第9話 白い大蛇 その3

「ここかぁっ!? ここがええのんかぁっ!?」


 傷口を攻撃されうめく大蛇。構わず追撃、執拗に傷口を攻め立てる。さあ正義の一撃を喰らぇいっ!! ワシは正義じゃっ!! 正義なんじゃあっ!!(ゲス顔)



コメント

・ひでえw

・腰タオルのクズw

・ドSか

・だって相手魔物だし……

・その割にクッソ嬉しそうなんよ

・汚え映像だw

・ユッキーの顔見て癒やされよう



 なんとなーくコメントが賑わってるような気配がするんだけど俺には見えてないのでセーフ! はいもういっちょお待ちぃっ!!


『――FSHAAAAAッ!!』


 ついにトサカに来たらしい。大蛇は怒気をはらんだうなり声を漏らす。だけど『人の嫌がることは率先してしろ』って学校の先生に教わったんだもん。あさかぜは悪くないよねぇ?


 勢いと調子に乗りつつ追撃を続ける――刹那、背筋を悪寒が走る。


 なぜかは分からないが、先ほどからしばしば確信じみた危機感を覚える。疑う気持ちさえ湧かない。不思議とすんなり受け入れられるのである。


 大蛇が首を俺に向けて大口を開く。これまでのような食らいつく動作ではない。


 ならどうするつもりか。……くそっ、そんなもん決まってるっ!


「……なにか吐くぞっ!!」


 ユッキーさんに大声で警告を飛ばす。大蛇の喉の奥から紫色のなにかが湧くのが見える。


 口からなにかが発射される。


 魔物が勢いよく飛ばした紫色、それは液体だった。かたまりとなった液体が低い放物線を描き俺に迫る。


「っらあぁっ!!」


 大きく距離を取って回避。石床に飛び散り、広がる紫の液体。石床がジュウジュウと不吉な音を立てて溶け、紫の煙が立ち上る。刺激臭が鼻を突く。


「毒液かよ……っ!!」


 冷や汗がひとすじ額に流れる。毒とは言ったが、床を溶かしているなら酸みたいなものかも知れない。なんであれ奴の吐く謎液に直撃すればひとたまりもないだろう。おそらくは骨まで溶かされてしまうはずだ。


「まだ来ますっ!!」


 背後のユッキーさんから警告。


 大蛇はさっきと同じ紫の毒液を、今度は連続で発射してくる。俺は回避に専念。一発の量こそ半分以下になっているが、当たれば死ぬ点に変わりはない。むしろ数を撃たれるほうがはるかに厄介である。


 首の動きに注意しつつ右に跳んで避ける。だが魔物が俺の着地点を狙って毒液を吐こうとするのが見えた。


「うお……とぉっ!!」


 着地の余勢を駆ってさらに右へ跳び、ギリギリで回避。さらにそこを狙った毒液攻撃。このままでは壁際に追いつめられる。


 石床を強く蹴り、今度は動きを反対側――正確には左斜め前方へと切り返す。飛来する毒液の下をかい潜るように低く跳躍。


 身体が軽い――回避を続けながらも、俺は内心『しっくりくる違和感』に首をかしげていた。


 必死の状況とはいえ異様に鋭くなっている俊敏性。以前より明らかに高まっている謎の身体能力。Lvアップによる強化だけとは到底思えない向上ぶり。


 そのくせ奇妙なほどになじむ感覚。まるで昔からのつき合いのような一体感。


 思えば最初から不自然だった。なぜ俺は最初の奇襲を察知できたのか――


「……っと!」


 のんびり考えている余裕はない。意識を眼前に集中させ、連発される毒液を右へ、左へと回避し続ける。


 だが厄介なことに奴の吐く毒液はその場に残り続けている。このままでは俺の逃げ場がどんどん狭まってしまう。


 くそっ、次に逃げ込む先を考えないと追いつめられる――


「!」


 これまでとはわずかに違う、大蛇の喉の動きに気づいた。ごく一瞬の溜め動作。口の奥に見える紫色の毒液。


「くっそっ!」


 悪寒が走るのと、大蛇が毒液を吐くのは同時だった。


 大口から扇状に拡散・・・・・し、広域へと飛び散る紫色の毒液。


 俺は全力で毒液の範囲から逃れようとする。だが逃げ込むべき方向にはすでに多量の毒液がばら撒かれている。ほとんど足場がない。


 行動が一手遅れる。逃げ道を見つけ回避。


 だが、飛散した毒液の一滴が左肩に命中。遅れて左上腕部にしぶきを浴びる。


 喰らった――痛恨の念とともに、続けて襲い来るであろう苦痛を覚悟する。


「……?」


 来なかった。


 痛みも苦しみもまるで感じなかった。


 ちら、と左腕を確認してみるが、紫の液体が付着している以外になんの異変もな

い。皮膚が溶けもしなければ、変色さえしていなかった。


「――〈凍華乱漫とうからんまん〉ッ!!」


 なぜ――と疑問に浸る間もなく、ユッキーさんのスキルが発動する。白く輝く凍気が白い大蛇の周辺に立ち込め、取り囲んでいく。


 次の瞬間、石床から無数の氷が華と咲き乱れた。


『SYUAAAAAッ!?』


 凍てつくしもが大蛇の胴体を包み込み、動きを拘束していく。氷柱の鋭い切っ先が、大蛇のうろこを次々と貫いていく。


 ここが攻めどころ――自身の異変を頭の隅へと押しやって、俺は魔物へ正面から急接近。右半分が霜に覆われた大蛇の頭部がみるみる近づく。


 跳躍。普段より高々と舞い上がった体を空中で制御。落下に転じる。体重と重力加速度を乗せ、ナイフの切っ先を振り下ろす。


 狙うべきは――大蛇の左目っ!!


「っらあああああああ――――――っ!!」


『BGYAAAAAAッ!!』


 叫び、渾身の力でナイフを突き刺す。会心の手応え。耳朶を打つ魔物の絶叫。視界を染める赤黒いマナの奔流。


 大蛇はもがき、首を振って俺を振り払おうとする。だが簡単には離れてやらない。必死にしがみつきつつ、ナイフをえぐってさらに傷を広げる。


『SYAAッ!!』


「……ぉわ……っと!!」


 ひときわ首を強く振られるのにさすがに耐えかねた。ナイフを引き抜きつつ大蛇の顔を蹴って待避。うまく後転しつつ着地。


 ここまでやれば十分か。


「走れっ!!」


「はいっ!!」


 霜と傷で視界を奪われのたうち回る大蛇を捨て置き、俺はユッキーさんとともに通路の奥へと全速力で駆け出した。




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