第24話 混合生物(キマイラ)その4
呪刀・
「ユッキーさーん!!」
振り返らずに大声で叫ぶ。
「
刀を掲げながら言う。かなり大ざっぱな内容だが理解してくれたらしい。背後から
「了解でーす!」の声が飛んできた。
ユッキーさんも大蛇からの毒液を避けつつ大技の準備を整えてくれているはず。使用タイミングも彼女にまかせればいい。互いの役目を果たす――この難局においてもやるべきことはそれだけだ。
「オラァッ!! こっちだデカブツ野郎ッ!!」
いまの俺がするべきことは、攻撃を引き受けつつ
キマイラと大蛇からの攻撃が俺ひとりに集中する。
周囲で荒れ狂う火球と毒液の嵐を避け続けながら前進。決して楽な状況ではない。わずかでも油断すれば一瞬であの世行きである。それでも絶望の向こうに、かすかな希望が見えている。ならばそこへ向かって突き進むのみ。
射程内まで接近。
抜刀する俺にキマイラが吼える。熊の左前足を振り上げ、そのまま俺の頭上へ叩き下ろしてきた。
回避。強烈な打撃音。頑丈な石床に放射状のヒビが走る。いくつかの小さな破片が放物線を描いて散る。即座に身をひるがえす。
「はっ!」
短く息を吐き、魔物の前足へと刀を振り抜く。
右手一本の斬撃。岩のような固い手応えが骨まで伝わる。手のしびれを対価に、寸断された一本の黒い帯がキマイラの前足から垂れる。
……背後から攻撃の気配!
振り返らずに床を蹴る。直後、大蛇の開かれた口がぬっと伸びてきた。
位置関係としては、ちょうど
それより、
互いに意思を共有していないがゆえの、連携の乱れ――その隙を逃さず再接近。大上段に構えた的殺を
俺の眼前で舞い散る赤いマナ粒子。衝撃による手のしびれを強引に無視、立て続けに二度、三度と刃を振り下ろす。
刀が叩きつけられるたび火花のようにマナが飛ぶ。五度目ともなればさすがに痛みに耐えかね攻勢の手も緩む。キマイラが身じろぐ。反撃でもするつもりか。
「――離れてくださいッ!!」
その瞬間を見計らったかのように背後からユッキーさんの声が鋭く飛んできた。俺は返事代わりにすばやく距離を取る。
俺が退避するのと同時に輝く凍気がキマイラを包み込む。
発生した白い霜が、地面から伸びた氷が巨獣の全身にまとわりつき、その動きを拘束していく。槍のような氷の先端が魔物の頑強な皮膚へ突き刺さり、出血のように赤いマナ粒子を噴出させていく。
氷属性スキル〈
凍てつく華が咲き狂う大技――それでも致命傷にはほど遠いだろう。使用者が未熟なのではなく、相手の力量があまりに桁外れすぎる。
「GOOOAAAAAAAッ!!」
だが俺はキマイラの吼え声にごくわずか、苦痛と困惑の色がにじんでいるのを聞き逃さなかった。
些細だが確かな手応え。生命を脅かすものではないが無視しがたい脅威と感じているのだろう。俺の一撃が蚊に刺されたものなら、ユッキーさんの一撃は針で刺されたものといったところか。
なにより奴が一瞬、まとわりつく霜と氷に気を取られたのを見逃さなかった。
手の痛みをねじ伏せ、さらなる攻勢に出る。
即座に距離を詰め、大蛇の白い胴体を袈裟に斬る。
抜き身の刃を振り下ろすたび、刻まれた傷から離れた位置、各魔物の接合部分で黒い帯がひとつ、またひとつとちぎれていく。直感に反する奇妙な光景であるが刀の呪いが奴の肉体へと徐々に浸透している結果だろう。
こいつらを分離できれば、そして単体となった各魔物を的殺の呪いで弱体化できれば逃れる隙も生まれるだろう。そのころには毒の効果も消え、階段も上れるようになっているだろう。
このまま――
「ッ!!」
耳をつんざく轟音。ひときわ大きいキマイラの咆哮だった。魔物が身じろぎし、巨体を覆う霜と氷とを力づくで砕いていく。
やはり拘束し続けることはできないか。
飛散する氷の破片を避けつつ反撃に備える。
爪で来るか。それとも牙か。なんであれ避けてみせる。
いや――奴の動きはそれとは違う。
思わず身構えるのと、前方から強い風が吹きつけてくるのは同時だった。
キマイラが背中に生えた猛禽類の翼を羽ばたかせた風だった。
にわかに巻いた強風を全身に浴びる。巻き上がった砂ぼこりに思わず顔を背ける。
……奴の魂胆はなんだ? こちらを吹き飛ばすつもりか? それともほこりで視界を奪うため?
って、そんな訳がねえよなっ!!
舌打ちをしつつ視線をやる俺の前で、キマイラの巨体が宙へと浮き上がった。
もちろん空高く飛翔、とはいかない。なにしろここは天井のあるダンジョンだ。それでも、巨象ほどの体躯を持った魔物が浮ける程度の空間はある。翼に強風を吹き下ろさせつつ、キマイラの体が低い高度で安定する。
奴は頭部を上に、尻を下に――つまり直立のような姿勢で滞空している。低空飛行ではあるものの地上にいる俺からは十分に手を出しずらい。せいぜい、垂れ下がった
ならば
これまでよりひときわ強い反応。俺の脳裏に鳴り響く警鐘。
滞空しながら、キマイラが大きく息を吸い込む動作。
それだけで数瞬先の未来を察した。
「ヤバいッ!!」
ユッキーさんへ警告を飛ばしつつ、迷わず距離を取る。
瞬間、キマイラが地上へ向けて炎を吐き出した。
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