第21話 整体確認と自分の過去

 8月23日、天気は相変わらずの晴天。菫の母親の予定が分からなかったので朝早く起きて家に行くことにした。迷惑かもしれないがそれしか方法がない。


 外に出ると暑さはまだ残っていて猛暑なのには変わり無かったがセミの鳴く声が少しだけ落ち着いているのに気がついた。もう少ししたら夏が終わってしまうのだろうか。


 数10分で菫の家に到着した。カーポートの下にまだ車があったのでまだ家に居ることだけはわかった。


 インターホンを押すと家の中から返事が聞こえた。こんな朝早くにすいません。


「はーい。どちら様?」

「ど、どうも」

「ああ、菫のお友達の。今日は何の……」


 俺の隣にいる菫の姿が見えたのか。発言を途中で止めて開いた口が塞がらないようだった。


「す、菫なの?」

「そうだよ。少し老けたねお母さん」菫は泣きながらでも嬉しそうにそう言った。

「会いに来てくれたのね」

「うん。会いたくなっちゃって」

「色々話したいことがあるけど今日は仕事で忙しいの。明日なら空いてるからその時に会いに来てくれない?」

「そっか。うん、分かった。明日また来るね」


 別れを告げて俺と菫はその場を後にした。

 しかし、こうなってはやることがない。外にいても室内にいてもやることはない、と思ったが1つだけやることがあることを思い出した。


「家に帰ってやりたいことを思い出した」

「やりたいこと?」

「菫の整体確認」

「え、エッチなことするつもりですか!?」

「違うわ! 何が出来るのかを思い出的な感じで確認しておきたいの!」

「そうゆうことでしたか。変な言い方しないでください」

「悪かったよ。とりあえず帰ろ」


 家に帰り、部屋に行くと菫はいきなりベッドに大の字になって仰向けになった。


「何してんの?」

「整体確認したいんでしょ! なら、仰向けが1番しやすいはずです!」

「別に解剖する訳じゃないんだから普通に座ってくれ」

「はーい」


 返事が終わった後、菫は椅子に座り込み俺の方を向きながら身体を左右に小刻みに揺らし笑みを零した。


「さあ! まず何から確認します?」

「そうだな。なら、質問を幾つかするからそれに応えてくれ」

「分かりました。ドシドシ質問してください」

「1つ目、物をすり抜けたり触ったり出来るのはどうして?」

「それは私がそれをすり抜けるかどうかの選択を頭の中でしてるからです。現に私は椅子に座っています。これは椅子はすり抜けないと頭の中で選択しているからです」

「だから初めて初めて会った時に窓開けたり入口の鍵を開けたり閉めたり出来たのか」

「そうゆうことです」

「なら、2つ目。人に触れることは出来るの?」

「それなら今触ってあげますね」


 そう言うと菫は椅子から立ち上がり俺に接近して来た瞬間、両手を伸ばし俺の頬に添えた。


「触れますよ。ほらほらー」悪戯そうに笑いながら菫は頬に添えた手をグリグリと回してきた。

「ち、違うそうじゃない。俺に触れれることなんてのはとっくに分かってるんだよ。契約を結んでない人にはってこと」

「多分それは無理だと思いますよ。霊感がある人でもそれはだけは無理です。深夏君だけの特権ですよ」

「ありがたい特権だな」


 会話が終わり、頬から手を離してもらい椅子に戻ってもらった。


「3つ目の質問は食事についてだ」

「食事?」

「そう食事だ。菫この前部屋の掃除をした日に料理した時にさ、平然と俺の料理食べたよね」

「食べましたよ」

「なんで?イメージの話だけど普通幽霊って食べ物とか口にしないよね」

「ああ、そうゆうことでしたか。確かに私は食べ物自体には触れることは出来ず食べようとすると通り抜けてしまいます。ですが例外があります」

「例外?」

「そうです。それはおそらく契約を結んでいる人が持っている食べ物なら食べられると思います」

「なんか色々とアヤフヤだな」

「まあ、いつの間にか頭の中に取り込まれた知識ですからね」

「そうゆうことか。でも、あの時って俺スプーン持ってたよね。なんで直接持ってなかったのに食べれたんだろ?」

「これは勝手な妄想ですが多分電流みたいなのがスプーンにまで伝ってその上に乗っていた食べ物を食べれたんだと思います」

「そうか。じゃあ箸とかホークでもいける訳か」

「多分ですけどね」


 質問が一通り終わると俺はベッドに腰を下ろす。

 色々とアヤフヤだった部分が色々と開示されてモヤモヤしていたものが無くなった。

 頭の中がなんだかスッキリして満足していると菫が椅子から腰を上げ俺の隣に座って来た。


「どうしたの?」

「深夏君は私の過去や整体を知りましたよね」

「そうだね。ほとんど知り尽くしたんじゃないかな」

「それがズルいと思いましてね」

「そ、そうか?」

「そうですよ! 一方的に知り尽くして」頬を膨らませながらそう言った。怒ってるのかな?

