第7話『束の間の休日と準備』
五日間に及ぶ職業ギルドでの修練を終えて、翌日の朝。
宿舎の共同スペースにある
修練が始まる前日。
この日、この時間帯に集まろうと決めていたのだ。
集合場所にはハザマサ、リク、エル、カガヤ、メイカの順でやってきた。といっても、来た時間にそこまで差があるわけでもなかった。
カガヤの腕には
誰の顔にも疲労が浮かんでいる。昨日、きつい修練を修了したばかりなのだから、当たり前と言えば当たり前だが。
ハザマサはカガヤと、メイカはエルとそれぞれ話している。
一人あぶれてしまって仕方なくぼーっとしていると、エルと目が合った。
そこでちょうどメイカとの会話も一区切りだったようだった。
「あ……」
「リク、さん。お疲れさまです」
目が合った以上、話さなければといった調子でエルは話しかけてくる。
「……うん。お疲れさま」
リクとしてもいい話題が思いつかず、思い浮かんだことを聞く。
「
「……まだ
神様の力を借りて使う力のため、魔術というよりは加護に似た力らしい。
そして使える奇跡の種類に応じて、
「楽しかったなら良かった」
リクが無難に返すと、エルは微かに頬を緩めた。
「リクさんはどうでしたか?」
「俺は……正直きつかったかな。師匠との手合わせがメインの修練だったんだけど、腕は上がらなくなるし、筋肉痛は酷いし、背中が痛くなるまで投げられるしで。……あ、いや。師匠は良い人だったし、不満があるわけじゃないんだけど」
「……。ちょっと、いいですか?」
遠慮がちに言いながらエルが椅子から立ち上がる。
「うん」
何がかは分からないまま、とりあえず頷いておくと、エルはリクの後ろ側に回り込んで背中に手を当ててきた。
急に何を、と思って緊張したが、すぐにその理由が分かった。
「──【
エルが唱えると、リクの背中からすっと痛みが引いていった。
押すと痛んでいた箇所も、何ともない。
「ど、どうでしょうか。……うまくできましたか?」
「うん、できてると思う」
思っていた通りというか、奇跡と称されるだけあって凄い力だった。
患部に触れる必要はあるが、裂傷を塞ぐこともできるらしい。
「……筋肉痛は治せないんです。ごめんなさい」
「いや、十分凄いよ」
ありがとうございます、と長い前髪を弄りながら頬を赤くして言って、エルは今度はカガヤの方に目を向けた。
「カガヤさんも……よかったら痣のところ、治しましょうか?」
「俺はいい」と、カガヤはぶっきらぼうに言い捨てた。
それから少し考えた素振りの後、「奇跡は一日何回使えるんだ?」と聞いた。
「……【
さっきより少し自信を失った様子でエルが答える。
「そうか」
カガヤは短く返し、それきり黙り込んだ。
カガヤの方まで行こうとしていたエルは若干
何か言った方が良さそうだけど、話がこじれるのもあれだし、なんて考えていると、メイカがエルに何か話しかけたのでリクは口を閉じた。
「なんにせよ、ひとまず。皆さん、お疲れさまでした」
と、そこで。話が途切れたところを狙ってか、ハザマサが口を開いた。
「うん。お疲れさま……」
「つかれたねー……」
各々、修練の日々を思い返してかきつそうな顔をする。
カガヤは小さく鼻を鳴らすにとどめていた。修練期間中も夜に出かけていたようだし、怪我が目立つ割には余裕があったのかもしれない。
「数日休みたいのは山々ですが、多分、皆手持ちのお金もあまり残ってないと思います。ですので、元々決めておいた通り、今日一日で準備をして、明日にでも稼ぎに──魔物を狩りに行こうと思います。皆さん、それで構いませんか?」
ハザマサの問いに皆が頷く。
リクの腰の巾着袋も、重さこそ増えているが、額はかなり減っていた。
このままでは節約したとして、あと三日が限界だ。
修練中も残高のことはよく考えていた。
早く稼げるようになりたい。というか、ならないといけない。
「で。準備って言っても何するんだ? 俺は今のままでも戦えるが」
カガヤが拳を握りながらハザマサに問い掛ける。
「いくつか必要になりそうなものを買います。お金の余裕がないので、共同で使えそうなものはできれば割り勘でお願いしたいですが……」
皆の顔色を窺うようにハザマサが全員を見渡す。
異論を唱える人はいなかった。
「では、先に市場で買い物を済ませましょうか。情報交換と作戦会議はその後で」
ハザマサはそう言って、椅子から立ち上がった。
まだ付き合いは浅いが頼りになるリーダーだと、そう思った。
◆
昼間はやはり街中にいる
だからか、開いている店も夜に比べて少なかった。
武器屋などといった
とはいえ、今買いたいのは武器ではなく雑貨類だ。
大体はハザマサの指示通りに買うものを決めた。
全員分の革袋の水筒、携帯食料(干し肉と堅焼きのパン)、余裕をもって大きめのバックパックを一つ。手拭いを買った。
驚いたのが、エルが数字を読めるようになっていたことだった。
修練の合間に
買いたいもので値段的に手が届かないものもあった。
例えば、カンテラ。最安値で二五〇セルもして、諦めざるを得なかった。
この五日間だけでも普段着の
欲しいものは、稼ぎが出るようになってからだ。
