第22話 混合生物(キマイラ)その2

「こっちだっ!!」


 走りつつ、注意を引くため俺は声を張り上げる。狙い通りキマイラはこちらへ顔を向ける。獅子の牙を覗かせる口元から煌々とした火の粉が漏れる。


 攻撃――危機察知スキルに頼るまでもなく判断できる。一歩遅れて強烈な危機感。


 ステップし魔物の顔正面から軸をずらすように移動。直後、キマイラの口から火球が吐き出された。


 俺の身長の半分はある巨大な火球が、空気を焦がしながら飛来する。当たればどうなるか――想像するまでもないし、するのも恐ろしい。苦痛を感じる暇もないであろうことだけがゆいいつの慰めだった。


 全力で回避。床に着弾。


 瞬間、凄まじい轟音とともに爆炎が広がった。四方に砕け散る石床の破片。衝撃をともなった横殴りの爆風。俺の素肌を熱波が容赦なく焼く。スキル効能の一種各能力大幅上昇のおかげで防御力も増しているはずだが、それでも全身がチリチリと痛む。


 離れてもなおこの威力である。だがのんびりひと息ついてはいられない。スキルがまだガンガン警鐘を鳴らし続けている。キマイラが立て続けに火球を吐く。同時に大蛇までもが毒液を飛ばしてくる。


「のぅぁあああああああああっ!!」


 ほとんど悲鳴じみた叫びを上げつつ周囲で暴れ回る炎と毒とをひたすら回避し続ける。というよりも逃げ回る、と言った方が正しい。


 なにか手はないか。


 あの火球も当然マナによるもの。ならば死神の攻撃と同じように呪刀・的殺てきさつで両断できる可能性は――


 柄へ軽く手をかけ、すぐに思い直す。仮に斬れたところで飛び散る炎を浴びて大火傷、悪ければ刃に触れた瞬間に爆発して消し炭に……というオチだろう。試すにはいくらなんでも分が悪すぎる。


 逃げ惑う俺とは対照的に、キマイラの方は悠然としたものだった。くすぶる炎と煙の向こうで、ゆったりした歩調で間合いを測っている。本気など出すまでもない、ただ作業的な動作のみで狩れる――そうした余裕を見せつけられている気分だった。


「くうぅ……っ!!」


 ちら、とユッキーさんへ目を向けるが、彼女も援護に手が回らない様子だった。大蛇が隙を見て牽制の毒液を吐いているためだ。床に散る紫色の飛沫から距離を取るユッキーさん。だが毒はしばらくその場に残り続ける。このままではいずれ逃げ道を失ってしまうだろう。


 覚悟はしていたが――それでもやはり厳しすぎる状況だ。なにしろキマイラあいつ、一発でお陀仏となる威力の攻撃をジャブみたいなノリで気軽に撃ってくる。反撃どころか、その機会をうかがう余裕さえない。


 そのうえで大蛇も別個に毒液攻撃をしてくるのだ。隙がなさすぎる。むしろこうして逃げ回れているだけで上出来とさえ言える。


 このままではジリ貧――ならば打って出るか。どうせ最初からイチかバチかの博打勝負、やると決めたら迷わず実行あるのみ!


「ったらああああああぁっ!!」


 叫び、キマイラへ向かって全力ダッシュ。吐き出される火球を右へ左へと避けながら恐れず前へ。うなりを上げて俺の背後へ飛び去り、爆音を奏でる火球。一発通り過ぎるごとにジリッとした熱が肌を刺すがそれでも足は止めない、止まらない。


 接近する俺に大蛇が反応。こちらを向いて毒液を吐こうと口を開く。最悪、スキルを頼みに正面突破も辞さない。とにかく近づいて――


「!」


 視界の向こうでキマイラがぐっと沈み込む動作。


 同時に背筋を走る強烈な悪寒――攻撃が来る……っ!!


