第8話 白い大蛇 その2
大蛇の白いうろこに、ユッキーさんの放った氷の刃が次々と突き立てられる。
大半が表面に軽く刺さっただけですぐに落ちるが――うろこの隙間を抜いたのか、二本の氷刃が三分の一ほど食い込んだまま残る。大蛇の動きがほんの一瞬だけ止まる。
「――はーい、お注射我慢しましょうねーっ!!」
好機と見た俺は反射的に動いた。突き刺さった氷刃の一本に向け、サンダル裏で思いっきり蹴りを入れる。
『SYUU……ッ』
刃の切っ先が足裏で押し込まれ、大蛇の肉体へより深々と食い込む。先ほどより濃密に噴出する赤黒いマナ。苦悶の声を漏らす大蛇。
「〈飛氷刃〉!」
ユッキーさんからのさらなる追撃。大蛇の顔に向けて氷の刃が放たれ次々と命中する。今度はいずれも地に落ちたが、それでも大蛇は不快そうに首を振る。動作に従い、血のように漏れるマナ粒子がダンジョンの薄明かりの中に振りまかれた。
効いている。それでも討伐にはほど遠いだろうが、まったく手も足も出ない訳ではない。
このまま少しずつダメージを蓄積させていけば、いずれは逃げる隙を生み出せるはず――
『SYAAAAッ!!』
そうは問屋が卸さなかった。大蛇は長い胴体の一部をU字に湾曲させ、力を溜める動作を取る。さながら弦を引き絞った弓のように――さては体当たりかっ!!
「くっそ……っ!」
とっさに背後へ飛ぶ。直後、放たれた弦のように俺に迫る胴体。両腕を交差させて防御。強烈な衝撃が全身を襲う。
俺の体が後方へ吹っ飛ばされ、石床を転がる。勢いが強い。無理にふんばろうとせず、そのまま回転してダメージを受け流す。それでも相当な衝撃だった。ようやく停止。
「朝風さんっ!!」
「……そ……っち行ったっ!!」
痛みをこらえつつ叫ぶ。
大蛇は俺を捨て置き、ユッキーさんへ首を向けていた。大口を開け、黒髪の少女をひと呑みにせんと襲いかかる。
「……っ!!」
ユッキーさんはギリギリのところで回避。前衛は『できなくもない』と謙遜していたが、十分にいい動きだ。そのまますばやく俺の元へ駆け寄る。
「朝風さんっ、無事ですかっ!!」
「な……んとか」
彼女の手を借りながら立ち上がる。覚悟していたよりもダメージは小さい。もちろん全身が痛いし息も乱れているが、ひとまずは動くのに支障はない。うまいこと防御できたのだろう。
コメント
・つよい(こなみ)
・蛇やべえよ
・回避ないすぅ!
・あの
視界の隅に投影されたままのコメントがちらっと映る。もちろんじっくり読んでいるヒマなどない。すぐに意識を白い大蛇へ戻す。
「……このまま続けてもすぐに追い詰められるだけだと思う」
「ですね」
ユッキーさんも視線を大蛇へ向けながら答える。
「ただ、どうもあの大蛇は氷系の攻撃を嫌がっているように見えました」
「俺もそう感じたよ」
顔に当たった時の反応だけではない。胴に当たった時にも少しだけ動きを止めていた。あれは単にダメージのせいだけではないだろう。
魔物はそれぞれに弱点を持っている。打撃に弱い魔物もいれば、炎で簡単に倒せる魔物もいる。あいつの場合はおそらく氷が弱点なのだろう。
つまり氷系スキルを操るユッキーさんこそが、この場における一番のダメージソースであるということだ。
「ユッキーさん。君が使える一番威力の高い氷系スキルってなに?」
「……〈
凍華乱漫。たしか発生させた氷で広範囲を攻撃するスキルだったはず。Lv二十代としてはけっこうな大技を使えるな。
「ただ、発動までそれなりに時間がかかってしまうのが難点ですね」
「わかった。ならそれまで俺が時間を稼ぐよ」
「できるんですか?」
「ここはもう踏ん張るしかないでしょ」
「……分かりました。お願いします」
ふたりで大蛇を見据えつつ作戦会議を終える。視界の向こうで大蛇がゆらめく。
「……来るっ!!」
俺と大蛇は同時に動き出す。
奴は氷が弱点、つまり奴から見れば嫌いな氷を撃ってくるユッキーさんはこの上なく邪魔に感じるはず。優先的に排除しようと考える可能性がある。
そうさせる訳にはいかない。積極的かつ陰湿な嫌がらせでこっちに注意を引いてやらぁっ!!
「はっ!!」
大蛇の口をかいくぐり、まずはうろこを浅く切りつける。
そのまま反転、大蛇の顔を追う。魔物がこちらへ首を向ける。
「プレゼントフォーユーッ!!」
地面に転がっていたナイロンブラシを拾い上げ、ふたたび大蛇に投げつける。うまいこと目に命中っ! ナイスコントロール俺!
軽くひるんでいるあいだに顔面に向け猛ダッシュ――狙うべきは、さっきユッキーさんのスキルで傷がついた箇所っ!!
「〈キーンエッジ〉ッ!!」
スキル発動。ナイフの刃にマナをまとわせる。マナを散らし赤くほのかに光る傷口へ向け、鋭さを増した斬撃を加える。
広がる傷口。出血のように吹き出るマナ粒子。
止まらず追撃。いまだスキルの効果が消えていないナイフの切っ先を、渾身の力で傷口に突き立てる。
『SYAAAAッ!!』
大蛇の苦悶の声が石造りのダンジョン通路に響いた。
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