第20話 大蛇再遭遇、そして

「あの大蛇は……っ!」



コメント

・やべえ

・またあいつかよ

・逃げ一択

・こいつまさか追いかけてきた?



 緊張をあらわにするユッキーさんと、ざわつくリスナーたち。


 眼前に現れたのは、左目の潰れた白い大蛇。間違いなく昨日遭遇した個体である。


 偶然……でないのは明らかだ。スキル効能危機察知が反応を見せるほどの敵意、なにより奴の赤い右目は復讐心でほの暗く煮えたぎっていた。


 俺たちをつけ狙っていたのだろう。だが現在地は最初にあいつと遭遇した場所からかなり離れている。おそらく、こいつは遠方にいる俺たちの位置を察知するなんらかの能力でも持っているのだろう。


 確かヘビはにおいや赤外線などで獲物を探知できると聞いたことがある。もちろん元となった動物の生態が魔物にそっくり当てはまる訳ではないのだが――奴が視覚のみで探知している訳でないと思っておいたほうがいいだろう。


「くそ……っ!」


 なんにせよ、昨日みたく隙をひねり出して逃げるべきだ。俺たちも昨日よりは強くなっているとはいえ、相手が格上――Lv40であるのに代わりはない。無意味に危険を冒す必要はまったくない。


「ユッキーさん、まずはこれ・・使ってみるからいちおう逃げる準備しといて」


 俺は体に同化させておいたこれ道具を取り出しながら言う。手のひらに収まるサイズの丸い玉である。ユッキーさんは無言でうなずく。


 ……やると決めたら速攻あるのみ!!


「……おらあぁぁっ!!」


 吶喊とっかんを上げ、一気に駆け出す。


 突進してくる俺に向け、大蛇は大口を開ける。喉の奥から湧き出る紫色の毒液。


 発射。かたまりとなった液体が緩い放物線を描いて飛来する。


「ほいさぁっ!!」


 最小限の動きで横っ飛び回避。〈タオル巻きし者〉なら奴の毒にも耐えられるのは実証済みであるが……なにしろ耐性付与効果にも限界がある。実際、的殺てきさつの呪いには耐えられる制限時間があった。あの体積の液体が直撃すれば普通にふっ飛ばされるだろうし、気軽にポンポン受ける訳にはいかない。


 あと腰のタオル溶かされたら大惨事だし。


「これつまらないものですがどうぞっ!!」


 回避直後、右手に握っていた玉を大蛇の鼻先へ投げつける。


 魔物に命中――同時に玉が弾け、瞬間的に白煙が膨らんだ。


 昨日、セーフゾーンで調達しておいた『煙幕玉』である。


 その名に違わぬ濃密な煙幕がダンジョン通路に広がり、大蛇の視界を奪い去る。


 油断せずポジション移動しながら様子をうかがう。音で察知する死神には通用しないと判断し温存したが、こいつにはどうか――


「!!」


 スキルが攻撃の予兆を察知。直後に白煙を食い破り、大きく開かれた顎が俺に向かって正確に伸びてくる。


 回避。大蛇の白い体躯が側面を通り過ぎ、風圧が俺の素肌を撫でる。


 やはりこいつ、視覚以外の手段で俺たちを探知できるらしいな。


 煙幕作戦は失敗――なら昨日みたいに隙をひねり出すまでっ!!


「援護お願いっ!!」


 後方のユッキーさんへ叫び、呪刀・的殺を抜刀。抜きつけの一閃をまずは奴にくれてやる。大蛇の胴体側面が横一文字に斬り裂かれ、白いうろこの奥から赤いマナ粒子が飛び散る。


