第23話 混合生物(キマイラ)その3

「……ってな訳でユッキーさん、またちょっと突っ込んでくる!」


「後ろは任せてください!」


 手短に打ち合わせを済ませ、俺は再度キマイラに向けて全力ダッシュする。


 当然のごとくキマイラ本体は火球、大蛇しっぽは毒液を飛ばして迎撃してくる。相も変わらぬ苛烈な猛攻。それらを〈タオル巻きし者〉ユニークスキルの効果――危機察知と能力上昇の恩恵をフル活用して回避。


 ――ああ、なんかスキルこれの使い方が理解できたかも。


 爆炎と毒の飛沫が飛び交うなか、胸中では不思議なほどに静かな思念が湧いてい

た。


 ここにきて〈タオル巻きし者〉のコツを掴んだ気がする。自分のなかでスキルの情報と実践との歯車が確かに噛み合った感覚がする。


 危機察知能力に関して、これまでは単に『反応しているか否か』のみに着目していた。


 だが今は脅威の度合いも大ざっぱだが判別できる。攻撃のタイミングや方向もより正確に察することができる。多少なら視線を外す余裕もできたので回避先を計画的に選ぶことができる。


 向上した身体能力の感覚もだ。いまの自分がどれだけの速度で動けるか、ひいてはどれだけの距離を動けば敵の攻撃範囲から逃れられるのかが分かる。


 おかげで、先ほどまでより冷静に対処できるようになっていた。


 もちろん危険極まりない攻撃であるのに代わりはないが、大げさに避けることがなくなったので次の攻撃に余裕を持って備えることができる。防戦一方の状況を打破するきっかけ――いまの俺は、その手応えを掴みつつあった。


「っと!」


 大蛇の毒液を落ち着いて回避。あいつが俺に毒を飛ばしてくるのは、裏を返せば俺がスキルによって毒に耐えられるといまだ気づいていないためだろう。


 初遭遇時、すでに俺は毒を浴びて無事である姿を見せている。頭の片隅では"俺に毒は効かないと奴に気づかれている可能性"を考えていたのだが……どうもその様子はない。


 あるいは奴自身もその可能性を考慮はしつつ、確信までは持てていないのかも知れない。


 だとすれば好都合。もし俺に毒が効かないと奴に知られれば、おそらくユッキーさんにのみ狙いを絞るだろう。逆に攻撃対象を分散させてユッキーさん側の負担を減らせば彼女も俺を援護をしやすくなるはずだ。


 猛烈な攻撃をかいくぐりつつ、キマイラ本体との距離を徐々に縮めていく。もちろん油断など毛頭ない。なにしろ、奴はいまだ本気を出していないはず――


「!!」


 攻撃の予兆だ! 火球とは違う感覚!


 すぐさま備える。同時にキマイラが低く短い吼え声を上げて駆け出した。


 先ほどのような躍動感のある派手な動きではない。奴からすれば小走りで駆け寄る程度の気楽な動きであろう。


 それでも俺からすれば十分に威圧的な光景である。なにしろ二階建ての家くらいある巨体が野獣のうなりを発し、地響きを立てながら迫ってくるのだから。


 正直めっちゃ怖い。それでも度胸を振り絞り、ギリギリまで引きつける。さっきの飛びかかりに比べ速度が遅い。こちらも体勢がいい――ここが攻め時と見極め、左手に持った呪刀・的殺てきさつの柄に手をかける。


 キマイラが獅子の牙をむき出しに食らいつく――直前で右に跳んで避ける。


 高速ですれ違っていく魔物の左後ろ足へ一閃。居合い切りの要領で放った一刀が巨大な猛禽類の足首へと吸い寄せられていく。


 接触。生物の皮膚を模しているとは思えない固い手応え。まるでゴムに覆われた岩でも斬ったような感覚。強烈な衝撃に刀が弾き飛ばされそうになるのを、根性を総動員して耐える。


 骨が痺れる痛み――だが効いている。顔をしかめつつも、視界にマナの赤いしぶきがぱっと散るのに内心で拳を突き上げる。


「ザマミロバーロー!」


 ついでにそのまま駆け抜けつつ、巨獣のしっぽとなった大蛇へ怨念まごころのこもった言葉と一太刀をくれてやる。


 足首の時とまったく同じ種類の固い手応えが返ってくる。だが攻撃そのものは通った。大蛇の白いうろこに赤く細い一文字の傷が走る。


 納刀。なにしろ抜きっぱなしでいると呪いの効果マナ抑制によるデバフが俺にも影響を与え始める。鞘に納めれば即リセットという訳ではないのでこまめに納刀しておいたほうがいい。


 振り返り、走り去るキマイラの姿を確認。


「GOOOOOOOッ!!」


 駆けながらキマイラが吼える。だが苦痛の声、というには弱さの色が感じ取れな

い。ほんのかすり傷としか思っていないのだろう。


 だが多少なりとも呪いの効果は入ったはず。少しは有利に――


 キマイラの後ろ足へと視線を向けた時、あるものが目に入った。


 後ろ足、熊と猛禽類の境目辺りから、黒い帯状のなにかが数本断ち切られてぶら下がっているのを。


 あれは確か、大蛇が合体する際にキマイラ――正確には胴体担当である熊の尻部分から伸びたものと同じものだ。


 もしや。……得られた情報と推測を、脳内でパズルのように組み合わせていく。


 まず、あの黒い帯はキマイラが合体するために使われるものだろう。他の魔物と結びつき、一体化するためのもの。たぶん『探索者がダンジョンで入手した素材、アイテムを己の体に同化させて持ち運ぶ』仕組みの親戚みたいなものだろう。


 その仕組みにはマナが利用されている――つまり的殺のマナ抑制効果であればその繋がりを切断し、合体を解除できるはず。俺が呪いの影響を受けた際、体に同化させていた道具がこぼれ落ちそうになった経験がその裏付けとなる。


 では、なぜそもそも合体をするのか。


 特にあの大蛇。本体と意思を共有できている訳ではないし、なら分離して本体とは別に俺たちへ攻撃を仕掛ける選択もあるはず。奴のLvは40。一度は手傷を負わせられたとはいえ俺たちより格上であるのに変わりない。より効率よく追い詰めることができるはずだ。


 にも関わらず、わざわざ尻にくっついたままである理由はなにか。


 それもたったいま、大蛇を斬った際の手応えで確信した。単独で戦った時より明らかに防御が固くなっている。


 つまり、キマイラは合体することでその魔物の強さLvを取り込んでいるのだ。


 "なぜLv170とLv40が同時に攻撃してこないのか"――ではない。


 合体した結果・・・・・・がLv170という桁外れの強さなのだ。


 逆に言えば、奴らを分離させてしまえば弱体化させられる可能性が高い。


 ならば、やるべきことはひとつ。


 的殺コイツで斬りまくって奴らの合体を解くことだ!!



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