第20話 汚部屋掃除

 風邪の影響で寝込んでから2日後の8月22日。


 ようやく地獄の夏風邪が治り身体の調子は元に戻っていた。夏風邪はほんとに辛い。


 元気になったので菫と母親に外に行きたい、と言ってはみたものの両者からダメ出しを受け流石に諦めが着き今日は外に出ることをやめた。だが、やめたところで、することなど何もなかったのだ。


「暇だー暇だー。なんで外に出ちゃダメなんだよ。もう身体はとっくに元気になったんだぞ?」

「ダメなものはダメです。風邪がぶり返しちゃいますよ。深夏君母親も言ってましたし、今日は安静にしてください」

「せめて母さんが自己判断にしろって言ってくれたらなあ。母親出されたらこっちとしては何も言えなくなるんだよ」

「それで私としては助かってますよ。変に喚かれたらたまったもんじゃありませんからね」

「俺はそんな駄々っ子みたいなことしないわ!」俺はツッコミを入れた。

「ゆっくりするのは別に構わないけど菫は焦ったりしてないのか?」

「焦り? 特にありませんけど」

「後もう9日もすれば何があろうと成仏するんだぞ? 地獄に行きんだぞ?」

「……大丈夫ですよ。なんとかなりますって」

「そうか。まあ、なるならいいけどさ」閻魔に誘拐されるようなもんなのに変に落ち着いてるな、と不思議に思った。

「んで、結局暇な状況は何1つ変わってないんだけど」

「それなら部屋の掃除でもやりますか?ここ数日間、部屋で過ごし続けて少し散らかっているので丁度良いと思いますよ」

「まあ、することもないしやるか」

「分かりました。手伝いますよ」


 それから部屋の窓を開け、1階から掃除機や汚れてもいい古いタオルを持ってきた。


 しかし、掃除をするとなると何かが頭の中で引っかかってくる。その原因がなんなのかはいくら考えても出てこなかった。なのでその内にそんなに気にするものではない、と思い頭の片隅に追いやってそれ以上はその正体には触れないようにした。


 俺が悶々としていると、菫は持ってきた掃除機を持ち掃除する気満々のようだった。


「まずは床です。掃除機をかけましょう」

「それは俺がやるよ。菫は本棚の整理お願い」

「分かりました」


 それからは各々がやるべき作業を黙々と行った。この時、気づいたことだが俺と菫は何か作業に没頭すると黙ってしまうタイプらしい。まあ、片方がベラベラ話しかけてくるタイプじゃなくて良かったとは思うけどな。


 目を懲らして床を見ると案外埃が散らばっていた。今思えば掃除をするのは3ヶ月ぶりくらいのことだった。なので、細かい所まで目を通せば目視できるくらい埃があるのが簡単に分かった。


