第7話 霊感のある女性

 7月31日、何世紀ぶりか分からないが俺はアラームも誰かのかけ声もなしに起きることが出来た。出来たのだが、時計は午前10時を指していた。


「あんまり早起きじゃなかったか」

「助力なしでこの時間なら大きな1歩でしょうに」

「それはそうだけど。俺的には体感午前5時くらいだと思ったんだけどな」

「馬鹿なこと言ってないでいいのでさっさと準備してください」

「了解了解」


 素っ気ない返事をした後、洗面所まで行き歯を磨き顔を洗う。てきとうな服に着替え自室に戻り菫を呼ぶ。


 外に出て暑さに打ちのめされかけたがどうにか耐えて繁華街にある少し大きめの駅まで向かう。


 駅の周りには建物が多かったりするということもあり、大人子供問わず多くの人が歩いていた。その光景を見た菫は青ざめた顔になっていた。


「な、なんかごめんな」

「べべべ、別にいいですよ。私にはなんの問題もありませんから」


 明らかに問題はあったが本人が大丈夫と言っているのなら問題はないのだろう。


 駅の中に入ると外ほどではないが大勢の人が居た。菫はその環境に耐えきれなかったのか小指に加えて薬指と中指まで掴んでくた。申し訳ない気持ちで心が満ちていった。


 改札口を潜りホームに出る。駅の中とは違って外の熱気がそのまま身体へ伝えられた。暑い為か、ホームに居た殆どの人が屋根の下で待機していた。それと、今になって分かったことだが菫に触られているとその部分は少しばかりヒンヤリと冷たかった。


 電車がホームに入り停車するとホームに居た人達が一斉に中へ入って行った。それに俺と菫も続く。


 電車の中は確かに涼しかったが人が多すぎる為かすぐに車内は熱くなった。混んでいて席に座ることも出来なかったので吊り革に腕を伸ばす。左手は菫に占領されているので右手を上げた。隣町へは電車移動で10分ほどかかるのでこの状態を続けなければいけない。はあ、と俺は心の中でため息を付いた。


 電車に乗り込み2分が経過しようとしていた時、列車が大きく揺れる。菫が指から離れそうになるのを止めようとして俺は無意識的に抱きつく形になってしまった。自分がやってしまったことに気づきすぐに一定の距離を取る。


「すすす、すまん!」

「だ、大丈夫です。それよりも驚きの方が強かったです」

「そうか。分かった」顔が熱くなるのが分かった。


 気持ちを落ち着かせる為に菫から視線を逸らした。何かないかと見渡すと、新聞を読んでいる人、スマホの画面を見て色々な感情を表す人、会話を楽しんでいる人など様々な光景が見えた。


 そんな中、俺が一際目に付いたのは困った表情をした20代ほどの女性だった。気になったのでその女性の全体を見てみるとどこからか不自然に伸びている手が確認できた。


「あのあの、あそこにいる女性どうしたんでしょう?」菫も気づいたのか服の袖を引っ張ってきた。

「多分、あれ痴漢だな。触ってる手は確認できた」

「どうするんですか? 無視ですか?」

「そんなことはしないよ。むしろ助けるよ」

「た、助ける!? 予想ではありますけど多分後ろにいるガタイのいい男の人が犯人ですよ」

「そんなの関係ねぇよ。さっさと助けてくる」

「分かりました。全く無理しないでくださいよ」


 彼女の言葉を聞き終え、菫に小指から人差し指を握られながら女の人の元へ近づく。そして、痴漢をしている男の腕を掴み、ひとまず手を女の人から離すことに成功した。右手で中年おっさんの手を握りながら駅に着くのを待った。この感触は今すぐにでも忘れたい。


