第6話 対面するふたり

「――オラァァァァァァ――――――ッ!!」


 俺が振り下ろしたナイロンブラシが命中し、徘徊者ワンダラーは倒れた。


「っしゃあぁぁ――――――っ!! やったぜぇぇ――――――っ!!」


 両手を突き上げると同時に自分へ〈Lvチェック〉。結果は――


「Lvアップじゃあっ!! Lvアップしたんじゃあ――――っ!! たまんねえよなぁワンダラー倒す快感はよぉ――――っ!!」


 俺はゲタゲタと歓喜の高笑いを上げる。いやあレア魔物って最高だぜっ!!


 ああっ、俺にもっとLvをっ!! もっと欲望の味をっ!! もっと煩悩ドバドバたれ流し体験を――



「…………」(俺と同年代の見知らぬ黒髪ロング美少女)

「…………」(飛び回りながら喜んだ拍子に背後を振り向いた俺)



「…………」(無言で顔を赤らめつつ、さっと視線を逸らす黒髪ロング美少女)

「…………」(無言で状況を咀嚼する、全裸に腰タオル姿の俺)



 …………。

 ……………………。


「あっ、こんにちは(高い声)。あなたもダンジョン探索者ですか?(満面の営業スマイル)」


「いやもう取り繕ってもとっくに手遅れですからっ!!」


 黒髪ロング美少女はそっぽを向きつつ右平手の甲で空を切りながら叫んだ。


 とても堂に入った動作だった。






「――はあ。あなたも私と同じ、ダンジョン出現に自宅が巻き込まれてしまったんですか」


「ええ、まあ、はい」


 黒髪ロング美少女――ユッキーさんの言葉に俺はうなずいた。なお、彼女は俺から視線を逸らしたままだった。


 まさかこのダンジョン内に俺以外の人がいるとは思わなかった。助け合える仲間がいたという意味では心強いのだが――片やそこそこしっかりした装備、片や腰タオルにサンダル履いただけ。


 格好に雲泥どころじゃない差がある。



コメント

・美女と裸獣

・なんだこの絵面w

・ガチ恋勢が卒倒するな

・ワンダラー狩れたうえにユッキーと直で話せるとか妬ましい

・見えちゃいけないブツ映らんよな

・カメラ精霊さん謎の光でガードしてくれるし



 なんでもユッキーさんは配信者らしく、見た目豆電球の光みたいな精霊が空中に投影している枠にリスナーたちのコメントが流れている。


 どうやら彼女、そこそこ有名らしい。俺の知らない配信者であるが――まあ、ダンジョン探索系配信者はごまんといるからな。俺もそんな熱心にチェックしている訳ではないし、有名どころでも知らないということはあり得る。


「あ~……どうも。こんな格好ですみません」


 事前にユッキーさんから許可をいただいたうえで、精霊カメラへ向かって挨拶。



コメント

・まあ状況的にしかたない

・入浴時にダンジョン化とか運が悪かったですね

・無事ならよかった

・レア魔物倒したの絶許



 俺の言葉に反応し、リスナーたちのコメントが流れていく。配信する方はあんま興味なかったけど……これは結構おもしろいな。


「本名出すのもアレですので……取りあえず、僕のことは適当にジークフリードと呼んでください」



コメント

朝風征馬あさかぜせいまがなんか言ってる

・いやもう全国ニュースで名前出てるから

・さらっと格好よさげな名前選ぶなw

・腰タオルで奇声上げながらワンダラー狩ってた奴にふさわしくない名前

・いまさらキャラ作っても手遅れやで



「……えっ!? 俺ニュースになってんのっ!?」


「どうやらそうらしいですね」


 他のコメントよりも真っ先にそこが気になった。


 いや。そりゃ確かに『結界張られた町中でダンジョン出現』なんて事件、普通に報道されるだろうけど。けどダンジョン出現そのものは珍しいことじゃないし、まさか全国放送されるなんて思わなかった。


 しかももう俺がダンジョン内にいるって情報が伝わっているらしい。いずれ気づいてくれることを期待していたが、こうも早くにとは。嬉しい誤算である。


「……ってことは、救助も期待していいってことなのかな?」



コメント

・すでに動いてるみたい

・映像ではアパート周辺を警察やら市の探索者たちで固めてるな

・突入準備が整い次第って感じだな

・コメしてないだけで配信もチェックしてると思う

・コメすりゃいいのになんでやろな

・役所的な縛りでもあるんじゃね?