 あまり自覚はしていないが俺はあまり綺麗好きではない。最低限生活するのに困らなくなるまで掃除などをする気なんて微塵も思わないのだ。


 その程度しか掃除に対しての意欲がないので俺はいざ掃除をするとなった時はしっかり行うことに決めている。というか、しっかり行わないとマズイことになる。


「案外汚いんだな。こんな部屋で数日闘病してたのか」

「風邪ひいたのには部屋の汚さも関係していたりして?」

「そんな訳ないだろ。変なこじつけじみたことを言うのはやめてくれ。風邪ひいた原因は雨によるものだけだから」

「本当ですかね。埃が肺に蓄積されていったんじゃないんですか

「それだと今回の風邪そんなに関係ないし、むしろもっと酷い病気になっとるわ。肺炎とか」適当だけど。

「それもそうですね」


 素っ気ない会話を終えると、再び黙り込み各々の作業が始まった。時計を見てはいなかったが体感30分程度床を拭きまくった。


 すると、本棚の方向から本がいくつか落ちる音がした。何事かと思い本棚の方を見てみると菫が薄い雑誌のような物を持ち小刻みに揺れていた。


「これなんですか?」


 深刻な顔でそう言って俺に見せてきたものは、小学6年生の頃にゴミ捨て場から持ってきた成人向け雑誌、いわゆるエロ本だ。


 随分と前に本棚の何処かに隠していたのをそのままにして、余計な所を掃除しようとした菫に発見させられたという感じだろう。


「えーっと……それは……」菫から視線を逸らす。

「表紙にはすごーく綺麗でピッチピチの可愛い水着姿の女性が載ってますね」菫は怒りながら皮肉を言った。

「そ、そうだね。凄く可愛いね」全く感情がこもっていない声でそう言った。

「こういう人が好みなんですか?」

「べ、別にそうゆう訳じゃないけどただいくつかあった内の中で一番好みに合ってたからそれを引き抜いてきた……だけです……はい」

「まさか買ったんですか?」

「クラスメイトの奴が拾ってきたのを見て便乗して貰ってきただけです……はい」

「まあ、深夏君も年頃の男の子な訳ですし、こういった私物を持っているのは仕方ないことですよ。でもせめて、人が見つけられないような所に隠してください」

「どこにあったんだ?」

「本棚の裏にありましたよ。深夏君のお母さんでも見つけられると思いますよ」

「ま、マジか。今度からもっと見つけずらい所に隠しておこっと」

「それでも私はすぐに見つてみせますけどね」そう微笑みながらそう言って雑誌を俺に渡した。


 久しぶりに中身を見たい欲はあったが流石に女の子の前で見るのは最低だと思ったのですぐに応急処置として通学用のカバンの中に入れた。


 いつ貰ったのかも分からないプリントやテスト用紙などが少しだけ散乱していた。要らないプリント類などはすぐに捨てるように心がけてはいたがそれでも案外溜まるようで中学生の頃のプリントか幾つかあった。


「懐かしいなこれ」

「なんですか?」菫は横から覗き込むようにして俺の顔を見る。

「小学生の卒業アルバムだよ。正直捨てたと思ってたやつだけど」

「思い出の物ではないんですか?」

「まあ、思い出の物つってもまともなのは最後だけだからな。そこ以外は要らないと思った。だから捨てようと考えてたけど結局そこまでの決断をする勇気は出なかったよ」

「今はその決断をして良いと思ってますか?」

「うん。過去の自分を見つめるのにも丁度良いし、残してて良かったと思ってるよ」

「それなら良かった」そう言って優しく微笑んだ。「そう言えば、私全く深夏君について知らないんですよね」

「な、なんだよ」

「教えて欲しいなあって思いまして」

「い、嫌だ」

「どうしてです?」

「話したくないからに決まってるだろ。それ以外に理由なんてないよ」

「ええ、勿体ぶらずに言ってくださいよ」頬を膨らませながらそう言った。でも、俺は断固として過去話をしようとはしなかった。

 代わりとしてアルバムを菫と一緒に眺めているとあっという間に時間が過ぎていった。正午はとっくに過ぎており、集中力が切れると徐々に空腹を感じ始めた。


「何か食べようか」

「了解です」


 階段を降り下の階へ行き、とりあえず冷蔵庫の中に何があるかを確認した。そこには昨日の余りご飯とカマボコ、野菜室には長ネギとピーマンがあった。どうやら運悪く冷蔵庫の中身がほとんど空の状態だった。


 引き出しからフライパンを取り出し、残っている具材でチャーハンを作った。料理なんて最近はほとんどしていなかった為か味は粗末なもので菫には食べさせられない出来栄えだった。


 食べさせてください、と何度もせがんでくるがそれに応じてダメと言い聞かせたが、俺の方が先に折れた。味の保証はしないからな、と忠告を言い、1口だけ食べさせた。すると、なんとも言えない顔に変わった。だが、どう見ても美味しいとは見て取れない顔だった。というか、食べ物食べれるんだ。これはほんとに身体調査してみたいな。


