第4話 階段発見

「――オラオラオラァッ!!」


 俺は空飛ぶ目玉の魔物――"ゲイザー"へ向けて掃除用具の連打をぶち込む。もちろんブラシ側が眼球へ向くようバッチリ角度調整済み。フハハハ、痛かろう!(鬼畜外道)


「しかもスキル攻撃できるっ!!」


 ここで〈双連撃〉を発動。マナによって威力を高められた打撃が一息の間に二発叩き込まれる。


『…………!』


 苦悶にうめいたようなゲイザーの挙動。直後に無言の反撃。眼球を覆う紫の皮膚部分から生えている触手を複数本伸ばす。さながら眼前の鬱陶うっとうしいハエを払いのけるように触手が横薙ぎに振るわれる。


「……っと!」


 俺はムチのようにしなる触手を、前転するようにかがんで回避。余勢を駆ってそのまま宙に浮いているゲイザーの文字通り眼下・・へもぐり込み、反対側へと抜ける。


「はーいお客さまー、お背中流しますねーっ!!」


 振り向きざまにブラシを叩きつける。動きを止めずにポジション移動、魔物を撹乱かくらんしつつ執拗に打撃を繰り返す。


 魔物もかなり弱っている――が、それでもまだ倒しきれない。ブラシこれが普段使っているような剣であれば、Lv格上相手とはいえとっくの昔に倒せているだろうに。


『…………!!』


 ゲイザーが触手をでたらめに振り回す。同時に眼球からも光弾を発射。


 さながらヤケを起こしたような、狙いの定まらないむちゃくちゃな攻撃。だが、それだけにかえって動きを読みづらい。


「……っ!」


 触手の一本が俺の左肩を薙ぐ。普段ならさして気にすることのないカス当たり――なのだが、服と呼べるものすら着ていない今の俺にとっては軽いダメージとなる。


 距離を取りつつチラッと左肩を確認。ちょこっと皮膚が擦れ、わずかに血がにじんでいる。


 改めて攻撃&防御力のなさを実感しつつ、隙を見て接近。スキル〈スラッシュ〉をぶち込む。度重なる攻撃に耐えかねたゲイザーはようやくボトリと石床に落ち、そのまま赤黒い煙となって消えていった。


「……ふー……」


 大きく深呼吸。それから風呂桶のすっかり冷めたお湯をひと口だけすする。


 一体だけならばLvが上の魔物でもまだなんとかなっているが……複数体を相手にするのは厳しいだろう。


 しかも普段以上にスキルを連打しているにも関わらず、普段よりも戦闘に時間がかかっているのだ。


 この調子ではそう遠くない内に精神疲れガス欠となってスキルが使えなくなってしまう。疲労で判断が鈍るだろうし、スキルなしではさらに戦闘時間が長引く。それだけうっかりミスの確率、ひいては死亡の可能性だって高くなる。


 ただ、一方的に不利なことばかりでもない。


 探索者の戦闘能力Lvは普段の訓練だけでなく、魔物を倒すことでも上昇していく。


 なんでも、



・倒された魔物の"経験"がマナを伝わって戦闘した者へと吸収され、それによって当該者のマナを操作する能力が強化される。


・マナをうまく操ることができればスキルの効果も上がり、またより高度なスキルも扱えるようになる。


・また、マナ操作による身体能力強化もより効果的に作用するので、Lvが上がれば腕力も強くなるし速く動けるようにもなる。



 ……とのこと。


 そして、手強い魔物ほど倒した際に良質な"経験"を得ることができる。


 それがなにを意味するか。


 俺は目を閉じ、"自分の奥底を覗く"ような感覚で〈Lvチェック〉を使用する。


「……おっ、16に上がってるじゃん!」


 ――そう。つまり普段より格上の魔物と戦っている現状、倒した際に得られるリターンも普段よりおいしいのである。


 Lvが上がれば一撃のダメージも上がり、魔物もそのぶんだけ早く倒せるようになる。それどころかワンチャン新たなスキルに"目覚める"可能性だってあり得る。


 もちろんそんな簡単にLvがバンバン上がっていく、というわけでもない。だが魔物との戦闘は消耗というマイナス面ばかりではないのも確か。ここは脱出に向け少しずつ着実に前進している……と前向きに捉えよう。