 おお、脱出に希望が湧いてきたぞ。


 取りあえず「救助隊の方ー、ご迷惑おかけします、よろしくお願いしまーす」と頭を下げたあと、さらに尋ねる。


「ちなみにここのダンジョン、下に降りるタイプ? それとも上がってくタイプ? 俺は階段を昇ってこのフロアに来たんだけど」



コメント

・どうだっけ?

・見た感じ降りる系っぽいな

・階段あるダンジョンなんか。貴重な情報だな

・降りるタイプ

・降りる奴って発表出てた



 つまり階段昇ったのは正解だったってことか。必要な情報も得られたし、つくづくユッキーさんと出会えたのは幸運だった。


「ありがとうみんな。ユッキーさんもありがとう」


「どういたしまして」


 俺が言うが、ユッキーさんは相変わらず視線を明後日の方向へ外したままである。


 ……まあそうか。よりにもよって腰にタオル巻いただけの男と対面しているのだ。こちらにも事情があったとはいえ、その反応は当然か。


 ここは少しでも彼女の不安を和らげておかねばなるまい。


「……大丈夫だよユッキーさん。心配しないでほしいんだ」


「心配?」


「うん」


 俺は力強くうなずいた。


「タオルはしっかり洗濯バサミで止めてるから。ポロリだけは防いでみせるよ」


「私そんな心配してませんよっ!?」


「……え? ポロリしても構わないの? そりゃあ映しちゃマズいものは精霊カメラが自動で修正してくれるけど……参ったなぁ……」


「言葉のアヤですっ!! てかなにがどう参るんやっ!!」



コメント

・ユッキー活き活きし始めたな

・芸人は芸人を呼ぶ

・この朝風って奴も面白枠なのか……

・いやいまさらじゃん。奇声上げながらワンダラー倒してた奴だぞ

・おもしれー女VS変態



 なんか俺、コメントで面白変人扱いされてるな。


 いや、だけどさ? 探索者たるもの、普通はワンダラー見つけたら狂喜乱舞するもんでしょ? たとえ腰タオルの状態であろうとも。


 あとユッキーさん。平手の甲を鋭く空振りする動作が妙に板についてるな。まるでお笑い芸人みたいだ。


「とにかく。ガードはきっちりするから。腰タオル野郎と行動するのもいろいろ思うところはあるだろうけど、状況的にここは協力――」


 言いかけて口をつぐんだ。


 得体の知れない奇妙な感覚が背筋を走ったためだ。


 同時に湧いてくる確信。なぜかは分からないし根拠もない――だが奇妙なほどにすんなりと、そして石のように固く重く胸の底へ沈んでいく感覚。


 すなわち、『攻撃の予兆がある』。


「? どうしました?」


 いぶかしむユッキーさんに構わず周囲を見回す。左右にも背後にも異常はない。


 ならばどこから――天井か!!


 とっさに見上げた俺の視界に飛び込んできたのは、大口を開けた"巨大な影"が音もなく降りてくる姿であった。


「やっべえっ!!」


「きゃっ!?」


 ほとんど反射的にユッキーさんの手を引いてその場から退避。ほんの数瞬後、巨影が俺たちがいた場所へ落ちる・・・


 否、巨大な顎が俺たちのいた空間に丸ごと喰らいついたのだ。


「朝風さんっ!? なんなんですか!?」


「たぶん魔物っ!! くそっ、いつの間にか忍び寄ってやがった!!」


 異変を察し即座に戦闘態勢を取るユッキーさんとともに、俺は巨大な影をにらみつける。


 そこには、白く巨大な蛇の魔物がいた。




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