第11話 セーフゾーン発見

 危機を脱した俺たちはしばらく通路を進んでいく。


 だが、だんだんと消耗の度合いも厳しくなってきた。


 食料は最初からなし。少しずつ飲んできた風呂桶の水――本当、白い大蛇との戦いあの状況下でよく無くさなかったと思う――もそろそろ底がつきそうである。


 ユッキーさんもペットボトルの天然水を飲んでいるが、そちらも同じく空になりつつある。


 そりゃああれだけの大物と戦ったあと全速力で逃げたのだから、喉が乾いて当然

だ。我慢するにも限度がある。


(やはり浴室から動かず救助を待つべきだったか? 少なくとも消耗はいまよりずっとマシだったろうし)


 そういう考えもチラと頭をよぎる。だがいまさら後悔したってしかたない。それに探索を選んだおかげでユッキーさんと合流できたし、配信を通じて俺たちの情報を伝えることができた。ここはポジティブに捉えておこう。


「……あれ?」


 ペットボトルから口を離し、ユッキーさんがつぶやいた。


「どうしたの?」


「見てください、あれ引き戸です。ここのダンジョンっぽくない雰囲気ですよね」


 彼女が指さした方向には、見覚えのある引き戸があった。


 あれは――


「……俺んちの脱衣所の扉だ」


 それも脱衣所側から見た形状である。


「それってもしかして……」


「その可能性はあるね」


 俺たちは周囲を警戒しながら近づき、そっと戸を開けた。


「……しゃあっ!!」


 期待通りの光景に、思わず拳を突き上げた。


 引き戸の向こうは、俺の自宅アパート六畳間であった。壁にかかっているシャツもテーブル上に置いたスマホも、全部が全部そのままの状態である。


「しかもここ安全地帯セーフゾーンじゃないか! ツイてるなぁ!」


「やりましたね!」


 テーブルの上に浮く緑色の光球――セーフゾーンの証に、ふたりして喜び合う。


 セーフゾーンとは、言葉通りダンジョン内における安全地帯だ。魔物が発生もしなければ侵入もされる心配のない、休憩にはもってこいの場所なのである。



コメント

・きたああああああああ!

・セーフゾーンきちゃ!

・ここ拠点にしようず!

・時間も遅いし今日はもう休みなさい

・【悲報】ユッキー、男の部屋に上がる

・朝風征馬せいまを許すな

・うらやまけしからん

・征馬ぜろ

・爆ぜろ

・爆ぜろ

・爆ぜろ

・爆ぜろ



 コメントの雰囲気も明るい。俺が数十回ほど爆ぜている点を除けば。


「はいみんなー、朝風さんを困らせちゃダメですよー。……朝風さん、お邪魔してもよろしいですか?」


「そりゃもちろん」


「それと情報収集や今後の相談などをしたいですし、できれば配信を続けておきたいのですが……その、それだとお部屋を映すことに……」


「別にいいよ」


「すみません。極力映す範囲は狭めますから……」


 ユッキーさんは気を遣ってくれているが、どうせ場所はニュース映像でバレているだろうし、生き延びたら引っ越すことになるだろう。俺としては気にするものでもない。


「けどその前に片づけだけさせて」と伝え、ユッキーさんから「はい」と返事をもらったので、ひとり中へ入っていったん戸を閉じる。


 真っ先にキッチン兼玄関を確認。だがあいにく、引き戸のレールを境に向こう側が黒い霧みたいな壁で阻まれている。残念ながらここからダンジョンの外へは出られないし、食料も大半が霧の向こうである。


 気を取り直してテーブル上のスマホを回収し、床の雑誌を本棚へと移動させ、ベッドの掛け布団を軽く直し、ゲーム機を隅に寄せ、女子には決して見られてはならない危険物をタンスの奥へと緊急避難させ……完了、ヨシ!


 ついでだから服も上下着ておく。ユニークスキルのせいで能力は下がるだろうが、『裸に腰タオルで同年代の女子と一緒の部屋』というビジュアル的な大問題に比べれば些細なことである。


「ユッキーさんおまたせ」



コメント

・腰タオルニキが服を着ている……だと!?

・普通の姿なのに違和感がすげえw

・アイデンティティないなった

・これじゃただの朝風征馬じゃないか

・キャラ崩壊



「俺に対する認識がおかしい!」


「あんまり気にしないでください。みんな遊んでいるだけですから」


 いやそれは分かってるんだけど! 分かってるんだけどさ! ネタにされるにしてももっとこう、もっとマシな扱いはなかったのか!


「……まあとにかく、適当に座っていいよ」


「ではお邪魔します」


 ユッキーさんが俺の部屋に上がる。靴は部屋に敷いた無地新聞紙の上に置き、テーブルの近くに腰を下ろす。


「じゃあ、これからのことなんだけど……」


 ユッキーさんが精霊カメラの位置を調整し終えたのち、俺は切り出した。

「まず、俺たちが回収した戦利品ドロップをポイントに変換しよう。そうすれば食料を調達できるから」


「そうですね」


 セーフゾーンにある光球の機能として、ダンジョン内で入手したドロップや宝箱トレジャーを当該ダンジョン内専用のポイントに換えることができる。そしてポイントを消費することによって、各種アイテムや食料品などを調達することが可能なのである。


 ただし交換レートはかなりの割高。地上でドロップなどを換金した場合よりはるかに効率が悪い。利用するほどに損をする、普段はあまり頼りたくない機能ではあるものの……今回ばかりはありがたい。



コメント

・元・腰タオルニキ、ワンダラー倒したよね?

・ドロップもばっちり落としてたよね?

・古びたメダル手に入れてたよね?

・きっといい値で売れるよね?

・メダル置いてけ! なあワンダラー倒しただろおまえ!

・古びたメダル……セーフゾーン……ポイント変換しないはずがなく……

・ヨッ、社長太っ腹!



「――分かってんだよドチクショウ! これがお望みなんだろぉがよぉ!!」


「……なんか朝風さんがうちのリスナーたちに馴染みつつあるのですが……」


 俺は同化させていたワンダラーのドロップ古びたメダルを体から取り出しながら言い放った。


 古びたメダルはかなりいいお値段で売れる。外へと持ち帰れば今月の生活費プラスお高いお食事代に潤沢なガチャ資金となってくれることだろう。


「…………さらば限定ガチャッ!!」


 それら希望を振り払い、俺は光球の中へとメダルを投入。涙でにじむ視界の向こうで大量のポイントが――このダンジョンでしか役に立たないポイントが加算されていく光景が映った。


「……すみません、うちのリスナーが……」


「……いいんだよ、どうせドロップは全部ポイントに換えるつもりだったし」


 生き残りが最優先なこの状況下、たとえ貴重品でもケチる訳にはいかない。リスナーに言われるまでもなく最初からポイント変換一択のつもりだった。そのつもりだったのだ。リスナーに言われるまでもなく。



 ……べっ、別にリスナーに煽られて急激に悔しさが湧いてきたとか、テメェら他人の不幸でメシウマしてんじゃねえよとか、それをしていいのは俺が被害者でない時だけなんだよとか、さてはこいつらレアドロップだけじゃなくユッキーさんを自室に上げてることへの妬みも混ぜてやがるなとか、テメェら全員もれなくタンスの角に小指ぶつけやがれだとか、そんなこと全然思ってないんだからねっ!!




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