第8話 勉強会
8月1日、9時半前に起きたにも関わらず寝間着から着替えることもなくベッドの上でひたすらスマホの画面とにらめっこをしていた。
「何もしないんですね」呆れた顔をしながら菫は言う。
「仕方ない仕方ない。待てば必ず情報が来るんだ。別に無理して何かする必要もないだろ」
「それはそうですけど、こちらとしては暇なんですがその」
「そういえば、アンタって俺が寝てる時は何してるの?」
「そうですね。星空を眺めたり、そこの本棚にある本を読んだり部屋中を浮遊したりしてます」
「そ、そっか」飛んでるのか。
スマホの画面を見ると1時間が経ちそうな時に1件のメールが送られてきた。送り主は疾風だった。
内容はというと彼の家で勉強会をしないかというお誘いだった。特に断る理由もなかったし、遅かれ早かれ夏休みの宿題には手をつけなければならなかった訳なので、準備完了次第向かうとメールを送り返した。数秒で了解と返信された。
どうしたんです? と菫はキョトンとした顔で問いかけてきた。そのまま疾風の家に行くと言っても着いてくるかは分からなかったが聞いてみると菫は笑顔で首を縦に振った。
すぐに身支度を済ませ、外に出る。セミの合唱を聴きながら後部座席に幽霊を乗せて疾風の家に向かった。俺の家から疾風の家へは30分ほどかかる、学校より少し遠い程度だ。
自転車のペダルを漕げば漕ぐほど身体中から汗が吹き出し、背中を伝う汗が1番気持ち悪かった。汗が服に滲み色が変わったのに気づいた菫が笑いを頑張って堪えているのが視界に入った。引っ叩いてやろうかと思った。
玄関の扉の前に立ち、インターホンを鳴らした。30秒もしない間に疾風は顔を出し、俺の服の色の変わり様を見て馬鹿にするように笑った。俺が脅すと流石に笑うのをやめ家の中へ入れてくれた。暑さでイラついてたからね仕方ないね。
疾風の部屋に行く前に洗面所で着替えと手洗いうがいを済ませた。その後は菫を連れ疾風の部屋へ向かう。今回を抜いても疾風の家へ来たのは初めてではないが、やはり他の家の空気というのは慣れないもので未だにあんまり落ち着かない。
疾風の部屋に入ると冷房が効いていてとても過ごしやすくなっていた。疾風はというと小さめのテーブルの上にスナック菓子の袋と数学のワークと提出用ノートが広げられていた。
「思ったよりもやる気あるんだな」
「あったりめえよ! お盆までには終わらせて後半はずっと遊ぶんだ!」
「それは別にいいことだけど、課題テストあるの忘れるなよ」
「そんなのもあったな。3日前にやればいいだろ」
「それもそうだな」
会話が1段落着くと、俺は床に座り勉強に集中した。菫はというと、物音を立てない程度に部屋中を動き回ったり本棚の本を読んだりしていた。
数時間が経つ頃には俺と疾風の集中力はないに等しくなっていた。疾風に至ってはノートのページの下半分以上が真っ白になっていた。恐らく、勉強を開始してから30分程度で飽きたのだろう。
俺が勉強を中断したのに気づいた疾風は回していたペンを置き、俺の方をニヤつきながら問いかけてきた。
「お前ってさ。菫ちゃんとの関係ってどうなったの?」その質問を聞き、俺は少しだけドキッとした。
「別にそれといって進展とかはないぞ。何を期待してるかは知らんが」
「んだよつまんねーな。じゃあ、成仏させる手掛かりとかは?」
「それは見つかったよ」
「本当か!」
「昨日とあるお姉さんに会ってね。その人がこの幽霊と同い年で同級生と連絡する手段があるらしくてね。それで面談する機会を作ってくれるんだとよ」
「それは分かったんだけどさ」聞きたげな顔する疾風。
「何?」
「お前はそのお姉さんとも知り合った訳か」
「そうだな。連絡先交換したわ」
「ずっるいな。お前ばっかり女の人と付き合って」
「下心で関わりを持ってる訳じゃないんだから別にいいだろ」
「本当かねえ。その内、菫ちゃんに手出したりしそう」
「そこまで性欲旺盛じゃねえわ!」キレ気味に俺は言う。「それに異性だけじゃなくて男とだって関わりを持つはずだし」
「もしその男が変なこと言ったらお前普通にぶん殴りそうだよな」
「俺がそんなことする訳ないだろ。何言い出すんだよ」
「本当かなあ。お前は案外沸点低いからすぐ手が出そうな気がする」
「ぐぅ」否定が出来ないのが悔しい。「ち、ちょっと腹が痛いからトイレ」
「部屋出て右に曲がった所にあるから」
「うーい」
*
漫画に夢中になり過ぎて深夏君が部屋に出るのに全く気づかなかった。いつの間にかこの疾風さんという男の人と2人きりになっていたとは。
「な、なあ。菫ち……さん。そこに居るんならアイツが戻ってくるまで少し話さないか?」
別に無視しても良いとは思ったが、この人が悪人ではないことは深夏君との会話で大体分かった。なので、軽く話すことくらいは我慢できると思ったし、それに深夏君のことを聞き出せると考えた。
疾風さんの反対側に座り込み適当に物音を立たせてここに存在していることを伝えた。
「声が聞こえないからここに返事とか話したい内容を書いてくれ」
そう言って、彼はノートを1ページだけ千切り、シャーペンと消しゴムを渡してきた。1体どんな話をするつもりなのだろう? 期待と不安が心の中で入り交じっていた。
「深夏の奴はどうかな? 変なこととか嫌なこととかされてないか?」
特にそういったことはされてない。むしろ、気を使ってくれるのでこちらとしては結構楽に過ごさせてもらっています、と紙に書き出し彼に見せた。
「へえ。アイツも中々やるじゃん。他にはないのかな?」
そうですね。追加で何を書きましょうか?
