第21話 混合生物(キマイラ)その1

「……混合生物キマイラ……」


 魔物をむさぼり食う四足獣を呆然と眺めながら、俺はつぶやいた。


 ライオンの頭部、熊の体と前足、猛禽類の翼と後ろ足を持った巨大な姿――名称が分からないあの魔物を呼ぶのに、キマイラと言うのが一番しっくりくる。


「……朝風さんっ、あれを!」


 ユッキーさんの声で我に返る。


 彼女が指さす方向を見ると、上階への階段があった。


 ――階段を降りた先で出会った正体不明の魔物。


 救助隊の残した情報と一致している。


「……もしやあいつ――あのキマイラが救助隊を撃退した魔物なんじゃ……」


「……だと思います」


 ユッキーさんも緊張をはらんだ声で同意する。


 とすれば、ここは地下二階であの階段の上は一階ということ。あの魔物キマイラが食事に夢中になっている今のうちに、さっさと階段を昇った方が――


「SYAAAA!!」


 俺の考えを見透かしたように大蛇が振り向く。そのまま階段へ向けて毒液を吐き出す。紫色の液体が石床を溶かしつつ広がり毒の池を形成し、階段への通路を塞ぐ。


 ……くそっ!!


 思わず舌打ちする。


 俺たちを逃がすつもりはないってことか! あいつ明確な知恵がありやがる!


 歯噛みする俺の様子など歯牙にもかけず、キマイラが獲物から口を離し低い|うなり声を上げる。


 それを合図に大蛇が動いた。


 大蛇はしっぽの先端をキマイラへと向ける。


 すると、キマイラの臀部から黒い帯状のなにかが何本も伸びた。そのまま大蛇のしっぽへと絡みついていき、本体側へと引き寄せる。


 両者の接触部が緑色の光を放ち、そのまま融合していく。


「SYUUU……ッ」


 それが当然の姿であったかのように白い大蛇はキマイラの尾となり、俺たちふたりをせせら笑うような視線をぶつけてきた。


「……なるほどな……」


 その光景を眺めながら、ひとつ理解をした。


「あの大蛇はキマイラの一部だった、ってことか……」


「ですが、なぜわざわざ分離して行動を?」


「そこまでは分からない。想像するに、大蛇あいつはなにかの目的でダンジョン内を徘徊していて、俺たちがそれに合致したからここへ連れてきた……とかじゃないかな」


「……少なくとも、あの大蛇が私たちに執着心を持っていることは確実でしょうね」 ユッキーさんが大蛇を見てつぶやく。



コメント

・魔物に目的なんてあるのか

・単に復讐とかじゃない?

・実は大蛇が本体とか

・魔物の考えてることはよく分からん



 リスナーたちもいろいろと推測をしている。だが情報が少ないので結論も出ない。


 大蛇の思惑がどうであれ、今のうちにキマイラの強さを確認しなければ。再び魔物をむさぼり始めた混合四足獣へ向け〈Lvチェック〉を使用。


 視界の向こう、巨体の上に表示された数値は――っ!?


「……ひ……170……!!」


「な……っ!?」


 ユッキーさんが絶望混じりの声を上げる。


 Lv170。


 格上なんてもんじゃない。まるで次元が違う。勝負の舞台に上がるどころか、足をひっかけることすらできない。


 逃げる以外にない――だが、どうやって?


 上階への階段は潰されている。毒だって無限に効果を及ぼし続ける訳ではないのでいずれは通れるだろうし、そもそも俺の場合スキルのおかげで耐えられるのだが、現状ではユッキーさんが逃げられない。


 隙を見ていったん別の通路へ逃げ込む?


 ……いや、それも厳しいだろう。あの大蛇がそれを許すはずがない。階段同様、毒液で退路を潰す未来が容易に想像できる。


 ならばあのキマイラが俺たちに一切興味を示さない可能性に賭ける?


 ……愚問だ。ならばなぜ大蛇はわざわざ俺たちをここへ転移させたのか、という話になる。俺たちを見逃す可能性などあるはずがない。


 逃げるためにはあの化け物と戦わなければならない――絶望的としか言いようのない現実が胸中に重くのしかかる。


「…………」


 ユッキーさんも同様の結論に至ったらしい。血の気の引いた様子で押し黙ってい

た。


 その間もキマイラは食事を続け、大蛇はこちらをじっと眺めている。まだ攻撃の気配はないが、それも時間の問題だろう。おそらくキマイラの食事が終わるまで――その時までの猶予でしかない。


「……朝風さん」


 やがてユッキーさんが悲壮な決意をみなぎらせ、俺を正面から見据えてきた。


「朝風さんのユニークスキルなら毒を無効化できる――そうですよね?」


 言いながらユッキーさんは上り階段へちらりと視線を送る。


 その動作だけで、彼女がなに・・を言おうとしているのかが理解できた。


 ……確かにその・・判断は合理的であろう。実際、ダンジョン探索においてはしばしば非情な判断を下さなければならないことだってあり得る。


 だが、


「朝風さん。私が囮になりますからあなただけでも逃げて――」


「それはできない」


 彼女の予想通りの言葉を遮った。


「俺は仲間を見捨てて逃げたりなんかしない」


「……朝風さん……」


「……って断言できれば格好もつくんだろうけど」


「え?」


「正直、そういう度胸がないってのも割と大きい」


 ポカンとするユッキーさんに冗談っぽく肩をすくめてみせる。



「……いや、そういうの本当マジでキツいから。なにしろ俺は二年目の、まだまだ尻に殻のついたようなヒヨコ探索者だぞ? そんな奴が同い年の仲間見捨てるとか想像するだけでもう無理。良心の呵責で潰れると自信を持って言える。いや、非情になるのにも強靭な精神力がいるって実感できるわ」



コメント

・ダセェw

・分かるけどw

・この空気でその回答かよw



「るせぇわ! んなもん言ってる俺が一番身に染みてんだよ!」


 俺がリスナーたちへいきり立つ様子に、ユッキーさんの悲壮さがわずかに弛緩するのが感じられた。


 ……よしよし、狙い通りだ。


 いや、もちろん本音をたっぷり混入させた回答ではあるけれど。彼女の気を紛らわす目的があったのも嘘ではない。


「……それに、そもそも俺がこの場から逃げるなんて不可能だ」


 真面目な声音に戻して俺は続ける。


「ユッキーさんは囮になるって言ったけどそれは無理だ。なにしろ大蛇が一番恨んでる相手は俺だろう。あいつが俺をみすみす逃がすはずがない」


 ユッキーさんは無言で話を聞いている。


「つまり俺がこの場で踏みとどまるのは確定。その上で俺が逃げ延びるには君の助けが必要だ。……だからさ」


 俺は彼女の顔をまっすぐに覗き込み、


「もう腹くくってふたりでこの状況を切り抜けよう」


 力強くそう言った。


「そもそも俺は裸一貫でいきなりダンジョンに放り込まれたんだぞ? 最初っから無茶苦茶な状況だったんだ。それでもここまでやってきた。今さらLvが一桁違う程度の相手寄越されたからってそんなもん誤差だ誤差。絶対にここから生き延びてやろうじゃねえかっ!!」


「……はいっ!!」


 ユッキーさんが答えるのと同時にキマイラが顔を上げる。どうやら食事が終わったらしい。奴の足元にはもう魔物は転がっていなかった。


 キマイラの巨体がゆらり、と揺れる――来る。


『GOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!


「行くぞっ!!」


 キマイラが吠えると同時に、俺は駆け出した。


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