第7話 白い大蛇 その1
「なんだ……こいつ……」
大蛇を前に、俺は呆然とつぶやいた。
不気味なほど白い体躯に、血のような双眸。人間ひとりたやすく丸飲みできてしまえるであろう大きな口。
その大きな体はこけおどし、だなんて楽観的な予想は
奇襲は数ある手のひとつ、駄目なら正面から潰せばいい――冷酷で絶対的な自信がその白い巨体から発散されていた。
「ユッキーさん。こいつに心当たりは……」
「いいえ。初めて見る魔物です」
緊張をみなぎらせた声で答える。
ならリスナーの誰かは知っているか……とかすかな期待を込め、空中に投影されたコメントを見やる。
コメント
・なんだこいつ
・絶対やべえ
・うわぁ……
・逃げてえええええええええ
・死亡配信とか勘弁してくれ
・怖いし離脱する
しかし俺たちと同じく、誰もあの魔物を知らないらしい。ただ、緊迫した空気をまとったコメントだけが流れていく。だがコメントそのものは止まらないし、配信の中止を進言する声もない。
なにしろ
だから、リスナーたちも推しの身に『そういうこと』があり得るのだと相応の理解と覚悟はしているのである。
それよりも。
いまは奴の強さを確認せねばなるまい。正直気は進まないが……我慢して〈Lvチェック〉を使用。
俺の視界、真っ赤な舌を口からチロチロ覗かせている大蛇の頭上に表示されたLvは――
「……Lv40……」
同じく〈Lvチェック〉を使用したユッキーさんが戦慄に震える声をこぼした。
比べようもないほどに格上。多少Lvが上がった程度ではまったく揺るがない実力差。
たとえ俺が万全の装備であったとしても関係ない。最初から勝ち目などまったくない相手だった。
「ちなみにユッキーさんのLvは……」
「……24です」
俺よりも上だが、それでも勝負にならないだろう。
「……これ、絶対に逃げるべきだよね」
「ですね」
俺たちは白い大蛇から目を逸らさず二、三歩ゆっくりと後ずさる。
だが、どうやら大蛇は俺たちを逃がす気はないらしい。俺たちの背後へと回り込みつつ、長い胴体で逃げ道を塞ぐように俺たちを取り囲む。
胴体の直径はおおよそ俺の膝くらいの高さ、にもかかわらず高々とそびえ立つ檻のような圧迫感を覚えた。
戦う以外に道はない――白くテラテラとした大蛇の体表が、無言で絶望的な事実を突きつけていた。
「……やるしかない、よな」
「勝ち目……あるんですか?」
さすがに顔をこちらに向けながらユッキーさんが尋ねる。
「いいや、逃げる隙さえひねり出せればいい。ユッキーさん、なにか武器余ってな
い?」
「……でしたらこれを」
俺が右手のナイロンブラシを掲げて言うと、ユッキーさんは腰に装備していたひと振りのナイフを抜いて柄を俺に向けた。
「助かるよ」
俺は左手でナイフを受け取る。これで攻撃力に関しては激増したと言える。そもそもが論外レベルだったのでなんの気休めにもならない事実だが。
「ユッキーさんは前衛得意?」
「できなくもありません。ですが私が得意なのは氷の術系スキルです。ここは後衛に回ります」
術系スキルは遠距離へ飛ばす攻撃が主体である。彼女の判断は妥当だ。
「分かった。俺がかき回すから隙を見てガツンとやっちゃって」
「はい」
こちらが作戦を立て終えるのと、大蛇の首がゆっくりと迫るのは同時だった。
――ええいっ、こうなりゃヤケクソだっ!!
「こっちだ白ヘビ野郎っ!!」
俺に気を向けさせるため、右手のブラシを大蛇へ投げつける。白いうろこにぶつかり、カツンと音を立てて石床に転がる。
すばやくナイフを右手に持ち替え、大蛇へ向かって全力ダッシュ。狙い通りこちらに視線を向けた魔物は大口をバックリと開けて首を伸ばしてきた。ピリピリと素肌を刺すような感覚がした。
向かってくる大蛇の口から横っ飛びに逃れる。備えてはいたが、それでもギリギリの回避だった。そのまま離れたくなる衝動を抑え、後方へ流れていく白い皮膚をナイフで一閃。切っ先がうろこの表面を浅くなぞり、魔物を構成する赤黒いマナがかすかに散る。
「……硬ってぇっ!」
軽い手のしびれに顔をしかめる。大蛇のうろこは見た目よりもはるかに頑丈だっ
た。まったく効いていない訳ではないが、有効打にはほど遠い。
かすり傷など意にも介さず大蛇は動く。大きく孤を描きつつ改めて俺へと迫る。先ほどと同じように横へ回避。手のしびれでわずかに削がれた気勢を強引に奮い立たせもう一撃を加える。やはり似たような結果に終わる。
だが、時間は稼げた。
「〈飛氷刃〉!!」
俺の後方、ユッキーさんが鋭い声でスキル名を発する。俺に発動のタイミングを知らせるためである。
俺はその場から下手に動かず静止。直後、背面から飛来した長さ三〇センチほどの鋭い氷の刃の群れが、大蛇のうろこへ次々と突き刺さっていった。
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