「何? なんかして欲しいの?」

「私も深夏君のことを知りたいんです」

「過去話をして欲しいってことか」

「そうゆうことです!」

「話すのは良いけど多分つまらないよ」

「つまるつまらないの話ではありません。私は深夏君のことが知りたいんです」

「分かった。少し長くなるよ」

「了解です」





 いざ人に自分の過去話をするとなると何から話していいか初めてということもあるが分からなくなるものだ。とりあえず、あまり覚えてない幼稚園などの時期は省くことにした。



 小学校高学年になるまで特になんの変哲もない人生を送っていたような気がする。最低限人と関わり少し勉学に励む。楽しいこともあれば少し大変なこともあるそんな人生だった。


 でも、そんな普通な人生にもいずれ崩れ始めるものなんだ。小学校5年生にあがる瞬間、クラス替えが行われる。そこで今まで同じクラスになったことがない奴らと一緒になった。


 小学5年生になった時はそいつらは何もしてこなかったが少し関わり始めると俺の態度が癇に障ったのか俺が嫌がることをし始めた。


 初めの頃は小さい嫌がらせばかりだった。踵を踏んだり勝手に筆記用具を使われたりテストの点数を勝手にバラしたりする程度だった。


 でも、その程度じゃほとんど影響がないことが分かったのか小学6年生にもなるとその行為はどんどん過激になっていった。


 教科書を捨てられたり室内用の靴を隠されたり理不尽に殴られたりした。怪我まみれで帰ってきた時には流石に両親が心配してきたがな。


 イジメ集団にやめてと言っても無駄だと思って何も言わなかった。しかし、そんな最悪な状況にも転機は訪れるものなのだ。


 夏休みが開けて始業式が行われた日に自分のクラスに転校生がやって来た。女子生徒だった為か男女どちらもその日の話題は転校生のことで持ち切りだった。


 始業式が終わり教室に戻り担任の話が終わるとその生徒は教室に入ってきた。黒板に名前を書き手短に自己紹介を済ませると担任に席を案内されなんと俺の隣に座ってきた。


「初めまして」

「ど、どうも」


 素っ気ない返事をすると転校生は不安そうにこちらを睨んでくる。


「初対面の人にその態度って流石にないわ。もっと愛想良く出来ないの?」

「は?なんだよいきなり、そっちだって初対面にその態度はないだろ」

「初対面か……別に私は良いのよ」

「なんだそれ意味が分からん」だから人と関わるのは嫌なんだよ。

「それにあんたどうせ私の自己紹介聞いてないでしょ。私は白川琴音しらかわことねっていう者よ」

「それはそうだけど、それがなんなんだよ」

「いや、なんでもないけど」

「なんだお前」変な奴だな。


 初めの頃は琴音との関係と言ったら小さい喧嘩や口論ばかりして、まともな会話は1つもなかった。そして、琴音が来ても相変わらず俺に対してのイジメは続いていて日に日にエスカレートしていった。殴られる回数は増えて1日1回は教科書を捨てられた。


 でも、琴音が来てから2ヶ月程がたったある日変化が起こった。俺がいつも通りイジメグループの奴らに理不尽に殴られているとその光景を見ていた琴音が近づき、突然イジメグループの中でも中々ガタイの良い男子に拳を振るった。結構痛かったのか殴られた男子はそのまま地面に座り込んだ。続けざまに両サイドにいた男子を殴り倒した。


 その光景を見て俺は開いた口が塞がらなかった。周りにいた人間もそれを見て俺と同じ状態になっていた。


「お前、いきなり何してんだよ!」

「何って馬鹿なことしてる奴に鉄槌を下しただけだよ」

「だ、だからって殴る必要はないだろ」

「必要ない? 深夏、お前馬鹿だね」

「は?」

「だってお前はコイツらに酷いことを何度も何度もされたんでしょ?」

「そ、そうだけど」

「それならやり返す必要があるでしょうが!何やられっぱなしにしてるのよ」

「や、やり返したってどうせ勝てないし、更に酷いことされるかもしれないだろ」

「一々そんなこと心配してんじゃないわよこの馬鹿! 男ならやり返せ!」

「わ、分かったよ」


 コイツはなんでこんなに熱くなってんだ?本当によく分からん女だな。


 しばらくは俺がイジメ的な行為を受けるとその度に琴音が乱入して来ては乱闘が繰り広げられイジメ集団の奴らはボコボコにされていた。


 しかし、琴音も人の子だ。体調不良で学校を休むこともある。琴音がいないとチャンスだと思いイジメ集団の奴らはいつも以上に暴力を振るってくる。


 何かしなきゃと焦りながらも俺はどうにか先手を取り、イジメ集団に立ち向かった。1発殴ると別の奴が横から殴られ、そいつに向かっても殴り返したりするということを繰り返す内にいつの間にか喧嘩は終わっていた。


