第17話 通路突破その2

 まずは冷静に現状の確認。


 俺のいる位置は通路の中ほど、ユッキーさんはその七~八メートルほど後ろ。通路床のあちこちから"探知センサー"である赤いライン状の光が伸びている。


 その"探知センサー"であるが一定の時間が経つと消え、また別の場所に現れる……という挙動をしている。出現の兆候は床の魔法陣形成によって判断できるので注意深く観察していれば回避は可能。


 ようはこれまで以上に注意深く進めば突破可能、という訳だ。


 後ろにいるユッキーさんにジェスチャーで『行こう』と伝え、改めて通路を進む。


 先ほどと同じような調子で床のグラつきを確認しつつ、魔法陣が形成され始めたら消えるまで待つ。手順がひとつ増えただけでやるべきことは変わらない。


 もっとも、その増えた"ひとつ"が想像以上に神経を削りに来る。息が詰まるほどの緊張。


 ああ、思いっきり深呼吸したい。だがその音さえも命取りとなり得る。


 忍耐の時間が続く。それでも少しずつ着実に通路の終わりまで近づいている。後少しの辛抱である。


(……ユッキーさんはどんな調子だ?)


 余裕ができたので、彼女の様子を見るために首を背後へ向ける。



 ――いったい、なにがどうなった結果であろうか。



 ユッキーさんは必死の形相でくちびるを噛みしめつつ、片足立ちで両腕をグルングルン振り回してバランスを取っていた。


 有り体に言って、奇っ怪な姿であった。


 それでも『なにがあっても音だけは出すまい』という気迫だけはヒシヒシと伝わ

る。実際、あれで音を出していないのは奇跡と言っていいだろう。


 だが悪いことに、彼女のすぐ真下に魔法陣が形成されるのが見えた。あの体勢では回避は間に合わない。


 瞬時に決断――!!


「……っ!!」


 グラついた床を思いっきり踏み抜き、その勢いを利用して全力ダッシュ。


 ガタンッ! と響いた音に反応し死神がこちらへ猛突進してくる。直後にユッキーさんが光のラインに触れ、警報音が響く。


 だが目論見通り死神はユッキーさんに目もくれない。俺に向け斬撃。鋭く振るわれた大鎌が俺が直前まで立っていた空間を薙ぎ払う。刃が皮膚の表面をかすめるも、かろうじて無事だった。


 死神が通常ルーチンうろつき状態へ戻る。だが全力回避の余勢はいまだ俺の身体にくすぶっていた。前のめりに崩れる姿勢。支えきれないと判断。


「出口にダッシュだっ!!」


 叫び、さらに床を蹴って回避を続行。視界の隅に、意を汲んで駆け出すユッキーさんの姿が映る。


 彼女には目もくれずこちらへ迫る死神。さっきより距離が近いぶん攻撃に移るのも早い。避けられない。振るわれる大鎌。


「……っ!!」


 イチかバチか、俺はずっと持っていた呪刀・的殺てきさつを白鞘から抜き放った。ぬらりと妖しく輝く刃。なにか・・・が体にまとわりつく感覚がする。鞘を体に同化させるしまい込む


 無慈悲に迫る大鎌を的殺の刃で受ける。


 甲高い金属音。散る火花。刃の上を滑り体から逸れていく大鎌の軌道。


 衝撃を完全には受け止めきれず吹き飛ばされ、そのまま二、三度床を転がされる。


「が……っ!!」


 そのまま壁に叩きつけられ、うめき声を上げる。だがあいにく死んではいない。体に鞭打ってすぐに立ち上がり、荒い呼吸をしながら出口方向へと向かう。


 あいつが音に反応しない間に少しでも――


「くっそっ!!」


 ゾクリとくる感覚。ユニークスキル危機察知が攻撃の予兆を感じ取った合図だ。


 死神はこちらを向き、その場で大鎌を大きく振りかぶっていた。内向きに湾曲した刃に黒い炎のようなオーラが宿る。


 ここにきて新たな行動パターンかよ、ちくしょう!


 彼我ひがの距離は離れている、おそらくは遠距離系のスキル。


 ……こうなりゃ立て続けの賭けに出るまでだっ!!


 俺はすばやく呪刀・的殺を――『マナの働きを阻害する』効果を持った刀を大上段に構える。まだ体に違和感はない。ユニークスキルが呪いの効果を抑えてくれているのだろう。


 死神が大鎌を水平に振り抜く。


 射出される黒いオーラ。巨大な三日月の形状をした遠距離斬撃が迫る。あの広範囲に高速度、とても逃げられるものではない。逃げるつもりもない。


「……らぁっ!!」


 タイミングを計り、刀を斬り下ろす。


 接触。すさまじい衝撃。


 眼前で爆ぜるマナの粒子。俺の周囲を狂ったように黒い奔流が飛び散り、素肌を容赦なく斬りつけていく。苦痛に耐え、刀が弾かれそうになるのを必死でこらえる。


 やがて刃の接触付近のオーラがほつれ、虚空へ消えていく。左右に分かたれ、俺の後方へと流れていく黒い斬撃。背後の石壁が砕ける音。飛散する破片。完全に静まる奔流。


 奴の攻撃を真正面から両断した格好だ。傷だらけの俺を捨て置き、死神はふたたび通常ルーチンへと戻った。


 それと同時に、全身にまとわりついていたモノ・・が体内へ侵入していく感覚がした。力がうまく入らない。マナ化して同化させていた道具類が体外へ押し出されそうになる感覚。


 たぶんこれが呪いの効果なのだろう。どうやらユニークスキルで防げる限界を越えたらしい。刀を白鞘に納めるとそれらは徐々に治まってきた。


 かろうじて耐え切れた。


 見ればユッキーさんは通路を渡りきっており、こちらへ不安そうな表情を向けていた。手を振って無事を伝えると、安堵したようにその場にへたり込んでいた。


 ……まあ、幸いにもここからの進行はずいぶん楽になりそうだ。


 俺の周囲、無数に転がっている崩れた壁の破片をいくつか拾い上げ、ひとつを適当な方向へ投げる。


 死神が落下音に反応している隙に出口方向へ。さっきは脅威となった遠距離斬撃

も、あさっての方向へ飛んでいく分にはまるで怖くない。


 同じことを二回繰り返し、


「……はぁぁ~……」


 俺たちは無事、通路の突破に成功した。



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