第10話 ユニークスキル

 必死だったため、ダンジョンのどこへ向かったのか、どれだけ走ったのかは詳しく覚えていない。


 ただ途中で大蛇の気配がなくなったことを感じ取ったため、俺たちは通路の真ん中で立ち止まった。


「……っ……はあっ……!」


 呼吸を荒らげながらも、背後や天井、壁をしっかりと確認する。だが白い大蛇の姿は影も形もなかった。


「「……はぁぁ~……」」


 完全に逃れられたと確信した俺たちは、同時にその場へとへたり込んだ。



コメント

・助かったっぽいね

・ユッキーよく逃げた

・生きててえらい!

・走ってる時局所的に謎の光チラチラ映ってたの草生える

・付近にいた腰タオルのことですね分かります



 ちらっと確認してみると、コメントも安堵の雰囲気が漂っている。どうやら本当に助かったようだ……と改めて実感が湧く。


「助かったよユッキーさん。君がいなきゃどうにもならなかったよ」


「いえ、朝風さんが引きつけてくれたおかげです」


 ユッキーさんはそう言ったあと――なお安全が確保されたためか、視線は再び逸れ始めているが――探るような声音で切り出した。


「ひとついいですか、朝風さん」


「ん?」


「あの大蛇は私たちより明らかに格上の相手でしたよね。けど朝風さんは大蛇の動きについていけてましたよね」


「ついていく、ってほど余裕があったわけじゃ……」


「いえ。少なくとも動きに関して遅れは取っていませんでした。それにその腕――」


 ユッキーさんが俺の左腕を指す。


「遠目でしたし、最初は見間違いかと思ってましたけど……あの毒液を浴びたんですよね。石床を溶かすような毒を浴びて、それなのにまったく平気だなんて。ただごとじゃありませんよ」


 ……そうだ。左腕に残った紫色の液体を眺めながら、隅に押しやっていた疑問に思考を巡らせる。


 攻撃の察知に身体強化、そして毒への耐性。


 以前までの俺にはなかった能力が突如として発現した。心当たりはせいぜいワンダラーを倒してLvしたこと――


「……パッシブスキル?」


 ふと、その可能性が思い浮かんだ。


「そうか。さっきLvが上がった時になにかのパッシブスキルを習得したんだ」


 能動的に使用する通常のスキルに対し、常時効果を及ぼタイプのものをパッシブスキルと呼ぶ。


 種類はさまざまあり、例えば特定の攻撃に強くなる、スキル使用時の精神負担が軽減される、魔物を倒した際の戦利品ドロップが高品質のものになりやすくなる……などなど。


 あの時はLvの確認しかしていなかったが、ひょっとするとパッシブスキルに目覚めた可能性がある。


「…………ああ。さっきワンダラーを倒していた時ですね……」


「ユッキーさん。なんでそんな苦い表情になってんの?」



コメント

・あれは傑作だったw

・なんでやねん(ユッキー語録)

・芸人の本領発揮してたな

・さすが宇宙一かわいい芸人

・ユッキーマジ芸人



「……芸人?」


「忘れてください」


 コメント内容に疑問を抱いた瞬間、断固とした口調でそう言われた。彼女の瞳からはなぜかハイライトが失われていた。


「……ま、まあいいや。とにかく、なにかスキルを覚えていないか確認するよ」



コメント

・ワイらにも見せるやで

・気になるな

・お前ら探索者の能力も立派なプライバシーだぞ

・腰タオルニキは配信者じゃないし無理に見せんでも



「リスナーさーん、朝風さんはあくまで一般の探索者ですので、あまり根掘り葉掘り聞かないであげてくださいねー」


「あ、別にいいよ。そんな秘密って訳じゃないし」


 コメントを読んだ俺はユッキーさんにそう伝えた|。


 マナの操作技術を応用すれば、自分のLvや取得スキルなどの情報を空中に投影し第三者に閲覧させることができる。ちょうどいま、ユッキーさんの精霊が別精霊カメラによる映像とリスナーコメントを投影させているように。


「そうですか? すみません」


「いや。それよりユッキーさんこそいいの? なんか俺、部外者なのに他人のチャンネルで出しゃばってる感あるんだけど。しかも姿は裸に腰タオルこんなだし」


「いえ、状況が状況ですしお気になさらず。リスナーさんはどうですかー?」



コメント

・いいよ

・ええんやで

・はーい

・漫才には相方が必要だもんね

・いいよー

・ふたりで生還がんばろう



「漫才ちゃうわっ!!」


「拾うコメントそれっ!? あと口調変わってないっ!?」


 ずらずらと大量に流れていくコメントから、なぜ彼女はそれを選び取ったのだろうか。なぜ彼女の右平手の甲は虚空を鋭く叩いたのだろうか。


「……まあとにかく確認してみるから。〈スキルチェック〉」


 俺はつぶやき、"自身の取得スキルを調べるスキル"を発動。一覧を空中に投影す

る。


 アクティブスキルは特になにもなし。次にパッシブスキルを確認。


 おお、やはり新しいスキルを覚えていた……ってぇっ!?


 ――おいおい!! 覚えてるのは『ユニークスキル』じゃないか!!


 つまりはそうそうお目にかかれない、めっちゃレアで強力なスキルである!! やったぜ俺!!


 はやる気持ちを抑え、俺は新たに覚えたユニークスキルの説明を確認する――





■ユニークスキル〈タオル巻きし者〉

 裸体にタオルを巻いた状態の時、以下の効果が発動


・各種能力大幅上昇

・危機察知能力付与

・各種耐性付与(属性系・毒・麻痺・呪いなど)


 ただし着衣状態の時、以下の効果が発動

・各種能力大幅減少





「…………」


「…………」



コメント

・発動条件w

・こんなんあるんか

・これ防具装備できねえじゃん

・服着て過ごしてるだけでデバフかよ。まあ日常生活に困るわけじゃないだろうが

・ある意味悲惨

・いやこれ割と強くね?

・プラスとマイナス釣り合うん?

・クセ強だが使いこなせばって奴だな



「…………」


 表示された効果を俺は呆然と眺めた。


 ……いや、確かに強化バフ効果は高いのだろうけどさ。実際、Lv40の相手と渡り合えるほどの強化具合だったけどさ。


 けどこれってつまり、


「……俺、まともに探索者やるなら今後は服も着られないってこと?」


「……え~と……」


 ユッキーさんがなんとも言えない表情をまっすぐこちらへ向けてきた。


「……負けないでくださいね」


「なににかな?」


 微妙な空気が漂うなか、俺はそう尋ねた。


 答えは返ってこなかった。





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