「いつもは暴力なんて振ってこない癖になんで今回になって仕掛けてきたんだよ」リーダー的立ち位置の男が言った。「あの転校生に影響されたのかよ」

「かもな。琴音に言われてやられっぱなしは嫌になった!」


 その日の出来事を境に俺はイジメ集団にやり返すようになった。机に落書きされたらそれ以上に奴らの机を汚したし、内履きを捨てられたら捨て返したり中に画鋲を入れたりした。


 喧嘩を売られたら速攻で買って1対3にも関わらず勝ち星をあげた。琴音はその光景を見てなんだか少し安心したような顔をしていた。なんでこれを見て安心するんだよ。


 そんなことを繰り返しているといつの間にか小学生を卒業していて気づけば中学生になっていた。琴音はというと2月頃にまた別の場所に転校してしまった。


 中学生はというと、2年生の終わりまではずっと喧嘩ばかりしていた。イジメ集団の奴らが俺との事情を知らない人達を集団に勧誘し、流れで喧嘩することになった。


 でも、中学3年生の夏頃になると高校に入学出来なくなると担任に言われそれっきり俺から喧嘩を売るのはやめた。

 そして、心を改めてとりあえず勉強をしまくって今の高校に入学した。





「はい終わり」そう言って手を軽く叩いた。

「……」

「どうしたの?黙り込んで」

「いえ、イジメられていたんですね」

「ああ、そうだよ。イジメられてたんだ。まあ、今思うと自分を強くする良い経験にだったと思うよ」

「精神的に? それとも肉体的?」

「両方だよ。疾風から聞いてるでしょ、多人数で喧嘩して勝ったって話」

「聞きました」

「それは中学の頃から喧嘩してきて筋トレとか武術を身に付けたからだよ。だから人より少し筋力には自信がある」

「今年握力いくつでした?」

「右73、左70」

「た、高いですね」

「へえ、高いんだこの値」疾風は50とかだったし、案外高いのかも。

「そう言えば琴音さんにはそれから再開出来たんですか?」

「再開は出来てない。今どこに居て何してんのか全くわからん」

「再開したいですか?」

「したいかしたくないかと言われたらしたいかな。聞きたいこともあるし、それに感謝だって伝えたい」

「琴音さんに恩を感じてるんですか?」

「そりゃあね。アイツいなきゃ多分中学ら辺で死んでたと思うから」

「……そうですか」

微妙な気まずい空気が部屋を包む。

菫の気持ちを落ち込ませてしまった。女子とほとんど関わったことないからこうゆう時何をしていいか分からんな。

「く、暗い気持ちにさせたのなら謝る」

「暗い気持ちになんてなってません。落ち込んでると思ったんですか?」

「うん。思った」

「落ち込んでませんよ。ただ」

「ただ?」どうしたんだろ?

「少し嫉妬しただけです」照れくさいのかモジモジしながらくすぐったそうに言った。

「嫉妬?」

「だって、深夏君はその琴音さんという方が好きなんでしょ?」

「好き? なんでそうなるんだよ?」これは単なる勘違いか。

「だって漫画とかだとイジメから救ってくれた人に恋をするとかよくありますし」

「ぶっ」その発言に思わず口から笑いが漏れた。それが聞こえていたのか菫は顔真っ赤にした。勘違いに気づいたのだろう。


「別に俺は琴音のこと好きじゃないぞ。恩は感じてるし会いたい気持ちもあるけど、それは恋心じゃないよ」

「そ、そうでしたか」恥ずかしさのあまり俺のことを見ることが出来ないのか俯きながらそう言った。

「というか琴音が俺のこと好きって勘違いして嫉妬したってことは菫って俺のことす……」

 そう言いかけると菫慌てて時計に視線を送り俺の腕を掴んできた。

「もももも、もう昼ご飯の時間なので早く行きましょう! 食べに行きましょう!」

「はいはい」

 菫は俺に隠すのが下手と言ったが案外菫も隠すの下手なんだな。

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