 隣町の駅に着くと、俺はすぐに列車から降りた。1人のおっさんと1人の幽霊を連れて。改めて考えてもどんな状況だよ。


 痴漢被害を受けていた女性も俺に続いて列車を降りる。お姉さんが俺の傍に近づいて来るので、おっさんの方に視線を送るとさっさとその汚い手を離せよクソガキ、と言わんばかりの目線で俺の方を睨みつけてきた。俺も負けじと睨み返した。よく見ると俺の顔を見た菫が少し怯えていた。


「おっさん、なんでこのお姉さんの太もも触ったりしてたの? 幾ら欲を抑えられないからってそれはダメだろ?」恐喝するように言ったがおっさんは押し黙っていた。


 お姉さんに駅員と警備員を呼ぶように言った。待っている間、俺とおっさんは睨み対決を続けた。


 ややあって、警備員が到着し、俺とおっさんとの距離を離した。ようやく終わった生き地獄。事情を聞くためかおっさんはつまみ出され、お姉さんもそれに着いて行った。


 別れる際に「どこか駅内の適当な場所で待っててくれる?」と言われたので無言で頷きその場を後にした。


 改札口を潜り近くにあるベンチに腰を降ろした。座って見てみると立っている時とは違う景色を眺めることが出来た。その時、不自然に思ったのは一部の通行人が俺のことを不気味そうに見てきたのだが特に気にはしなかった。こっち見んな。


 1時間程経った頃、お姉さんは俺たちに気づき申し訳なさそうな顔をしながら近づいてきた。


「ごめんなさいごめんなさい。思った以上に時間がかかっちゃってね」

「大丈夫ですよ。別に待つのは苦ではなかったので」

「そうなの。ああ、自己紹介が遅れてごめんなさい、私の名前は水戸榛名みとはるなって言うの。よろしくね」

「俺は初風深夏って言います」こんな律儀に自己紹介したのはいつぶりだろうか、なんて能天気なことを考えた。

すると、水戸さんが不思議そうに首をかしげながら俺のこと、いや、菫の方を凝視していた。


「そこのロングヘアのワイシャツを着ている可愛いお嬢さんはどなた?あなたの彼女さん?」

「へ?」

想定外の言葉が聞こえ、アホっぽい声が口から漏れ出てしまった。

「見えてるんですか?俺の隣にいる女の子が」

「ええ、見えてるわよ。左手の指掴んで仲が良いわね」


 その発言を聞いて、俺と菫は目を合わせたり水戸さんの方を見たりする動作を数回繰り返した。

 そして、確信した。この人は霊感体質なのだと。


「水戸さん。少しどこかでお話しませんか?」

「何?もしかしてナンパ?」

「ち、違います違います」

「まあ何でも良いわ。どの道話し合おうとは思ったし、ひとまず移動しましょうか」


 駅の外に出て、話し合えそうな手頃な探す。スマホで地図を開くと近くに喫茶店があることが分かったのでそこに向かうことに決定した。


 その喫茶店は少し古臭いレンガ造りの1階建ての建物だった。隣町にはこんな建物まであるんだ。中に入ると、外から見る限りは狭く見えたが店内は案外広々としていた。軽快な音楽が鳴っていて客も疎らにいたので店内はそれなりに賑やかだった。


 店員さんに4人用の席に案内され腰を下ろし各々がてきとうな品を注文した。飲み物だったので数分で届いた。


 水戸さんは注文したコーヒーを1口飲むと俺の方をニヤリと見つめ話を始めた。


「もう1度聞くけどその連れの子って、あなたの彼女さんなの?」

「か、かの。違いますよ」

「違うの?なら、どういったご関係?」

しまった。この質問に対しての応えをどうするか全く考えていなかった、迂闊だった。それなら仕方ない。

「言ったところで信じてもらえるか分かりませんけど」その後は菫との関係を懇切丁寧に説明したのだが、どうやら水戸さんは全く理解出来ていないようだった。疾風のようにはいかないよなあ、やっぱ。


