第3話 うなれナイロンブラシ

 天井から床まですべてが石造りのダンジョンに、俺こと征馬せいまは全裸に腰タオル浴室サンダル姿で立つ。


 ……うん。分かってたけど場違い感ハンパねえな。


 濡れた体はすでに腰に巻いてるのとは別のタオルで拭いている。だが、それでもひやりとした肌寒さを感じる。あんま長居してると風邪引きそうである。


 だが、これでもまだ運のいい方だろう。


 なにしろダンジョンは"なんでもあり"の不思議空間。いまみたいな人工建造物風のエリアもあれば、木々の生い茂る森林エリアもある。


 もしも浴室の外が氷に覆われた極寒エリアや溶岩の流れる灼熱エリア……なんて可能性を引き当てていたら完全に詰んでいた。腰タオル姿で活動できる場所なら上等、と考えよう。


「……さって、出口はどっちかな、っと」


 心細さをまぎらわすための独り言をつぶやきながら周囲に首を巡らせる。ざっと見た感じ、このエリアは通路と部屋とで構成されているタイプらしい。通路は幅も高さも結構あるので戦いに支障はなさそうだ。


 もちろんこれだけでダンジョンのどの辺りなのか、出口はどこなのか、など分かるはずがない。


 という訳で行動開始。ひとまずは現在地の近辺を探索するつもりだ。どっち方向へ向かうのかはその後で決めよう。


「よっし、じゃあ行くぜー」


 俺は適当な方向へと歩き出した。






 ダンジョンの通路を歩いていると、すぐ目の前の床に異変が起こる。


「……魔物か」


 冷たい石床から赤黒いもや・・みたいなものが湧き上がっているのが見えた。あれはダンジョンが魔物を出現させる際の予兆である。


 逃げるか? と真っ先に思ったが、どうやら出てくるのは一体だけらしく、またこんな近距離では逃げようにも間に合わないだろうと判断。


 二、三歩離れた場所に風呂桶in残り湯をそっと置き、覚悟を決めて右手のナイロンブラシを構える。


 さて、いったいどんな魔物が出るのか――


「……二足犬人コボルトか」


 もやの中から二本足で直立する、俺よりふた回りほど背の低い犬がズズズッと現れる。コボルトはわりといろんなダンジョンで出現する魔物で、それほど厄介な特性は持たない。


 少しほっとしつつも強さの確認をおこなう。


「〈Lvレベルチェック〉」


 俺はつぶやき、魔物の姿を凝視する。これはマナの力によって相手の戦闘能力Lvを推測して数値化、視界に表示する"マナ操作能力"――通称『スキル』と呼ぶ――の一種である。


 〈Lvチェック〉はマナ操作能力スキルの中でもごく初歩的なものであり、一般人でも扱える者はけっこういる。二十一世紀以降に生まれた俺ら世代であれば、どこの高校でも"スキル実習"の授業で扱い方を学ぶような代物である。


 俺の視界内、ヘッへッと荒い呼吸をするコボルトの頭上に数値が表示される。


「うげ、Lv24かよ……」


 俺のLvは15、つまりは格上の相手だ。まあLvが上とはいえコボルト単体ならがんばってなんとかできるだろうが、問題はそこじゃない。


 つまり俺の現在Lvはほぼ確実にこのダンジョンの攻略適正Lvに足りていないだろう、ということだ。


 しかも装備が終わってる。改めてこりゃあんまいい状況じゃねーよなー……と思いつつ、


「――ならば先手必勝ぉっ!!」


 叫んで駆け出し、ブラシをコボルトの頭部へ振り下ろす!


「GYA!」と悲鳴を上げる魔物の右わき腹へ返す刃、もといブラシを叩きつける。一発が軽いので間を置かず連打連打連打ぁっ!!


「……BAUUッ!!」


 耐えかねたコボルトが腕を振り回し爪で切り裂こうとする。俺が普段相手にしているLv10とか13とかのコボルトより動きがすばやくて鋭い。


 だが俺はあらかじめ余裕を持って回避行動へと移っていた。後方へ飛びすさって距離を取る。爪はむなしく空を切った。


 いくら速くなってようが動作そのものは見慣れたもの、前衛舐めんなよっ!


「おらぁっ! 〈スラッシュ〉!」


 ふたたび距離を詰め、斬撃の威力を高めるスキルを使用。つってもブラシは鈍器なので刃物に比べて効果は落ちるのだが、贅沢は言ってられない。


「さらに〈スラッシュ〉! はいもういっちょぉっ!」


 消耗を考えずスキル連発。それ以後もひたすらに攻撃&回避を続ける。


「GUGYAAAッ!!」


 執拗な攻勢を前に、ついにコボルトは断末魔を上げて石床に倒れる。体が赤黒い煙みたいなものに変わっていき、そのままぶすぶすと虚空へかき消えていった。


「……ふー……」


 見事勝利……したはいいけど、一戦だけでけっこう時間がかかっちまったな。それにスキルもけっこう使ってしまった。


 スキルは使うたびに使用者の精神力を消耗する。言い換えると精神的にめっちゃ疲れる。まだまだ余裕はあるのだが……むやみな戦闘は避けたほうがいいな。


「どれどれ、戦利品ドロップはと……」


 俺は床を確認。魔物を倒した場所に"コボルトの牙"がひとつ落ちていた。大して珍しくない物品である。


 魔物は倒れて消える際、『戦利品ドロップ』と呼ばれるその魔物に由来する品を残す。探索者はこうしたドロップやダンジョン内に生成される『宝箱トレジャー』などを地上に持ち帰り、不要なぶんを専門店で売って生活費を稼いでいるのである。


 俺は床の牙を拾い上げ、そのまま自分の体に押しつける。


 するとコボルトの牙が"マナ化"し、俺の体内に同化して取り込まれる。


 これもダンジョン不思議現象のひとつである。そのダンジョン内部で得たドロップやトレジャーに限り、マナに変化させたうえで人間の体に取り込ませて持ち歩けるのである。


 もちろん取り出すのも自由自在。ただし取り込める量には限りがある。


 また、一度でもダンジョンの外へ出すとなぜかマナ化できなくなってしまう。取り込んでいるものも、外へ出た時点で実体化して排出される。


 ゲームっぽく言い換えれば『ダンジョン内限定で使えるアイテムボックス的機能』といったところか。これのおかげで回収用のカバンとかわざわざ用意しなくていいんだよね。


 専門家たちは『ダンジョンで得られる各種アイテムはマナから生成されたもので、物質として不安定だから』とか『ダンジョンから離れると物質として急速に安定するから』とかいろいろ仮説を立てているらしいが……詳しくは知らん。


 俺としては、安全が確認されていて便利なら未知のものでもありがたく使っていく所存である。


 さーて、探索を続けようか。


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