第12話 不穏の影

 入手した戦利品ドロップをすべてポイントに変換した俺たちは夕食を取ることにした。


 六畳間に鎮座するテーブルの上に今夜のメニューが並ぶ。シャケおにぎりにミックスサンドイッチ、味噌汁にコンソメスープ、鳥の唐揚げに海藻サラダ。


 果たしてどういう仕組みなのか、ポイントさえ払えば光球から食品を生成できる。そのバリエーションもちょっとしたコンビニ並み。味もまあまあであり、変換レートが最悪な点さえ除けば文句をつけるところがない。


「一説によるとですね」


 ひととおり舌鼓を打ち終えたユッキーさんが、海藻サラダをテーブルに置いて口を開く(なお服を着ているおかげで、目線は逸らされずに済んでいる)。


「『ダンジョンとは一種の生物である』……というのがあります。なんでも魔物に人間を襲わせ、それによって発生した恐怖や苦痛などの"負の感情"をエサにしている存在なんだとか。けどそのままじゃ誰も近づかないから、人間を誘い込むために宝箱トレジャーを生成しているそうです」


「あ~……なんかそんな話聞いたことあるようなないような……」


「少し前、ネット記事で話題になってましたからね」


 そう言ってユッキーさんはリスナーと俺に解説を始める。


 いわく、


「ダンジョン最奥部ほど効率よく感情を吸収できるため、人間が最奥部へ到達しやすくなるよう安全地帯セーフゾーンを設定しているそうです」


「侵入した人間から少しずつ人間の生態を学習していった結果、人間向けの食料や装備品などを生成できるようになったそうです。ダンジョンで生成可能な食品に各国ごとの違いがあるのも、その土地に適応した結果らしいですよ」


 ……とかなんとか。


 あいにく、俺の乏しい知識ではその説の真偽なんて判断がつかない。俺は"使えるのなら原理なんて割とどうでもいい"と軽く考えている手合いなので、わざわざ異論を唱えるつもりもない。


 それよりも、精霊カメラと俺に向けて淀みなく話すユッキーさんの楽しそうな姿のほうが印象に残った。元からの性格なのか、配信者をしているうちに会話好きになっていったのか。


 どちらにせよ、配信の様子を生で見られるなんて貴重な機会である。先ほどまでと違ってのんびりできる余裕もあるし、しばし彼女の澄んだ声を堪能した。


「……さあ、そろそろ回復薬ポーションやら武器やらの補充をしておこうか」


 ユッキーさんが講義を終えたタイミングで俺はそう切り出す。当然、ここで救助を待つことも視野に入れている。だが自力での脱出にも抜かりなく備えておいたほうがいい。


 もちろんセーフゾーンの光球じゃ地上の専門店みたいな高品質のものは調達できない。だが、最低限使える武器があるだけで立ち回りもずいぶん楽になる。ポーションひとつあるだけで生存率はぐっと上がる。ここはポイントをケチらずアイテム補充を済ませておくべきだ。


「すみません」


 俺が言うと、唐突にユッキーさんが申し訳なさそうな顔をした。


「? どうしたの?」


「いえ、いま持っているポイントの大半が朝風さんの戦利品古びたメダルから得たものじゃないですか。それで私の食事や薬なんかを調達していだたいているなんて、不公平だと思いまして」


