第26話 混合生物(キマイラ)その6

 口内に自爆薬を投じられたキマイラが爆発する。


 どうやら薬液は胃で反応するらしい。まず、胴体となっている熊から爆炎が発生した。


 その炎が獅子の頭部、猛禽類の翼と足、大蛇のしっぽ――そして背中の中枢の魔物コアと、黒い帯で宙に持ち上げられている俺へと襲いかかる。


 猛烈な爆風と炎が押し寄せてくる。だが同時に、体に巻きついていた帯がほどかれる。至近距離で爆炎に焼かれたコアが拘束を緩めた結果だ。


 そのまま衝撃に押し出され後方へと吹き飛ばされる。あと一歩遅ければ完全に炎で丸焼きにされていただろう。それでも全身に火傷を負ってしまった。それにこのままでは地面に背中から叩きつけられる。


 迷わず空中でポーションを取り出し、ビンの栓を指で押し開けて中身をあおる。我ながらほとんど曲芸じみた挙動。床に着く寸前で火傷が治り、体が動かせるようになる。


 即座に受け身を取る。背中から衝突、そのまま石床を転がされる。天地を混ぜっ返される激しい衝撃。転がりながらも二本目のポーションを取り出し強引に傷を癒す。


 停止。すぐに三本目。


 全身の痛みがほとんど消えた。最初に焼かれた両足もすっかり元通りになった。


 生きている。俺は生き延びている。



「――元気等倍っ!! 腰タオルゥッ!!」



 すっくと立ち上がり、快哉かいさい代わりにそう叫んだ。


 ……いやあ死ぬかと思ったぜ!


 なにしろ至近距離で爆発を起こしたのだ。相打ちを覚悟していたし、最悪不発に終わる可能性もあったが――どうやら賭けに勝ったようだ。


 見ればキマイラは地面に叩き落とされている。胴体である熊はぴくりとも動かず、それ以外の部位は弱々しくもがいている有様だった。


 大成功である。もっとも人間用の薬だけに、巨大な魔物をほふるには至らなかったらしい。魔物は死亡すると赤黒い煙となって消える。熊は動かないが、体が残っているのはまだ死んでいない証拠だ。


「朝風さんっ!!」


「まだだっ!!」


 声に喜色をにじませるユッキーさんだが、俺はすぐさま警告を飛ばした。


 大蛇がよろめきながらも本体から分離するのが見えたからだ。


 もはやキマイラに頼れないと判断したのだろう。だがその赤い目は怒りに燃え、こちらを見すえている。あくまで俺たちを逃がすつもりはないらしい。


 一方で獅子と猛禽も熊から分離しようとしており、それをコアが必死に繋ぎ止めようとしている。俺たちにかまけている暇はなさそうだ。ひとまず無視していいだろ

う。


 ――上等だ。


 不敵とも言うべき念がふつふつと湧いてきた。


 どうせ階段付近の毒が完全に消えていない。ユッキーさんが越えるためには少し時間が要るし、そのためにも後顧の憂いは断っておいたほうがいい。


 それにあの弱り方、爆発に巻き込まれただけではないだろう。おそらく合体していたために自爆薬の効果までもが伝わったのだろう。見えないだけで、体の内側にもダメージが入っているはずだ。


 そして俺は呪いの効果が抜けつつある。戦うのに不足はない。


 いまなら奴に止めを刺せる。状況が俺に好機を告げていた。


「――決着ケリつけようか白ヘビ野郎ッ!!」


 肺の底からの吶喊とっかんを上げ、真正面から突進。大蛇との距離をみるみる詰めていく。


 大蛇が迎撃の構えを見せる。荒々しく口を開き毒液を吐こうとする。その挙動には先刻まであった人を食った態度が消えていた。爆炎が余裕の皮を剥ぎ取っていた。あらわになったのは追いつめられた者がなおも生に食らいつく、必死の表情であった。


 口から紫色の毒液が放たれる、


「――砲氷弾ほうひょうだんッ!!」


 その寸前、遠方からユッキーさんの声が割り込んでくる。


 一拍置いて人の頭部より大きな氷塊が飛来。ボクッ、とした重い破砕音とともに大蛇の左側頭部――正確には鼻孔付近へ衝突する。同じ氷属性スキルの飛氷刃が刺突によって手傷を負わせるのに対し、こちらは衝撃によって敵を打ち据える技だ。