「つまり、契約を結んでその子は幽霊で成仏させる為の手掛かりを探しているってところですかね」

「まあ、そんな感じですね」

「それでも仲良いのはなんか羨ましいなあ。指まで握って、本当にカップルみたいなのよ」

「これは彼女が人混みの中を耐え凌ぐ為にしてるだけで別に好意がどうとかはないですよ」

「そうなの」

俺が誤魔化す為に言っていると思っているのか、水戸さんは終始ニヤニヤしていた。気になって菫の方を見てみると下を向いて俯いていた。照れ隠しかは分からないが少しだけ指を握る力が強くなっていた。


 もう1度水戸さんはコーヒーを1口飲むと、何かを思い出したのか、慌てて鞄からスマホを取り出し、テーブルの上に置いた。


「あなたの顔どこかで見たことあると思ってたんだけど、この動画に映ってるのってもしかしてあなただったりする?」

 そう言って、1つの1分ほどの動画を見せてきた。そこには死んだ魚のような目をした男と宙を舞っているトートバッグが映し出されていた。間違いないこれは、


「俺……ですね」

「やっぱりそうなんだ!」水戸さんら何かスッキリしたような顔をした。「それでこのトートバッグを持ってるのが隣にいる子か」


 本当に見えてるんだ。

 動画の再生回数が気になり画面を下にスクロールすると、そこには500万という数字が映されていた。コメント数も800を超えていた。これは紛れもなくバズった、というやつだろう。


「流石にこんな凄い光景見せられたらバズリもするわよねえ」羨ましそうに彼女は言う。

「1つ心配があるんですけど、これって個人情報とか大丈夫なんですか?」

「そこはなんとも言えないわね。あなたの頑張り次第って感じ」

「そ、そうですか」なんだよそれ。運ゲーじゃん無理じゃんネット怖。


 水戸さんは悩みが晴れたのか、その後は菫とのガールズトークで盛り上がった。話の内容はほとんど聞かなかったが楽しそうに話していたのでまあ、良かった。


 飲み物が無くなり、店を出る準備をする。どうやら水戸さんの奢りらしく会計分の金を財布から出した。


 会計を済ませ店から出て水戸さんと別れようとする際、ちょっと良いかしらと話しかけてきた。


「どうしたんです?」

「その幽霊の子の名前をもう1度教えてくれない?」

「菫ですけど、それがどうかしましたか?」

「やっぱり!」両手を合わせ満面の笑みを零す「私その子と同じ高校だったわよ」

「ほ、本当ですかそれは!」

「本当よ本当。でも菫ちゃんとは別のクラスだったし、最低限しか登校してなかったからあんまり詳しいことまでは分からないのよね」

「そ、そうですか」

「でもでも、菫ちゃんと同じクラスだった人と少しは連絡先交換してるから面談出来る機会を作ってあげる」

「ま、マジですか」

「マジです。ここは大人である私に任せなさい」

「分かりました」


 水戸さんと連絡先を交換し別れを告げた後、俺と菫は駅に向かい町へ戻る列車に乗り込む。帰宅ラッシュ前ということもあり、行きに比べ乗っている人は少なかった。その為か、菫の表情は結構楽々としていた。リラックスしていたのかいつの間にか俺に寄りかかり眠っていた。まさかここで彼女の寝顔が見れるとは予想外だな。


 彼女の寝顔を眺めていると、ふとこんなことを思った。何故菫は俺を選んだのだろう?菫は俺が霊感があるという理由で選んだと言っていたが、もし疾風が霊感体質だったら彼女は疾風を選んだのだろうか?


 それによく考えてみると契約を結ぶ必要自体あったのだろうか?1人では外を出れないとはいっても契約を結ぶ必要性とは結びつかない。


 菫はなんで俺を選んで契約を結んだんだろうか? そんな疑問が頭の中をグルグルと這い回っていた。いつか直接本人聞くとしよう、そう思いながらもう1度彼女寝顔拝見した。

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