第5話 エンカウンター

           ~~ 三上冴雪みかみさゆきSIDE ~~


「――周辺に魔物はいないみたいです。じゃあこのまま進んでいきますねー」


 私――ハンドルネーム『ユッキー』こと三上冴雪さゆきは、"カメラ役の精霊"に向けて言った。



コメント

・気をつけてね

・慎重にいこう

・しっかり確認できてえらい!

・相変わらず黒髪きれいだね

・ユッキーかわいい

 


 私の言葉に反応し、別の精霊が空中に投影している視聴者リスナーさんたちのコメント欄が賑わいを見せる。


 私はダンジョン探索者であると同時に動画配信者でもある。『ユッキーちゃんね

る』にて、おもにダンジョンを攻略していく様子を配信している。


「でも、いきなりアパートの外がダンジョンに繋がっちゃってたなんて本当ビックリですよねー」



コメント

・ニュース速報も流れてたしね

・町の二箇所でダンジョン出たんだっけ

・結界あるはずなんやけどなぁ……

・それでゲリラ配信するユッキーもタフだなw



 現在、私が置かれている状況を簡単に説明しておこう。


 自宅のベランダを抜けるとダンジョンだった。


 意味が分からない、と思われるしれないが事実なのでしかたがない。


 部屋でのんびりスマホをいじっていると唐突に電波が切れた。同時に部屋の電気も消え窓の外も暗くなり、キッチン兼玄関も壁のようにかかる黒い霧の向こうに覆われた。


 いったいなにが、とベランダから外へ出てみると、そこは魔物が徘徊する石造りのダンジョンだった……という次第である。


 驚きはしたものの私はダンジョン探索者だ。装備品も大半は貸しロッカーに預けているが自宅に保管してある分もある。食料を置いているキッチンが使えず、水も手元の600mlペットボトルの天然水のみである現状、食料も水も不安が残る。


 救助を待とうにも私の部屋がダンジョンのどの位置なのか分からない以上、時間がかかるだろう。考えた結果、自力での脱出も視野に入れて周辺の調査を開始した。


 また私の状況を外部に伝える意図も含めてゲリラ配信もおこなっている。ちなみにダンジョン内は電波が遮断されてしまうので、契約した精霊の力を借りて撮影&配信をしている。


「あるんですねー、こんなこと。でも大丈夫! こんなトラブルなんて絶対に乗り越えて見せますからね!」


 私は精霊カメラに向かってにっこり笑いながらVサイン。


 どんなときでも明るく、美しく、たくましく。


 それが私が目指す理想の配信者。尊敬する『綺羅星きらぼしスピカ』さんのように強く、そして内面も外面も美しい探索者になりたい。


 それが、私の目標なのだ。




コメント

・芸人の血が騒ぎますか?




「誰が芸人やねんっ!」



コメント

・www

・反応爆速で草

・芸人じゃんw

・そういうとこやぞwww

・おもしれー女の面目躍如www

・え? ユッキーってお笑い芸人じゃなかったんですか?(キョトン)

・ユッキーは清楚(芸人)だから……



 反射的に私がコメントを拾った瞬間、リスナーたちの空気が変わった。


 ……ええ、まあ、はい。


 目標とは裏腹に、現実の私の評価はコメントにある通り『芸人枠』なのである。


 いや、おかげさまで好評をいただいている訳ではあるし、リスナーさんに楽しんでいただけているのはとても喜ばしいことではあるけれど……どうしても『私が目指したかったのはコレジャナイ』感が拭いされない。


 そもそもの原因は探索者デビューから半年後におこなった初回配信。


 途中まではごくごく順調だったのに、小部屋でスケルトンの群れに襲われた時に運命の歯車が狂い始めた。


 戦闘に必死のあまり、思わず(なぜか)『おんぎゃーっ!』と叫んでしまい、しかもその時に奇っ怪なポーズを取ってしまっていたのである。


 その場面がとある切り抜き師さんに見つかったのが運の尽き。


『【朗報】新人探索者、無事産まれる【切り抜き】』と名付けられた動画が大好評となり、『なんかおもしれー新人がいるぞ』と話題となった。


 その後の配信で挽回しようとしたのだが……『ここで回復をしておきますねー』と言ってカバンから毒薬(調合用)を取り出しそのまましばらく気づかずにトークをしたり、『きっと大丈夫なはず!』と言って開けた宝箱トレジャーが三連続で擬態した魔物ミミックだったり……と、失敗を重ね続けてしまった。


 その結果、次第にリスナーたちのあいだで『ユッキーは芸人枠』という認識が広まっていってしまったのである。


「みんなー、だから私は芸人じゃないですからねー」



コメント

・などと芸人は供述しており

・本人まだ清楚あきらめてなくて草

・けどユッキーのツッコミ絶妙すぎるじゃないですかー

・宇宙一かわいい芸人

・外見だけなら黒髪ロングの清楚(なお中身)

・面白展開が向こうからやってくる女



 私がせめてもの抵抗を試みるものの、大喜利ノリのコメントがどんどん流れていく結果に終わる。なんかもう『おもしれー女』扱いが定着しきっている感がすごい。


 だけど、私はあきらめない。たとえわずかでも可能性が残されている限り、絶対にスピカさんのような強く、美しく、たくましい探索者を目指すのだ。


 そう。私は絶対に芸人系探索者の名を返上してみせるんだ――!!


「ひどいなぁ、もー。そんな面白展開なんてそうそうやってくる訳ないじゃないですかー」


 内心で決意を新たにしつつもリスナーさんのコメントを拾い、私は通路の角を曲がった。















「ヒャアァァァァァァ――――――ッ!! ハアァァァァァ――――――ッ!!」



 曲がり角の先で繰り広げられていたのは、裸に腰タオルを巻いただけの見知らぬ男性が奇声を上げながらワンダラーに向けて掃除用具を振り下ろす、ダンジョンで未だかつて繰り広げられたことのないであろう光景だった。





「 な ん で や ね ん っ ! ! 」



コメント

・ちょwww

・大草原

・渾身のツッコミwww

・芸術的タイミングwww

・まずツッコミ入れるの草

・確かに謎の光景ではあるけれどwww

・切り抜き確定

・さよなら清楚

・ブラックホールのごとく面白展開を引き寄せる女

・笑いの神に愛されし女

・っぱユッキーは芸人だぜwww



 ――この日、私の『芸人系探索者』としての立ち位置が確定した。


 余談だが、この場面も速攻で切り抜かれてものすごくバズったそうだ。




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