 やにわに飛んできた氷の砲弾で大蛇の首が向かって左側へ逸れる。衝撃で発射寸前の毒液が口内からこぼれ落ち、砕けた氷塊とともに床へ散る。


 不発――そう思った刹那、大蛇は逸れた首を反対側へ切り返すように大きく振り抜いた。さながらバケツの中身がぶちまけられるように、口内に残った毒液が遠心力で飛び散る。


 飛散する毒液に虚を突かれる。だが同時に奇妙な感心も覚えていた。


 "格上が弱った隙を突いている"、そういう立場でありながら批評など我ながらまったく身のほどを弁えないことだと思う。だがこの時、俺は確かにこの大蛇の評価を改めていた。


 正直、こいつをキマイラの威を借りて嫌味な顔をするみみっちい奴だと思っていたが……それ一辺倒ではない、強者としての側面がそこにあった。


 単なるやぶれかぶれとは違う、まさに執念。取れる手、使える手はなんでも使い、生き汚なかろうが窮地を乗り切ってみせる――そういう、確たる矜持を感じた。


 眼前に毒液が迫る。回避などできない。普通であればここで手詰まりだ――しかしあいにく、呪いの効果はすでに解けている。


 一切回避せず毒液へ突っ込む。飛沫を浴び上半身が紫色に染まる。だがそれだけだった。


 結果、大蛇は首を振り抜いた直後の無防備な横顔を俺に晒すこととなった。


 大蛇の目が見開かれる。予想外、という風ではない。意識の片隅に"毒が効かない可能性"を置き続けていたのだろう。だが確信までは持てず、通用する前提で戦法を選び、そして読みを外した――そういう悔恨の念をにじませた目だった。


 確信を持たれていれば、隙を晒してでも強引に毒液を飛ばそうとはしなかっただろう。だが咄嗟の判断でそうした。このうえさらなる咄嗟を重ねるのは不可能だ。


 ここまで直撃を避け続けた甲斐があった。


 呪刀・的殺を引き抜く。狙うは奴の右目……ッ!!


「――うぉらぁぁぁぁぁぁ――――――ッ!!」


 のどから雄叫びをほとばしらせ、渾身の力で切っ先を突き出した。


 ――手応えあり。


「GYYYYYAAAAAAAッ!!」


 断末魔の咆哮が大気を揺らす。刃が貫入したままの傷口から赤黒いマナが激しく噴出する。


 爆発に激しく揺らぎ、それでも絶やさず燃やし続けられた灯火ともしび――大蛇の生命が、一刀の前に風と消えた。


 長い首が音を立てて床へ倒れ込む。そのままぶすぶすと煙を上げ、虚空へかき消えるように白い巨体はマナへと還っていった。


 ……勝利の余韻にふける間もない。その場に残された戦利品ドロップを回収し、すぐにキマイラの方を見る。


 コアの抵抗もむなしく、すでにキマイラの合体は解かれていた。熊、獅子、猛禽の三体はそれぞれに独立し、自由をうたうように吠え声を上げていた。


 それから三体は同時にコアへ向き直る。ダメージのせいで動作は鈍いが、あくまで断固とした態度である。


 ……どうやらあの魔物たち、無理やり操られていたらしいな。遠目からでも怒りのほどが見て取れる。


 コアは黒い帯を伸ばして抵抗を試みる。が、それも軽くいなされ、三体から同時に足を同時に踏み下ろされる。


 黒幕のあっけない最後を見る気分で、俺は潰されるコアを眺めていた。


 それから、獅子はいきなり熊へと襲いかかった。弱った獲物を食うつもりらしい。たまたま合体に選ばれていただけで仲間意識などまったくないらしい。まるで

躊躇のない転身ぶりであった。


 ……っと、気を抜いてないでいまの内に逃げなければ。


 俺は煙幕玉を取り出しつつ、ユッキーさんの元へと駆け寄る。


 床に投げつけ煙幕を張る。そのあいだに――なんとか我慢してもらい――俺がユッキーさんを背負って毒池の向こう側へと渡った。


 すぐさま俺たちは階段を駆け上がった。




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ちなみに、


熊……本来はダンジョン中盤で戦う中ボスポジションだった魔物。

   コアに天井から強襲されて乗っ取られた最初の犠牲者。


獅子……ダンジョン最奥部にいる大ボス。二番目の犠牲者。

    なんか熊がやってきたので「おう、やるんかワレ」と戦闘になる。

    「おう、やるやんけワレ」と思っているあいだに隙を突かれ、

    コアに取り込まれた。


大蛇……ダンジョン中を移動するタイプの強敵。ワープとレーダー能力持ち。

    コアの能力を知り、自ら協力を持ちかけた。


猛禽類……ワシ。地下二階に降りて最初に戦う中ボスだったはずの魔物。

     いきなり現れたキマイラに為す術もなく取り込まれた。


……という感じです。

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