第28話 エピローグ

 ――俺たちがダンジョンの脱出に成功してから二週間ほど経過した。


「ああ、こっちです朝風さん」


 青空のもと、待ち合わせ場所である駅前の噴水へやって来た俺に、ユッキーさんは手を振って迎えてくれた。


「久しぶり。待たせた?」


「いえ、五分も待ってませんよ」


 そう言って笑みを向けてきた。


 あの事件以来、久々の対面である(もっとも連絡先は交換しており、電話やメッセージのやり取りは何度もしているのだが)。


 なにしろダンジョン脱出後しばらく、俺たちはゴタゴタした毎日を送っていた。新聞社などからの取材も入ったし、引っ越しもしなければならなかった。


 引っ越し作業そのものはすぐに終わった。なにしろ荷物の大半がダンジョンに取り残されたままなので、新居に持ち込む荷物がほぼなかったためだ。


 いちおうスマホや預金通帳、最低限の衣服などは持ち出せているのだが、それ以外は放置している。仮に回収のため再突入するにしても冷蔵庫やベッドなど持ち出すのが困難な家具類もあるし、結局すべて新調することにした。


 もっとも、今回の事件は『ダンジョンの発生を抑制する結界の覆域帯にわずかな見落としが存在した』のが原因らしい。結果市側がその責任を認め、引っ越し費用もろもろを請け負ってくれることとなった。さすがに全額とはいかなかったものの、それでも出費が抑えられたのは助かった。


 で、それら手続きや作業が落ち着いた現在。


 ユッキーさんが『ダンジョンで交わした"焼き肉をおごる"約束を果たしたい』ということで、こうして待ち合わせをした次第である。


「では、行きましょうか」


 ユッキーさんに案内されること五分。俺たちは『焼き肉時世星ときよぼし』という店へ入っ

た。




 こんがりした焼き目のなか、かすかに桜色の残る牛カルビを特製ダレに絡ませる。


 湯気香り立つ白米へ乗せると、黄金色のタレが溶けるように純白の中へ染み込んでいく。


 そのままカルビで包むように白米を持ち上げ口へ運ぶ――柔らかい食感とともに肉汁が溢れ、ほのかに果実の甘みが感じられるタレの風味が口内に広がっていく。


 噛みしめるごとに天上の至福が訪れる、その味はまさしく――


「美味い……」


「でしょう?」


 個室の天井を仰いで肉の味を噛みしめる俺に、対面席のユッキーさんがクスリと笑った。


「ここ、子供のころから通ってたんですよ。なにか祝い事があった時に両親から連れて来てもらっていた店なんです」


「へえ。俺の場合、そういう時はピザのデリバリーとかだったな」


「ああ~、ピザとかもいいですよね」


 しばらく談笑しつつ、焼き肉の味を堪能した。


「ところでさ」


 金網上のカボチャをひっくり返しながら俺は言った。


「配信見たよ。あれからも何度かダンジョンに潜ってたみたいだね」


「ええ」


 ユッキーさんはうなずいた。


「災い転じて、と言うべきでしょうか、あの事件で注目を浴びた結果チャンネル登録者数も増えましたし。そうして増えたリスナーたちを引き止めるためにも探索は疎かにできませんから。……朝風さんはどうですか?」


「俺? まあ、軽くだけど何度か潜ったよ。あんま実戦から離れると勘も鈍るし。

……スキルの影響で腰タオル一択なのがアレだけど……」


「ですよねー」


 ユッキーさんは苦笑した。さすがに慣れたらしく――と言うとガチ恋勢が熱い拳を顔面に飛ばして来そうだが――雰囲気に嫌悪や羞恥の色はない。放られた軟球を軽く受け止めるような余裕が感じられた。


 ……まあアレとは言いつつも、〈タオル巻きし者〉の恩恵をガッツリ享受している身としてはあまり文句も言えない。


 なにしろ以前よりはるかに戦闘能力が向上しているのだ。同Lv帯の魔物なら普通の剣を使ってもかなり楽に倒せるし、呪刀・的殺てきさつもデメリットを補って余りあるほど強力だ。


 おかげでダンジョン探索も順調そのものであった。"軽く"のつもりがあっという間に一フロア踏破できてしまった時は拍子抜けしてしまったほどだ。


 浴室の外がいきなりダンジョンに――と知った時には色々と嘆きもしたが、終わってみればユッキーさんの言う通り"災い転じて福となす"を地で行く結果になった。悪い経験ではなかったな、といまでは前向きに捉えている。


「それと、例の件・・・だけど」


「ああ」


 以前からメッセージなどを通じて進めていた話だ。尋ね返すこともせず、ユッキーさんはすぐにうなずいた。


「私の方に問題はありません。予定通り三日後しあさってでいいですか」


「うん」


 俺は言った。






「――はい、みなさんこんにちはー。今日も元気にダンジョン攻略、"ユッキーちゃんねる"始まりますよー」



コメント

・こんにちはー

・こんにちはー

・ちわー

・今日もかわいい

・ユッキーかわいい



「先日告知した通り、今回はゲストとパーティーを組んでの攻略企画となりまーす。……はい、それでは自己紹介お願いします!」


「――はい、初めましての方は初めまして、お久しぶりの方はどうもご無沙汰してまーす。『腰タオルチャンネル』、"腰タオルニキ"こと朝風征馬せいま、本日はどうぞよろしくお願いしまーす!」



コメント

ぜしくー

・爆ぜしくニキ

・爆ぜしぶりのふたり

・初見です。爆ぜろ

・今日はよろ爆ぜろ



「はい君らー。さっそく爆ぜさせようとするなー」


 ――そう。あの出来事以来配信に興味を持った俺は、ダンジョン探索配信を始めたのである。


 事件の知名度もあり、初回配信から結構な数の視聴者が訪れてくれていた。内容の方も評価してもらっており、順調にリスナー数を伸ばしている。


「はい、それじゃあ早速――」


「――ダンジョン攻略開始と行こうか!」


 俺たちは精霊カメラに向かって力強く言った。




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お付き合いいただきありがとうございました。これにて完結です。

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自宅アパートがダンジョンに取り込まれたので脱出を目指す~なお浴室からの全裸スタートとする~ 平野ハルアキ @hirano937431

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