 そう思いつつ、俺は周辺の探索を再開した。






 ひと通り歩き回ってみて分かったこと。


 スタート地点俺んちの風呂場から見て、ダンジョンの通路はざっと右、左、正面と三方向に伸びている。


 そのうち左側はすぐ行き止まりに突き当たった。正面――正確には左前方に伸びている通路は狭くて入り組んでおり、しかも魔物の群れが闊歩かっぽしているのが見えた。こっちへ行くのはできれば避けたい。


 ということで、消去法で向かって右側へと向かうことにした。


 手強そうな種類の魔物や群れている魔物なんかは避ける。


 単体かつそれほど厄介ではない魔物も避けられるなら避け、避けられそうにない場合や状況的に有利に立ち回れそうなら戦って倒し、少しずつ先へ進んでいくと――


「……階段だ」


 進行方向左側の壁に上り階段を発見した。周囲の安全を確認しつつ慎重に近づく。


 ……さて、これをどう見るか。


 つまりはこの階段を昇るべきか否か、という種類の葛藤である。


 なにしろダンジョンは『昇っていく』ことで最奥部に向かっていくタイプもあれば『下に潜っていく』タイプのものもある。なんなら階段がない、だだっ広いフロアがどーんと広がっているダンジョンだってある。


 雰囲気的にこのダンジョンは地下へ降りていくタイプのものに思える。浴室以外、壁のどこにも窓に当たるものが造形されていないからだ。


 つまりここは地下を模した空間であり、外に出たければこれを昇るべき……ということになる。


 だが、俺の貧相な推理をダンジョンという不思議空間にどこまで適用させられるのか分からない。昇ることで出口から遠ざかっていく可能性だって普通にあり得る。


 さてどうするべきか……と見上げる階段の先、俺の視界の片隅になにかの影がちらっとよぎる。


 魔物か? そう思ってよくよく目を凝らす。


『…………』


 そこにいたのは、人型のなにかがぼろ布をまとったような魔物であった。背丈は人間の子供くらい、定まりのない足取りで左右にふらふらとしている。


 ……おい。


 おいおいおいおいおいおいっ! おいっ!!


 相手が何者かを確信した瞬間、歓喜のあまり思わず拳を握りしめた。


 あれは超レア魔物『徘徊者ワンダラー』っ!!


 あらゆるダンジョンにごく稀に出現する、逃げ足だけが取り柄の単なる雑魚っ!!


 なのに倒すと超良質な経験と高額で売れる素材を落とす夢みたいな奴っ!!


 発見次第すべての探索者(断定)が目の色を変えて追いかけ回す、存在そのものがお宝と言って差し支えない魔物なのであるっ!! FOOOOッ!!!!


 …………うん。落ち着け、征馬せいま。いっぺん落ち着け。


 いまは生還が第一の状況、欲に駆られて直情的な行動を取るのはとってもよろしくない。


 だがしかし。だがしかし、である。


 Lvが上がって強くなればそのぶん生還率だって上がるはず。


 つまりここで奴を倒すのはごくごく冷静で妥当で賢くて聡明で的確な判断だと言えるだろう。これは決して欲に取り憑かれての判断じゃない。


 そしてもう一度言うが、ワンダラーは逃げ足だけは早い魔物である。そんな奴がいま、俺の姿に気がついた。


 こうなっては生還のためにも迅速かつ果断で勇敢で賢明で偉大な決断が必要となるだろう。


 理論武装は完璧である。というわけで、


「――ヒャッハアアアアアァァァァァ――――――――――ッ!!」


 吶喊とっかんの声とともに俺は階段をダッシュで駆け上り、逃げるワンダラーの背を追いかけた。




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