 深手には遠いが手応えを感じる。的殺こいつならば大蛇コイツにも通用する。


 もう一撃、さらに一撃。


 尻尾方向へ全力で駆けながら白鞘の刀を振るい、魔物の胴体へ手当たり次第に傷を刻んでいく。呪いの効果によって大蛇の動きも鈍くなっていく。


 一見、こちらが優勢に思える。だが呪刀・的殺は使用者にも等しく呪いを与える。デバフ呪いの効果が俺の耐性付与ユニークスキルを突き破る前に状況を打破しなくては。


 ひたすら攻撃し、ユッキーさんがスキルを使うまでのあいだ敵の注意を――


「……! ユッキーさん!」


 俺の目論見とは裏腹に、大蛇は後方のユッキーさんを狙う。大きく開いた口で、黒髪少女を飲み込まんと襲いかかる。


「……!」


 だが、呪いの効果で大蛇の動きは鈍っている。ユッキーさんは慌てず騒がず突進を回避する。


 そのまま大蛇は首を横へ向けて進路変更。長い胴体で円環を作り、俺たちを内側に閉じ込める。


「逃さない、ってか!」


「……いえ、様子がおかしいですよ……!」


 俺の近くへ来たユッキーさんがそう指摘する。


 彼女の言う通り大蛇は奇妙な動きをしていた。胴体で俺たちを取り囲んだまま、ひたすらに円運動を続けている。


 このまま締め上げよう、という気配もない。円環は一定の大きさに保たれたままであるからだ。


 いったいなにを――そう身構える俺たちの前で、大蛇の体から青白い光が放たれ始めた。


 見覚えのある光だった。見るどころか、実際に体験したことだってある。


「まさか……"転移"!?」


 ユッキーさんもすぐに気づいた。


 転移――ようするにワープはダンジョン探索者にとってそれなりに身近な現象である。


 たとえばフロア内の移動に転移装置が使われている場合など。あるいは罠として設置されており、引っかかった探索者が魔物たっぷりの部屋にポイされるケースもあ

る。


 いま大蛇が放っている光は、転移の際に発生するものと酷似していた。


「ユッキーさん! 備えて!」


 叫んだ直後、光が俺たちを飲み込んだ。


 転移独特の、全身が浮き上がるような感覚がする。視界が真っ白に塗り潰される。にも関わらず目がくらむことはない。


 やがて光が収まっていく。徐々に視界が開けていく。


「……朝風さん!? 無事ですか!?」


「うん!」


 すぐにユッキーさんと安否確認をし、周囲に目を向ける。


 石床の意匠などは先ほどと同じ、どうやら別地点へ飛ばされたらしい。同フロアなのか、それとも別の階層なのか、それは判断できない。


 ただかなり広い場所であることは分かる。壁も天井も視界の遠く向こう側にある。


 いったいなんの目的で……いぶかしむ俺たちを尻目に大蛇は円環を解き、部屋の奥へと移動していく。


 俺は呪いを抑えるため的殺を鞘に収め、そちらへ目を向ける――


「……ッ!?」


 視線の先に、異様な四足獣がいた。


 まず目につくのは大蛇すら上回るその巨体。遠目であるが、おそらく高さ六メートル以上はあるだろう。


 次にその歪な外見。ライオンに似た頭部に、黒々とした熊の胴体と前足。背中にはタカもしくはワシの翼が生え、後ろ足もそれら猛禽もうきん類のものである。


 さながら混合生物キマイラのような、まったく一貫性のない姿をした魔物――そいつが、他の魔物たちを食らっていた・・・・・・


 そもそも食事を必要とする魔物など聞いたことがない。奴らはダンジョンから供給されるマナで生きながらえているからだ。魔物がダンジョンを出て外で活動することもあるがあくまで一時的なもの、もしくは最終的にマナ不足によって消滅する運命をたどることとなる。


 だが巨大な魔物は獲物を熊の前足で抑え込み、獅子の牙で体を引きちぎり、血しぶきのように赤黒いマナを飛び散らせむさぼり食っている。その付近には負傷し、弱々しくうめく複数の魔物たちが転がされていた。


『――GOOOOOOOOOOOOOOOOONッ!!』


 一体の獲物を食い終えた獣が咆哮する。


 大気どころかダンジョンを丸ごと震わせるような轟音。


 腹の底に恐怖心を無理やり叩き込むような大音声だいおんじょう


 危機察知ユニークスキルに反応はない――そのはずなのに深刻な悪寒が全身を駆け巡る。


「……あれ……なんだ……」


 知らず震える声でつぶやいていた。


 絶望が、そこにいた。



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