目付きは悪いですが、迷子になっている女の子を率先して助けたり、痴漢被害に遭っている人を助けたりしてましたよ。そんな頼もしい1面もあります、と書き出した。ちょっと長過ぎたかな。
「ほえぇ。アイツはそんなこともしてるのか。俺もまだまだ深夏に関して知らないことが多いな」
その発言を聞いて、私は頭の中に1つの疑問が湧いて出てきた。疾風さんとあの人はどうして友達になったのだろう?
私はその内容を紙に書き疾風さんに見せた。彼は少し驚いたような顔をしたが澄ました顔に戻った。
「そうか。アイツそこまで細かいところは話さなかったな。よし! なら話そう」
あの人が戻ってくるかもなので手短にお願いします、と書くと彼は頷いた。
「アイツと関わり始めたのはあの高校に入学してから2週間くらいだったけな。俺の方から話しかけてな。初めの内は俺も深夏もぎこちない感じだったけど1週間も話してれば流石に俺は慣れたな」
得意気に楽しそうに彼は語る。恐らく、この人からしたら良い記憶なのだろう。
「だけど」そう言って彼は一変して表情が曇る。
「俺がちょっとしたヘマやらかしちゃって、3年生の奴らに襲われたんだ。1度に3人から殴られたから防ぐにも防げなかったな。んで、もう無理だって思った時に助けに来てくれたんだよ、深夏がね。アイツ3対1だっていうのに『全員でかかって来い』とか言ってカッコつけるんだよ。まあ、それでも勝つんだけどさ」まるで疾風さんは自分の武勇伝を語るように言う。
「その後は、アイツの怪我の手当てをする為に保健室に運んで、そこでお礼を言ったんだ。その翌日からは前よりも良い関係になっていった気がするな」
これで終わりですか? と紙に書くと彼は頷いたが、ちょっと待って、とキャンセルを入れた。
「アンタらこれから多くの人に会うんだろ。だったらさ」彼は一息着き、私の方に視線を向ける。「深夏が変なことしないか見守ってくれないか? 案外アイツ短期だからすぐ手出したりするんだよ。だから……お願いだ、支えてやってくれ」
そう言って、彼は深々と頭を下げた。
私は紙の上に分かりました。任せてください、と書き出した。すると、その直後、後ろの扉が開く音がした。
灼熱のトイレから戻ってくると、疾風と菫がキョロキョロと俺の方を見てきた。よろしくやってたのか?
「なんかしてたのか?」
「べっっっっつになんにもしてないぞ!」明らかに焦っていたがそれ以上は咎めなかった。
その後、3時間程雑談と勉強をしていると、空の色が紅く変わっていることに気づき、俺と菫は疾風の家を後にした。
家へ帰る最中、自転車を漕いでいると後ろにいる菫が服の袖を引っ張ってきた。後ろをチラ見すると彼女はなんだか嬉しそうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「あなたがトイレに行っている間に少し疾風さんとお話しまして」
「どんなこと?」そう聞くと、彼女は少し気まずそうな顔をした。
「あなたが疾風さんを助けた時の話です」
俺はその一言を聞いてすぐにどんな出来事かを思い出した。その時したことを彼女に知られ、俺は恥ずかしくなり後ろを盗み見することが出来なくなった。
「あ、あの時は疾風助けるのに必死だったし、襲ってたのが先輩だってことも分からなかったんだ。ガタイのいい同級生だと思ったんだよ」俺がそう言うと彼女は、あっはははと、揶揄うように馬鹿笑いした。
「手を出したのには変わりないじゃないですか」
「そりゃあ、手も出したくなるよ」
「どうしてですか? 流石にそこまでする必要はないと思いますけど?」
「俺が大切にしたいと思った人に手を出したんだ。それくらいの罰は当然だよ」
「そ、そうですか」
「そうそう。歳の上下、男女関係なしにぶん殴るからな」
「大胆ですね。やり過ぎはダメですからね」
後ろも向けないし、風の音でよく分からなかったが、彼女に少し心配そうに忠告されたような気がした。
家に着くと、携帯に1件のメールが届いていた。水戸さんからのものだった。内容はというと……
「ああー、明日やること決まったよ」
「なんです?」
「3人のOLに会うぞ」
「え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます