第16話 通路突破その1

 まずは音を立てないよう慎重に黒衣の死神へと接近する。仮に体温やにおいなどに反応されたらお手上げであったが、幸い通路手前まで近づいても死神は俺たちに気づく様子はなかった。


 いったんその場で停止。床に転がっていた石床の破片を拾い、死神のいる通路へと投げる。


 破片がカツン、と音を立てる。


 瞬間、宙を浮きながらのんびりうろついていた死神が豹変。全身からドス黒いオーラを発散させつつ哄笑こうしょうを上げ、そのまま破片の落下地点へと高速で移動。手にした大鎌で虚空を豪快に薙ぎ払った。


「…………」


 大鎌を振るってしばらくすると全身のオーラが霧散。何事もなかったかのようにまたのんびりと宙をうろつき始めた。


「……うん。音に反応するってのは間違いなさそうだ」


「ええ」


 ユッキーさんと小声で確認。ひとまずこのくらいの声量であれば会話も可能なようだ。


 しかし、死神のあの速度。ユニークスキル能力大幅UP込みの俺でも、事前に備えていてギリギリ避けられるかどうか……といった速さである。


 こりゃ強引な突破は無理だな。正攻法で行くしかないってことか。


 そのためにももう少し情報が欲しい。ついでだ、ちょっと気になっていることを試してみよう。


 今度は破片をふたつ拾い上げ、そのうちのひとつをさっきと同じように適当な場所に投げる。


 音に反応した死神が落下地点へと猛突進――このタイミングで、最初とは別の場所にもうひとつの破片を投擲。


 カツンと落下音が響く。だが死神は一切目もくれず、ひとつ目の落下地点付近を大鎌で薙ぐ。


 その後もふたつ目にはなんの反応も見せず、再び通路うろつき通常ルーチンへと戻った。


「……なるほど。攻撃中は別の音には反応を見せないということですか」



コメント

・ほう、やりおるな小僧

・腰タオルなだけはある

・蛮族みたいな声上げてワンダラー狩ってた奴とは思えない知性だ

・確認いいよー

・腰タオルかしこい



 ユッキーさんのつぶやきに反応してコメントが活発化。なんか妙なキャラ付けされているのは脇に置くとして――フハハハ、君たちもっとこの知将を褒めたまえ。承認欲求たまんねぇなぁ!


「……という訳で確認終了。音を立てないように向こうまで進もうか」


 俺が方針を伝えるとユッキーさんはうなずく。


 破片を使えば囮代わりになるな、と考えざっと床を見渡してみるが……あいにく、ひとつしか見つからなかった。


 最初にふたつも投げなきゃよかったかな? いや、それは結果論か。最悪、昨日ポイントで調達しておいたポーション類を投げるって手もあるが……物資が限られている現状ではさすがに取りたくない手段だな。


 そう思いつつ構える。


 右手の破片を前後に振りつつ「三回目で投げるから」とユッキーさんに伝える。宣言通りに一、二と振って、三回目で投擲。


 破片が石床を転がる音。反応する死神。


 即座に俺たちは通路に進入。踏み込んだ拍子にひび割れた石床がゴトリと音を立てるが死神はそれを無視。俺たちのいる場所とはまったく別の空間を大鎌で斬り裂

いた。


「……ユッキーさん行ける?」


「はい」


 後ろを振り向き、少し離れた黒髪少女と小声で確認。なお彼女は決してこちらを見ようとはしなかった。頬を染めつつ死神のいる方角へと目を向けている。


 まあ眼前に大変見苦しい光景――腰タオルのほぼ全裸野郎の背面姿があるのだから当然だろう。つらいだろうが俺だって好きでこんな格好をしている訳ではない。なんとか我慢していただきたい。


 俺たちは一歩一歩、足裏で床の様子を確認しながら慎重に進む。グラついそうな箇所は避け、安定しており音が立ちそうにない箇所を選んで足を乗せていく。


 すぐ近くを大鎌を持った死神が徘徊しているなか、足の置き場を確認しながらの牛歩進行。想像以上の精神的圧迫。神経をヤスリで削られるような心地である。


 ……なるほどな。このため・・・・に床が割れているのか。


 精神をすり減らしつつ凹凸だらけの通路を進みながら、ひとり納得する。


 最初はなにか罠でも仕掛けられているのかと思ったが……この"足音が立ちやすい"通路そのものが罠の一部、という訳か。


 地道ながらも緊迫した時間に耐え、ようやく半分を過ぎた。順調と言っていいだろう。油断せずこの調子で進んでいけば脱出できる。


 気を引き締めつつも安堵を覚えたその時――通路に異変が生じる。


 にわかに床のあちこちで光点が生じ、それらが魔法陣のような図形を描いていく。


 なにが……と思う間もなく複数箇所に形成された魔法陣が赤く妖しく輝き、その中心から天井へ向けて一条の光が立ち昇った。


 あれはなんだ? なんにせよ触れるべきじゃないな――そう思った刹那、俺の股下に魔法陣が形成されているのに気がついた。


 赤い光を放つ魔法陣。ユニークスキルの効能危機察知に反応はない。攻撃ではないということか?


 それでも俺はとっさにその場を飛び退き、


(――待てっ!!)


 かけるも、音を立てるのはマズいと踏みとどまる。


 硬直する身体。足下から伸びた光が俺に接触。


 瞬間、魔法陣からアラートに似た音が発せられ、通路中に鳴り響く。


(……そういうことかよっ!!)


 "触れると警報を鳴らす探知センサー"――脳では理解できても身体がそれに追いつかない。回避に移れない。攻撃の予兆を感じる。反射的に振り返るのがやっとだっ

た。


 視界に映るのは、黒いオーラをまとい一直線にこちらへ向かってくる死神の姿。


 同時に、視界の片隅で動くユッキーさんの姿が見えた。右手になにかの紙をつまみ死神に向けて振り抜く。


 死神に接触する紙――つい先ほど入手した"緊縛の呪符"だった。


 ほんの一瞬、死神の動きが止まる。そのころには俺の身体も動いてくれていた。一切躊躇せず飛び込むように全力で退避。床を一回転してすぐさま膝立ち姿勢を取りつつ振り返る。


 直後、俺のいた空間を死神の大鎌が刈り取っていた。


(……助かったよユッキーさん)


 ジェスチャーで礼を伝えると、ユッキーさんも無言で応えた。


 ……それにしても、くそっ!


 ここからは仕掛けの追加で高難易度化するってことかっ!




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