第2話『エル・フォート探索者ギルド』




 扉をくぐると、中は外からでは想像もつかないほど明るかった。

 天井にはガラス玉の中に謎の光源が浮遊している、見たこともない照明器具が一定間隔で懸吊けんちょうされており、それが大広間を昼間のように照らしていた。

 二階へは吹き抜けになっていて、中を広々と感じさせる。


 ひんやりとした空気に出迎えられ、靴音を立てながら奥へ。

 つんとした金属や酒の臭いが鼻を衝く。


 大小様々なテーブルには色々な格好、年齢、性別の人々が席に着いていた。多分、彼らが探索者シーカーなのだろう。武器を持っている人ばかりだ。

 顏や腕などに傷痕がある人もいた。

 ここなら、リクの顏の痣も然程目立たない。


 正面の壁際には職員らしき人物が立っているカウンターが見受けられる。


 入り口付近にいた三人組が一瞬会話を止めて、ちらりとリクの方を見た。だが、すぐに興味を失ったように会話に戻る。


 外から見た感じと全然違う。ここだけ夜の酒場みたいだ。

 さっきまでより更に緊張した面持ちで、リクは受付へと向かう。


 そこまで行って、初めて、リクと同じような格好をした人の集団に気が付いた。

 二、四、六──八人。男女混成で四人ずつ。


 年齢は皆大体同じくらい、十七、八歳だろうか。

 質素な服に靴。全員が同じ巾着袋を持っている点だけがリクと違う。


 集団側も何人かはリクの存在に気付いているようで、様々な視線を向けてくる。

 一番多いのは好奇、次点で警戒のようだった。


「そこの……君?」


 呆気に取られているリクに声をかけてきたのは、集団の──ではなく、受付に立つ二十代くらいの女性だった。

 毛量の多いブロンド。同じ色をした瞳がこちらを見据えている。


 服装はあまり職員っぽくはない。

 というか、他の職員が着ている制服とは違うものを着ている。

 黒いインナーに白く生地の分厚い長袖を重ねた、研究者のような恰好だった。


「気付いてよかった。まだいたのね。……今からあの子にも説明をしなくちゃならないから、そこの君たちは下がっててくれる?」


 と、その発言に、受付前にいた長身の男が眉を動かした。

「……行くぞ」


 その言葉に従ったのは、そばに立っていた男一人と女二人の、三人だった。

 四人が列を作って受付を立ち去っていく。


 最後の一人──幼顔に色素の薄い髪の少女だけが、すれ違いざまリクと視線が交錯し、ぺこりと頭を下げてギルドを出て行った。

 なぜか印象に残り、その背中を目で追うと、「さて」と後ろから声がかかった。


 視線を受付の方に戻すと、受付の女性がにこやかな笑みを浮かべた。

 悪意というものを全く感じさせない笑みは、一周回って含みを感じさせる。


 手招きに従って、リクは受付の前まで移動する。

 女性は慇懃いんぎんな所作で一礼すると、胸元に付けてあるネームプレートを指さした。

 読めないから、見たところで関係ないのだが。


「まずは自己紹介からね。私はエリオダスト。探索者ギルドのマスター──いわゆるオーナーみたいな仕事をしているわ。あなたは?」


「……リクです。多分、なんですけど」


 まだ名前に馴染みがない気がして、正直、自信があるわけではない。

 けれど他に名前もないわけで、仕方なく名乗る。


「多分、ってことは君も『迷い子』で間違いないのね」

「その、迷い子ってどういう意味なんですか? 額面通りじゃないですよね」


「あら、よく分かったわね。えらいえらい。あなたの言った通りよ。ここでは『ほかの世界からやってきた子』のことを指すの」

 子供でもあやすような口調の後、エリオダストはぴんと人差し指を立てる。


「他の……世界?」

 言われたことの意味が分からなくて、一瞬思考が足踏みする。


「この世界、ミスルトゥって言うのだけど──には、二、三年くらいの周期で、名前以外ほとんど何も分からない、何も持っていないなんて子が急に現れることがあってね。なんで、なんのために、どうやってやってくるのかは誰も知らないし、分かってないのだけれど……」


