第27話 ダンジョン脱出

 階段を上がってしばらく道なりに進み、キマイラ――というより魔物の群れから完全に逃げおおせたと確信した俺たちは床にへたり込んだ。


「……生きてる……」


「……生きてますね……」


 お互い、最初に出てきたつぶやきがそれだった。


 なにしろLv170という桁どころか次元違いの魔物と戦ったのだ。普通ならとっくに死んでいるだろう。いまさらながら冷や汗が出てくる。


 だが強力な〈タオル巻きし者〉ユニークスキルを習得できていたためなんとか持ちこたえられた。そのおかげで相手の"次元違い"のからくりを解くに至り、因縁のある大蛇を討伐したうえで、ダンジョン脱出における最大の障壁を突破できた。


 そう。あとは脱出するだけとなったのだ。


 情報によれば救助隊が謎の魔物キマイラと遭遇したのは『地下二階へ降りた直後』。つまりここはダンジョン一階。勘違いの可能性もあるとはいえ、ほぼ外への出口が存在するフロアと見ていい。


 もちろん最後まで油断できない。だが逆に言えば、油断さえしなければ順当に脱出できる算段がついたのだ。にわかに安堵が湧き上がってくるのを感じられた。



コメント

・ふたりともおめでとおおおおおお!

・おめ!

・よく切り抜けた!

・ユッキーかわいい!

・まさかあの大蛇倒すとは……

・あとは脱出するだけになったね!



 コメントに目を通す余裕が出たのでユッキーさんとログを確認してみると、リスナーたちが祝福する声に満ちあふれていた。


「……いや、本当」


 ひととおりログの確認と軽めの返答を済ませたあと、俺はユッキーさんの方を見

た。


「君と出会えてよかったよ。もしも俺ひとりだけだったら、ここまで来るなんてこと絶対に無理だった」


 思えばユッキーさんには何度も助けられた。


 最初に大蛇と遭遇した時、もしも俺ひとりだったらたとえユニークスキル込みであっても死んでいただろう。ユッキーさんがいたおかげでまともな武器を手にする借りることができ、援護のおかげで隙をひねり出すことができた。


 死神トラップの通路もキマイラとの戦いもそうだ。俺ひとりならとっくに死んでいた。彼女には感謝してもしきれない。


「いいえ」


 ユッキーさんは首を振った。


「私の方こそ朝風さんには助けられたばかりでした。そりゃあ最初に出会った時は戸惑いましたけど……」



コメント

・な ん で や ね ん

・な ん で や ね ん

・な ん で や ね ん

・な ん で や ね ん

・な ん で や ね ん



「………………戸惑い、ましたけど……」


「なにそのすべてを諦めきった顔は」


 無視し、彼女は続ける。


「そのせいで、ずいぶん失礼な態度も取ってしまっていたかと思います。申し訳ありませんでした」


 ユッキーさんは視線をそらさず、まっすぐこちらを見ながら言った。


 俺から視線をそらしていた態度のことを言っているのだろう。だが俺はまったく気にしていない。いきなり半裸の男と同行することとなった者の至極当然の反応だと思う。むしろ平然と受け入れることの方がおかしいとすら言える。


「いや、それはしかたないって。気にしないで」


「ありがとうございます。……なにより、あなたには何度も助けられました。戦闘だけじゃありません。精神的な支えにもなってくれました。私ひとりだったら不安に押しつぶされていたかも知れません。後悔を引きずり続けていたかも知れません」


「買いかぶり過ぎだって。精神的っていうなら、リスナーのみんなの方が支えてくれてただろうし」


「それはもちろんです。みんなには感謝しています。ですが、すぐ間近に仲間がいてくれるのはまた違うんですよ」



コメント

・それはそう

・分かるわー、ちな探索者

・そうだね

・やっぱ仲間がいるのは頼もしいよな



 リスナーたちが同意する。


「朝風さん。本当にありがとうございました」


 ユッキーさんは深々と頭を下げた。



コメント

・ニキはようやった

・本当、朝風ニキがいなかったらどうなってたか……

・ありがとう朝風征馬

・それはそれとして爆発しろ

・ありがとうニキ



 多数の感謝のコメント(と少数の爆破)がものすごい勢いで流れていった。


 不意に、全身から熱が込み上がった。身を焦がすようなものではない。もっと静かな、そして心地よい熱だった。


 俺はこれまで注目される機会などまるでなかった。


 探索者になったのも特に深い理由があった訳ではない。高校の教師には『ダンジョン素材を持ち帰り世間に貢献する』とか並べていたが、本音は『なんかRPGっぽくて格好いいよな』程度の、今にして思い返せば割と舐めた代物であった。


 将来的には有名になりたいと思いつつ、地道にダンジョンに潜る一介の底辺探索者――まるで大した存在ではなかった俺が、こうも賞賛を浴びることになろうとは。


 にわかに湧いた熱にくすぐったさを感じた俺は、取り繕うように口を開いた。


「い……いやいやみんな。そもそも俺たちまだ脱出は果たしてない訳だし。まだ気が早いって」



コメント

・さっき二回目の救助隊派遣が決まったってニュースに出てたよ

・たぶん配信で状況知ったんだろうね

・判断が早い

・そもそも配信にコメできりゃって話ではあるけど



「え、そうなんだ」


 俺とユッキーさんは顔を見合わせた。


「……ということは、ここから下手に動かない方がいいんでしょうか」


「だろうね」


 最初に派遣された救助隊が地図情報を持ち帰っているはず。一階の通路に関しては俺たちよりも詳しいだろう。向こうに探してもらうのが確実だ。


「それではこの辺りで救助隊を待つことにします。これから情報提供のため、周辺の地形を映しますね~」


 ユッキーさんは方針を伝えるため、精霊カメラに向かってそう言った。





 ――それから数時間後。


 やってきた救助隊と合流した俺たちは、無事にダンジョンを脱出できた。




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次回で最終回です。

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