「いやいや。いいって別にそんなこと気にしなくても」


「ですが……」


「俺だってユッキーさんに助けてもらってるんだし。こんな状況なんだからお互いさまだって」


「そうでしょうか……」


 俺が言ってもユッキーさんの表情は晴れない。彼女はずいぶんと律儀者らしい。こんな状況下でも釣り合いが取れないことを気に病んでいる。


「……だったらさ」


 俺は言った。


「地上に戻った時、ユッキーさんなにか一食おごってもらうことにするよ。この件の埋め合わせってことでさ」


「……そんなことでいいんですか?」


「もちろん。ユッキーさんおすすめの店を紹介してよ」


「そうですね……朝風さん、食べものの好き嫌いとかあります?」


「割となんでも食べるな。好きなものなら即答で肉って答えるけど」


「じゃあ焼き肉なんてどうですか? おいしいお店知ってるんですよ」


「やたっ! じゃあそこの焼き肉屋で!」


「約束します。……ぜひともふたりで地上に戻りましょうね」


「もちろん!」


 頬を緩ませたユッキーさんに、俺たちは言った。



コメント

・こいつユッキーさんをデートに誘いやがった

・朝風征馬せいまを許すな

・爆ぜろ

・「私たち、生き延びたら焼き肉屋に行くんだ」

・どう見ても死亡フラグです本当にr

・爆ぜろ

・フラグですね

・ダンジョンさんに対する壮大な振り

・腰タオルニキも芸人だったか……

・爆ぜろ

・フラグやめーや

・爆ぜろ

・爆ぜろ



「"も"ってなんやねん"も"ってっ!!」


 なおユッキーさんは特定コメントへ即座に反応、平手の甲を虚空に鋭く叩きつけていた。


 まるで一流お笑い芸人のツッコミのようだった。





            ~~  救助隊SIDE  ~~



「――あったぞ。地下への階段だ」


 朝風征馬・三上冴雪みかみさゆき両名の救助へ派遣された探索者四人、そのひとりである槍使いの男が言った。


「急ぎましょう」


「ああ。だが階段の先がよく見えない。焦るなよ」


 剣士の女に、弓使いの男が言う。


「まず僕が先行します」と全身鎧フルプレートに大盾を持った男が言い、階段を一歩一歩ゆっくりと降りていく。


 それを眺めつつ、槍使いが口を開いた。


「あくまで一階を突破しただけだが……現状それほど手強い魔物とは遭遇していないな」


「ですね。配信によれば三上さんが戦っていた魔物はLv22。私たちが戦った相手とそう変わりありません」


 女剣士が同意する。


 四人の平均Lvは37。Lv20代の魔物であれば特に苦もなく倒せる。


 もちろん彼らは油断などしない。格下の魔物集団に襲われて壊滅したパーティーの事例などいくらでもある。場数を踏み何度も危機を乗り越えて来た彼らにとって、慢心こそが内に潜む大敵であると十分に心得ている。


 ただ、突入以来ピンと張り続けられた緊張の糸が、この時ほんの少しばかり緩んだ――それはまぎれもない事実であった。


「だな。もう少し進行速度を上げよう。慎重すぎてふたりの救助が間に合わなくなっては元も子もない。……様子はどうだ浜地」


 槍使いは階下へと到達した鎧の男――浜地へ声をかける。


「……広い通路になっていますね。見える範囲に魔物の姿は――」


 浜地は答えながら首を巡らせ――唐突にその動きが硬直する。すでに階段を半分まで降りている三人は、唖然とした空気を醸しながら一方向を見つめる浜地の様子を怪訝に思う。


「どうした。なにがあった」


「……あいつはなんだ。Lvは……うわっ!!」


「浜地!?」


 突如、すさまじい爆音とともに浜地が炎に襲われる。


 とっさに構えた大盾ごと彼の体が後方へと吹っ飛ばされ、階段の段差へと叩きつけられる。大きく歪んだ金属の大盾が床に落ちる音。駆け上がった熱波が階段中腹に立つ三人の肌を撫で、巻き上がった埃と煙が三人の視界を覆った。


 顔をしかめつつも、槍使いと剣士は浜地の元へと駆けつける。


「おい浜地っ!! 浜地っ!!」


「息はありますっ! 早くポーションを――」


 言いながら、魔物の姿を確認するため女剣士は前方を確認する。


 彼女は思わず息を飲んだ。


 いまだ舞う埃と煙の向こうに、見たこともない巨大な四足獣の姿があった。


 全容はよく分からない。黒々とした野太い脚くらいしかはっきり確認できない。

だが相当に危険な魔物であることはいまの一撃で明白であった。徐々に緩みつつあった緊張の糸はいまや千切れんばかりに両端から引かれ、身を切り裂きそうなほどに張りつめていた。


「いったいあいつは……」


 言いながら弓使いの男は〈Lvチェック〉を使用する。同時に女剣士も使用。


 ふたりの視界に表示された四足獣のLvは――


「……おい? どうした?」


「――逃げろ」


「なに?」


「いいから浜地を連れて急いで逃げろっ!!」


「手伝ってっ!! ポーションはあとでいいから早くっ!!」


 弓使いの声は絶叫に等しかった。切迫した表情を貼りつけ、女剣士が浜地の体を引き上げようとする。


 槍使いはふたりの判断を信用している。ふたりが逃げろと言うのなら、それが正解なのだろう。


 ならばまず俺が囮に――そう判断し、前に歩み出ようとした槍使いの耳朶を、


 ――ォォオオォォォオォォ――……ォン――


 獣の咆哮が打ち叩いた。


 たったそれだけで全身が粟立った。ひと吼えで戦意が粉々に踏み砕かれ、頭からつま先の先まで恐怖をねじ込まれた。


 戦うという選択肢は一瞬で消え失せた。そして朝風、三上両名の救助を一旦断念せねばならないと悟った。


 震える体にむち打ち、槍使いは女剣士とともに浜地の体を支え、階段を昇っていった。


 彼らの背後でふたたび獣は凶暴な吼え声を上げ、ダンジョンの空気を震わせた。




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