「……それで、異世界からの迷い子ってことですか」


「そうね。異世界からやってきたとされる子たちだから、迷い子。だから、グレスレニア──この国では、そういった子に対して適応される制度があるの。ここまではいいかしら?」


 やってきたとされる、という部分の曖昧さに何となく納得する。

 空を眺めた時に覚えた違和感だとか、文字は読めないのに言葉は通じるだとか、確かに不自然だと思い当たる節はいくつかあった。


 まだどこか釈然としないのは、元いた世界のことを何一つとして覚えていないからだろう。

 まあ、それを言うならミスルトゥなんて単語にも全く聞き覚えはないのだが。


「……はい」


 納得がいったわけではなかったが、話を進めてもらうために首肯する。


「それじゃあ、説明するから。少し長くなるけど、頑張ってね?」


 人間種と魔物が敵対関係にあり、戦争をしている──という前置きの後。

 エリオダストから受けた説明の要約はこうだった。



──────────────────────




①エル・フォート探索者ギルドについて

 グレスレニア各区画に配置された探索者ギルドの支部の一つである。

 登録を済ませれば、《戦意の加護》を付与、資格を発行し、報酬の代わりに魔物との戦争に助力し、魔物を討伐する非正規兵『探索者シーカー』となる。


②供給概要

 探索者ギルドでは主に、⑴職業ギルドへの紹介、⑵各種依頼による仕事の斡旋あっせん、⑶素材の買い取り、⑷手荷物や金銭の預かり、⑸探索者資格の管理を行う。


③探索者レベル

 探索者のレベル制度。魔物の討伐・継告けいこくの貢献度に応じて昇格する。

 1からスタートし、最大レベルは5。

 上位のダンジョンに入るために必要な他、受けられる依頼も変化する。


継告けいこく

 加護を得た者が魔物と戦闘を行うことで、その地に神の力を遺すわざ

 継告が行われれば加護の力は増す。


⑤違約による賠償発生について

 受領した依頼を失敗した場合、及び一定期間(レベルによって変動。レベル1では十四日以上)、継告が行われなかった場合、賠償が発生する。

 依頼の失敗時は元々の報酬額の三割の違約金、継告をしなかった場合は即座に《戦意の加護》、探索者資格をはく奪する。違約金を支払わなかった場合、同様に《戦意の加護》、探索者資格をはく奪する。