料理はまだ誰もできないため、昼を兼ねた朝ごはんはいつも通り買い食いで済ませた。ただ、これも自炊できるようになれば節約できるのだと思う。
リクの手持ちの残りは一〇七セル。他の皆も大体似通っているだろう。
本格的に、稼ぎが出ないとまずい。
買い物を終えたら食事処に戻って、おおまかな作戦会議を行う。
まず、全員の持っている有用そうな情報や
それで、大体の目途が立った。
魔物を狩りに行く場所だが、カガヤが調べておいてくれた。初心探索者は、まずはエル・フォートを出てすぐの森にいる弱めの魔物を狙うらしい。
どこで知ったのかとメイカが聞くと、
「酒場で他の
修練中の夜、帰りが遅かった日はそういうことだったらしい。
ただでさえ情報が足りていない中、狩場が分かっているのは大きい。
「ありがとうございます、カガヤさん」
ハザマサが深く頭を下げると、カガヤは満更ではなさそうな顔をした。
「早いところ稼げないと困るからだ」
目的地は、『
なぜ東なのかというと、西には
巡霊者は騎士のような恰好をしていて、禍々しいオーラを放っている。
一度は討伐しようとレベル3以上の
聞くだけでやばそうだが、実際遭ってもすぐには襲ってこないとも言う。
魔物にも好戦的な種とそうでない種がいるそうだ。
だが、恐ろしく強いことは確かであり、別の魔物との戦闘など、何らかの要因で刺激してしまえば命はないため、なら出現報告のない東側へ行くのが初心~中級
森に出る他の魔物についてもカガヤから説明を聞いた。
倒すべき、というかリクたちでも倒せるレベルの魔物が二種類いるらしい。
それから、戦闘に入った後の簡単な連携について話し合ってイメージを固め、それで今日のところは解散となった。
空はまだ明るく、半日くらいは時間が余っていた。
ただ、半日空いた時間も、翌日のことを考えていてほとんど何も手につかなかった。
することもなくなり、休息も兼ねて早めに寝床に就いた。
部屋にはハザマサとの二人だった。
自分が寝返りを打つ音が気になるくらいには部屋は静かだ。
カガヤは今日も酒場に行っているのか、まだ戻ってきていない。
だとすれば、明日のためにまた情報を仕入れてくれているのだろうか。
今度、場所を聞いて一緒に行こうと思う。カガヤが酒代をどうしているのかは分からないし、そもそもリク自身、酒を飲めるのか分からないのだが。
それでも、パーティのためにためになることをしたいとは思う。
まだ会って数日だが、連帯感、というか仲間意識的なものは芽生えている。
情報収集でも何でも、誰かの力になりたかった。
「……リクさん」
ベッドで横になり干し草を指先で
「うん?」
「リクさんは、上手くいくと思いますか」
何が、とはリクは聞かなかった。どう考えても明日のことだろう。
ハザマサも今日は少しそわそわしているようだった。
表情からは相変わらず分からなかったが、纏う雰囲気がそんな感じだったのだ。
「…………」
上手くいくかどうか。上手くいってもらわないといけない。
でも、ハザマサが求めている答えはそういうことじゃないだろうし。
リクが黙って考えに耽っていると、ハザマサは続けて喋り始めた。
「……俺は、正直不安なんです。意外って思われるかもしれないですけど」
「意外なことなんてないと思うけど……ああいや、悪い意味じゃなくて」
「そうですか? こう……身体がデカいと、気持ちも大きいと思われるんじゃないかと思ってました。実際は真逆で、小心者なんですけどね」
ハザマサの口調は普段と変わりない。
だが、声に僅かに滑らかさがないというか、ぎこちなさも感じる。
なんとなく気持ちが分かるのは多分、似た者同士だからだ。
「──
「
職業ギルドの初日。理由は違えど、思ったことは同じらしい。
「初日は……俺も、辞めたいって思った。正直ね」
「リクさんも、ですか」
普段より少し高い、驚いたような声が返ってくる。
驚くようなことじゃないけど。
「でも。辞めなくて良かったと、……今は思ってる」
「それは。俺も同じです」
「……だから、明日もきっと。なるようになるんじゃないかな」
ハザマサの寝ている方に身体を向けることなくリクは返す。
そもそも宿舎の部屋に照明器具はなく、窓から差し込む光もないため夜は真っ暗だ。体の向きを変えたところで表情なんて分からない。
「なるようになる、ですか」
「根拠とかはないんだけど。ほら、皆だっているし。一人でやっていけてる
まとめようとして、なんとも微妙な感じになってしまう。
話すのはそこまで得意ではないから仕方がない。
しばしの無言が流れて。ハザマサは口を開いた。
「そう、ですね。──……やっぱり、……なんかより」
「……? ごめん。今、何か言った?」
最後の方にハザマサが何かを言った気がして、聞き返す。
ハザマサはこちらに音が聞こえるくらい大きく息を吸って、吐き出した。
「いえ。明日から、頑張りましょう」
次に聞こえてきたのは不安なんて一切感じていないような、そんな声だった。
「……うん。頑張ろう」
そこで会話は途切れて、リクは目を瞑った。
──次に目が覚めた時には、窓の外は明るくなってきていた。
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