ってないな、とふと思った。


 30分程景色を見た後、菫は少し悩んでいるような顔を俺に向けてきた。


「どうしたんだ?」

「いえ、どうしてここに私を連れて来たのかと思いまして」

「ああ、いや〜? 特になんもないよ?」

「誤魔化すの下手くそですか。いいから早く言ってください」

「えっとな。昨日めっちゃ疲れてただろう。だから気分転換になるかな、と思ってここに来たんだ」

「気を使ってくださったんですね。私はてっきり学校に行きたくないからてきとうな理由付けてこっちに来たんだと思ってました。疑ってすみませんでした」

「別にいいよ。謝らなくて」


 本当は今の理由が即興で考えただけの言い訳だ! なんて言えない。嘘がバレないように菫を直視しないようにして景色を見ることに集中した。


「け、景色を見るのも飽きた頃だろうし、そろそろ帰ろうか」

「そうですね」


 少し上機嫌な菫は俺よりも足早に丘を降りていった。俺はそれを追いかけた。


「明日はいい加減学校に行きますよ」

「うえ、分かったよ」そう言って俺は露骨に嫌な顔をした。

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