「どう?」

「不味くはないんですけど、美味しくもないんですよね。味が薄かったり米が硬かったりするので素直に美味しいと言えないんですよ」

「し、仕方ないだろ。料理するの久しぶりなんだから」

「ふーん、そうなんですか」

「なんだよ。そう言う菫は料理出来るのか?」

「生前は出来ましたよ。ある程度は美味しい物作れるはずですよ。今は食材を持つことが出来ないので作れませんが」

「じゃあ、俺が食材持つ役やろうか?」

「いえ、それだけされても他にも色々と1人でしなきゃいけないので遠慮させてもらいます」

「そっか残念」食べたかったのにな。


 部屋に戻ると案外部屋はもう綺麗になっていて特にもうすることは無くなっていた。


 俺はベッドに腰を降ろし天井眺めていると、隣に菫が並ぶようにして座ってきた。


「どうしたの?」

「顔を見るに随分と楽になったんだなと思いまして」

「楽だね。昨日とは大違いだよ」

「それなら夜少し歩きませんか?」

「おお! 良いねそれ」


 大声を出した所為か1階に居た母親が気になってか階段を登り俺の部屋を訪れた。


「下まで聞こえてきたわよ。何がいいねそれよ」

「いや、今後の夏休みの計画を立ててたらついつい興奮しちゃって」

「嘘つくな」

「はい」バレるのはっや。

「その女の子にちょっかい掛けるのもいい加減にしなよ」

「は?」不意にそんなことを言われ俺はアホ丸出しの声が口から漏れた。

「知ってたの? というか、見えてるの?」

「見えてもいるし、少し前からその子の存在も知ってた。壁を通り抜ける姿を見て幽霊って確信したのよ」

「ま、マジですか」


 俺が驚きのあまり呆然としていると、菫は不安そうに部屋中をキョロキョロと見渡していた。


「そんなにソワソワしなくて良いわよ。別に何もしないから」

「は、はい。勝手に居候してすみません」

「いいのよ別に。こちらこそこの子と仲良くしてくれてありがとね」微笑みながら母はそう言った。「あなたにも母親はいるの?」

「います。生きてもいます」

「なら、この世に居れる間に会いに行ってあげなさい」

「わ、わかりました」


 菫の返事を聞いて満足したのか満面の笑みで部屋を出て行った。


 夕食を食べ終わり菫と一緒に外に出る。出る瞬間、母さんが少し心配していたが菫と散歩しに行くだけだから大丈夫だ、と言ったら納得して引き下がってくれたのですんなりと外に出ることが出来た。


 外は昼間とは違い半袖半ズボンで丁度良い体温を保つことが出来た。

 草むらの中や田んぼの中からは様々な虫の鳴き声が聞こえ夏であることを再認識させられた。


 夜空には無数の星々がそれぞれ輝きを放っていた。俺はそんなに星の知識がなかったので、どれがどの星なのか、どれが夏の大三角なのか俺は分からなかった。菫もどうやら俺と同じらしかった。


「どれがなんの星なのか全く分かりませんね」と苦笑いをしながら言った。

「だな。多すぎるんだよ星が。覚え切れないよこんなに」

「ですよね。深夏君はどこまで言えるんですか?」

「太陽系+冥王星が限界だよ」

「私も一緒です」そう言って元気よく菫は笑った。


 近所を歩き周っていると自動販売機が光っているのが見えた。少しではあったが小銭を持っていたので缶コーヒーを買った。少し前なら菫がいるということもあるので微糖かブラックを買っていたと思うが、今はそんなことは気にしていなかったので激甘のコーヒーを買った。


「甘党なんですね。なんか意外です」

「い、意外なのか」

「意外ですよ!」意表を突かれたような声で言った。「見た目からして深夏君はブラックを飲んでキリリとしてる感じなんですよね」

「偏見だな。別に良いけど」

「飲めるんですか、ブラック」

「飲めないよ。微糖ですら無理」

「あらら、これはまた意外ですね」そう言うと菫は1呼吸置いて話題を変える。

「今日深夏君のお母さんと話したじゃないですか」

「そうだな。まさか霊感持ちだとは思わなかったよ」

「それまで母と会うかどうか悩んでましたが背中を押されてその悩みが晴れました。母に会いに行きたいです」

「分かった明日向かってみよう」


 そんな会話をしていると、ポケットに入っているスマホから微かな振動が感じられた。誰かからメールが来たようだった。


 送り主は疾風からで、どうやら2日後の夜に行う食事会なるものの誘いだった。


「どうして疾風さんは急に食事会の誘いを?」

「ああー、疾風はまだ俺と菫が再開出来てないで落ち込んでいると思ってるんだよ」

「それで励ます為に誘ったという訳ですか」

「そうゆうこと」

「やっぱり良い人ですね」

「そうだな。出会って良かった奴だよ」


そんな焦れったいことを言ってか少し顔が熱くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る