⑥禁止事項

 探索者ギルドに著しく損害をもたらした、及びもたらす可能性があるとギルド側が判断した場合のみ、グレスレニアの法令によって裁かれる。




──────────────────────




 ふぅ、と一息つきながらエリオダストが笑みを浮かべる。


「──大体、こんなところね。何か聞きたいことはあるかしら?」


 文字が読めないため説明は必然的に全て口頭だった。

 最初の方に聞いた説明が覚えているか怪しくなってくる頃合いだったが、聞きたいことはなんとか頭の片隅にメモしてあった。


 というか、聞きたいことだらけだった。


「……まず、なんですけど。探索者シーカーになったら、絶対に魔物と戦わなきゃならないって解釈で、合ってますか?」


「ええ、話が早くて助かるわ~」


「あの。……それは。なんというか、あんまやりたくないかも、とか……」


 魔物を倒して生計を立てろと言われても、戦った経験がないし。そもそも魔物なんて、見たことすらないわけで。それと戦うというのもイメージが湧かない。

 第一、はっきり言ってしまえば自信がない。


 そんなリクの内心を見透かしたように、エリオダストは口角を上げる。

「大丈夫よ。加護があればウェアラットやコボルトくらいならどうにかなるわ。他の迷い子のみんなだって、探索者シーカーになったわけだし」


 ウェアラットにコボルト。これも聞き覚えがあるようで、想像はつかない。

 ただ多分、どちらも魔物の名前だろうと推測できる。


 リクはちらりと横に顔を向け、残っている四人に視線をやる。


 背中を向けている長身の男に、長い髪を一つ括りにした男。あとは控えめそうな女の子、もう一人の女の子はこちらに気付いて手を振ってきた。

 反射的に小さく手を振り返し、再び思考に戻る。


 明らかに戦えそうな男二人は別として、女の子組も探索者シーカーになったらしい。

 加護があれば大丈夫、というのも嘘ではないのだろうか。


 ……でもやっぱり、戦争とか。前に立って戦える気はしない。

 そもそもがていがいい話に聞こえるし。

 それだけ弱い魔物なら、強い探索者シーカーがたくさん倒せばいいだけの話なのに、なぜリクや他の迷い子が倒さなくちゃならないんだとも思う。


「本当に大丈夫よ? 別に、あなたに活躍を期待しているわけじゃないから」


 表情を曇らせ考え事に耽るリクに、エリオダストは柔和にゅうわな笑みを崩さず言ってくる。


「……。どういう意味か、聞いてもいいですか?」

「加護を受けて、継告けいこくさえしてくれればいいの。言ったでしょう? 魔物と戦って、継告をすれば加護が強くなるって」


 継告けいこく。神様の力を大地に遺すわざ──とか、そんな説明だったか。

 正直、抽象的であんまり理解はできていない。

 この質問の後にでも聞こうと思っていたため、ちょうどいい。


「はい」


「加護が強くなれば、同じ加護を持っている探索者シーカーが強くなるの。例えば、探索者ギルドで付与する《戦意の加護》。これは加護を受けた者の基礎身体能力向上、潜在能力を引き出しやすくする、なんて効果があるわ。それぞれの効果が、誰かが継告をすればするほど強くなるってこと」


 なるほど、と理解が追い付く。

 自分の加護だけでなく、他の人の持つ同種の加護も強くなるらしい。


 ──それなら確かに、弱い探索者シーカーが弱い魔物と戦う理由にはなる。

 最前線で戦う人の加護を強くするために戦うのだ。


「だから、あなたにも探索者シーカーになって、継告をしてほしいの。……それに、あなたにとってもメリットのある話だと思うわ」


「俺にとってのメリット──ですか?」


「ええ。何の加護もなくこの国で生きていくのは難しいから。この区画には働けない人を置いておく制度はないし、商業は自由だけれど、強盗を撃退できる自衛手段がないと。……あとはそうね。急な魔物の進軍が来たとして、逃げ切れる? きっとあなたが思っているほど、ここの治安は良くないわ」


「…………」


「それに、探索者シーカーになれば、元の世界に帰る方法だって見つかるかも」


「かも、なんですね」


「ええ、前例がないの。……でも、あなたたちがミスルトゥに来た以上、帰る方法だってきっと見つかるわ。勿論そのためには、未踏ダンジョンを冒険できるくらいには強くなる必要があるけれど……」


「……」


「諸々の理由から、私個人としても探索者シーカーになるのをすすめる。でも、無理強いはしないわ。最終的な決定権はあなたにあるから」


 落ち着いたトーンの声で「どうするの?」と聞かれて、リクは返答に詰まる。


「……ああ。ついでに言っておくと。探索者シーカーになってくれる迷い子さんたちには、ちょっとした手当金を渡しているわ。住むところだって格安で提供できるし。どう? 悪い話じゃないと思わないかしら?」


 ──そうだ、お金。

 探索者シーカーとして生きていくにしろ、どこかでやめるにしろ、生きていくためには衣食住を揃えられるだけのお金が必要だ。


 手持ちはない。売れそうな物も何も持っていない。

 当然、お金を貸してくれる相手の宛てもない。なにせ知人や友人、両親の顔ですら全く思い出せないのだから。


 ……ああいや、この世界にはそもそもいないんだったか。


 数秒考えた後、リクは神妙な表情で頷いた。


「……。なら、お願いします。探索者シーカーに、なります」


 選択の余地はなかった。

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