第25話 混合生物(キマイラ)その5
俺が離脱するのと同時に、滞空しているキマイラが地上に向け炎を吐き出した。
先ほどまでのような単発の火球ではない。口から猛火が伸びていくさま、それは火炎放射と呼ぶべきものだった。
吐き出された火炎は地面に着くや、床に沿って全周囲へと広がっていく。さながら大地へと落ちた滝が、大波と化して荒れ狂うかのごとき光景である。
「う……おおおおおおっ!!」
当然、俺にも
なにしろいま戦っているこの場所は広い。まさか壁際まで押し寄せてくるとは考えられない。見ればユッキーさんも壁際まで退避している。俺もそこまで――
「っ……!?」
唐突に、見えない
走る速度が急激に落ちる。足に、いや全身に力が入らない。
いったいなぜ――くそっ、理由なんてひとつしかない!
呪刀・
体内に同化させておいた鞘をすぐに取り出し刀を納める。だが
炎が背後に迫る。最後のあがきで前方へ全力ダイブ。
両足が飲み込まれる――かろうじてそこで炎の波が収まった。
「~~~~っ!!」
こんがり焼かれた足がめっちゃ熱い、というかめっちゃ痛い。声にならない悲鳴を上げつつ、うつぶせ状態で
「――朝風さんっ!!」
悶える俺の耳に、ユッキーさんの切迫した声が届く。
「な……なん、とか生きてる……っ!!」
「朝風さん逃げてっ!!」
安否確認かと思い大声で無事を伝えるも、変わらぬ切迫感が耳朶を打つ。
なにか別の脅威を伝えている――痛みをこらえて仰向けになる。
ユッキーさんの警告通りだった。確かに予想だにしない脅威がそこに迫っていた。
倒れた俺に向かって、キマイラから黒い帯が伸びてきていた。
なにをするつもりなのか。少なくともこちらを害する意図があるのは確実である。
逃げなければ。だが足が動かない。
ならすぐに治療を――とポーションを取り出そうとしたところで、黒い帯が全身に絡みついてきた。
帯に拘束され空中へ持ち上げられる。そのままキマイラの元へと引き寄せられる。
「ぐ……あ……っ!」
なんとかもがこうとするが、巻きついた帯に強く締めつけられる。素肌に食い込み骨が圧迫される。
体の自由がまるで効かない。かろうじて右肘から先を動かせるくらいだ。
「朝風さんっ!!」
地上からユッキーさんの声が聞こえる。だが手出しはできないのだろう。大技を使った直後だし、生半可な攻撃ではこの拘束を解けそうにない。
それより――抵抗しつつも、ひとつの疑問が湧く。
この黒い帯はどこから伸びてきている?
たとえば胴体から直接生えてくるのは分かる。だが遠回りとなる背中側からもわざわざ伸ばしてくる意味があるのか?
それも一本や二本ではない。絡んでいる帯の半数近くが背中側からのものである。
(……こりゃなんかあるな)
直感に導かれるままキマイラの背面へ視線を送る。角度的にちょうど背中が見える位置だ――熊の体毛のなかに、コブのようなかたまりがあるのを発見した。
体毛は生えていない。外見はクルミの実に似た黒いかたまりである。
そいつの帯は俺だけでなく熊の胴体にも伸ばされ、さながら外部機器のように自身を接続させていた。
(……こいつが本体か)
瞬間的に理解した。
この黒いかたまりこそが複数の魔物を合成しひとつに束ねている中枢、いわばキマイラの"
確信すると同時に、思考が泡のように湧いてくる。
まず、この
おそらくコアの役割は『各魔物をつなぎ合わせる』ことと『全体に大ざっぱな指令を出す』ことだろう。
キマイラをスポーツチームにたとえれば、コアは監督で各魔物は選手たちといったところか。監督が指示を出したとしても、それが完全な形で選手たちのプレーに反映されるとは限らない。
次に、他の魔物はともかくとして、大蛇は自分の意思でコアに協力しているのだろう。
コアは大蛇を単独行動させ、大蛇は進んでキマイラの一部となっている。従属とは違う関係性が成立しているように見える。
大蛇は視覚以外の手段で俺たちを探知できる。おそらくそのレーダー的な能力を買われているのだろう。
つまり大蛇はダンジョンを徘徊してコアの目的に合致した存在を探しだす。発見次第、対象を転移能力でコアの元へと連れてくる。
その対価として、大蛇はキマイラとしての圧倒的な力を借りることができる――そういう関係だろう。
ならばコアの目的とはなにか。
コアそのものは他の魔物を集め合わせてひとつの強大な魔物を作り、そいつを自身のものとして操ることだろうと察せられる。本能とか習性とか、そういう単純な動機によって。
なら、俺たちを自身の元へと連れてこさせたのはなぜか。
いまなら理解できる。
俺たちをキマイラ――というより獅子に食わせるためだ。
たぶんあの獅子は"食事"によって対象のマナを取り込み、強くなれるのだろう。想像するにコアはその能力に目をつけ、獅子を取り込んだのだろう。
一定の力量を持った存在を大蛇に捜索させ、そいつを獅子に食わせ、
「……つまりっ、俺たちはお前らのお眼鏡にかなった、ってこと、か……」
締めつけられる苦しみに耐えながら、ゆっくりとキマイラに語りかける。
このダンジョンの魔物はだいたいLv20~30ほどの強さ。そいつらを食っている獅子にとって、Lv20代に乗せた俺やユッキーさんも対象になり得るのだろう。
仮に所持スキルも何らかの形でマナに変換し取り込めるのだとしたら、俺のユニークスキル目当てって可能性もある。
なんにせよ牙の並んだ口がゆっくりと迫るのを見れば、獅子が俺を食おうとしているのは間違いない。
「……高卒、一年目のぺーぺー探索者が……選ばれるなんてっ、光栄だな……。せめて美味しく、食えよ……」
獅子はなにも答えない。吼えもしない。
巻きついた黒い帯によって体の自由はほぼ奪われている。
両足の火傷も激しく痛む。
呪いの効果もまだ抜けきっていない。
的殺もがっちり縛られていて鞘から抜けそうにない。右手も柄へ届かない。
この状況を切り抜けられるスキルも覚えていない。
「……なあ」
いまの俺にできることはたったひとつ――
「
――賭けに出ることだけだった。
俺は同化させておいた道具を右手に取り出して放り投げた。
赤い液体の詰まったビン――"自爆薬"を。
死神の罠で入手した
親指でコルクの栓を押し開け、肘のスナップを効かせ、獅子の口へ向かって。
ビンが獅子の口に入る。中身を撒き散らしながらノドの奥へと転がり込む。
瞬間、俺の眼前でキマイラの体が爆発した。
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