 キマイラが跳びかかる。熊のような野太い脚の先に生えた、猛禽類の足首――歪な構造の後ろ足が荒々しく床を蹴り、巨体を前方へと跳ねさせた。


 ――速っ!!


 想像以上の速度だった。一〇トン近くはあろう体躯が砲弾のようにまっすぐ迫る。一瞬、物理法則を疑いかける光景。空中で砲弾キマイラが右前足を振りかぶる。熊の鋭い爪が黒々と輝く。


 接近を断念、躊躇ちゅうちょなく右側面へと身を投げ出す。刹那、混ぜ合わせの巨獣が爪を振り下ろしつつ至近距離を通過、猛獣の剛毛が素肌をかすめていく。胃のまで揺さぶるほどの重い風圧が俺を打ちすえる。


 床を転がり、すぐに身を起こす。視界の隅で、大蛇の毒液が後方へ飛来していくのが見える。あっちはユッキーさんがいる方向――


「うにゃああああああっ!?」


 そちらへ目をやると、当のユッキーさんは泡を食ったように身をかがめて避けるのが見えた。なぜか猫のような悲鳴を上げる彼女の遙か頭上を毒液が通り過ぎ、数メートル後方の壁で弾け飛ぶ。


 あの毒液、俺を狙うつもりかと思ったが……ユッキーさんの援護を潰すのが目的だったか。


 立ち上がりつついったん下がる。というより猛攻を前に下がらざるを得なかった。


「無事!? ユッキーさん!?」


「ええっ、大丈夫ですっ!!」


 確認を取り合う俺たちの耳を、キマイラの咆哮ほうこうがつんざいた。


 獲物の反抗心をへし折るための威圧。追い払うためではなく、ここで潰すという断固とした宣言に、思わず身震いをする。


 ふと、尻にくっついている大蛇と目が合う――白い爬虫類の口元に、どこか勝ち誇ったような嫌みったらしい笑みが浮かんだ。


 ……くっそ、あんにゃろう! 俺よりLv上のくせしてなんてみみっちい奴なん

だ!


 俺以外の奴が虎の威を借りてドヤるとか、そんなことは俺以外に許されちゃならねえ卑怯卑劣な蛮行なんだよ!


 正義に燃える心ではあるものの、少しずつ怖気の気配が忍び寄っているのも感じていた。


 まったく付け入る隙がない。攻略の糸口すら見出だせない。このままでは――


「……朝風さん。いいですか?」


 俺のところへユッキーさんが近づいてきた。


「なに?」


「背後から見ていたのですが……あの大蛇、どこか妙でした」


「妙?」


「はい」


 ユッキーさんがうなずく。


「さっき毒液を吐こうとした時、確かに朝風さんを狙っていました。けど実際に飛んできたのは私の方でした」


「うん」


「私の目にはキマイラが飛びかかったあの時、大蛇の首がブレていたように見えたんです。その結果、たまたま私の方へ飛んできたのでしょう」


「ああ、なるほど」


 つまりは単に狙いが外れた、ってだけの話だったか。


 そりゃそうだ。止まった状態と動きながらとでは命中率が違ってくる。撃とうとした瞬間本体に動かれれば狙いが狂うのも当然――


「……ん?」


 納得しかけて、違和感を覚えた。


 ……確かに妙だ。


 動いたから狙いがブレる、それ自体は当たり前の話である。


 が、もし事前に動くと分かっているなら対策のしようはある。たとえばいったん待って、本体が止まってから毒液を放つとか。仮に動いているさなかに撃つとしても、事前に備えていればああも大外しすることもなかっただろう。


 これは――


「もしや……あいつら、互いに意志を共有していない?」


「だと思います」


 つまりただ体がくっついているだけで、互いの思考はてんでバラバラってことか。だからああして連携が乱れることがあり得る……と。


 これは貴重な情報だ。


 まだまだあいつを越えるにはいたらない。だがひとつ攻略の手がかりを得られた。


「……ナイスユッキーさん!」


 俺は親指を立てた。




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