第3話『加護』
リクは文字が書けないため、代筆で書類を
瓶のふちでインクを切ってから、ペンをペン立てに戻し、エリオダストは書類を別の職員らしき人に渡して、リクの方へ向き直った。
「それじゃあ、
カウンターの裏から拳大くらいの巾着袋が二つ取り出され、一つはリクに手渡される。他の皆が持っていたものと同じものだ。ずっしりとして結構重い。
紐を解いて中を覗き込むと、赤銅色の硬貨らしきものが複数枚入っていた。
当然といえば当然だが、見覚えのない硬貨だ。
エリオダストは手元の袋から硬貨を一枚、人差し指と中指の先で器用に摘まんで取り出し、カウンター上に置く。コトリ、と音が鳴った。
「これが、お金ですか?」
硬貨の中心には足が三対の
貰った袋の中で硬貨を並べて枚数を数えると、同じものが十枚入っていた。
「そう……毎回、これの説明をするのが難しいのよね。グレスレニアで流通している硬貨は白磁、青銅、銅、銀、金の五種類で、これは銅硬貨。一枚一〇〇セルね」
「一〇〇セル……」
銅貨を色々な角度から眺め回しながら、小さく零す。
これが十枚あるということは、一〇〇〇セルだ。
「それだけあれば、五日はご飯付きのいい宿に泊まれるわ。探索者さん向けにギルドの提供している宿舎なら、四人相部屋、ご飯なしで一日三〇セルだから……ご飯代を節約すれば、そうね。五日は泊まれるんじゃないかしら」
「五日、ですか」
その間に自力で稼げるようになれ、ということだろう。
にしても、エリオダストの説明は全く計算が合わない。
……一〇〇〇セル渡されて、宿が一日三〇セルで、五日しか持たない?
「一日三〇セルの宿で、五日って……食費が結構かかる感じですか?」
エリオダストは首を横に振った。
「いいえ。職業ギルドに入るのに必要な分を差し引いて、ってことよ」
職業ギルド。探索者ギルドとは別の組合なのだろう。
……そういえば、さっきの説明でもちらっと聞いた気がする。
「そこに入ったら、何ができるんですか?」
「五〇〇セルで、加護が受けられるのと、五日間の修練が受けられる。君みたいな迷い子なら、修練のあとにその職業に合った装備品──武器や服も提供してもらえるようになっているから、
両手の指先を合わせ、エリオダストが告げる。
「至れり尽くせり、ですね」
「新規の
なんて話をしていると、受付の裏からさっきとは別の職員が現れ、エリオダストに一冊の本と、水晶玉らしきものを手渡していった。
エリオダストは水晶玉をカウンターに置き、手の中で本を開く。
「なんですか? それ」
「識別書と、付与水晶って道具よ。《戦意の加護》を付与する前に、君が何らかの加護を持っていないか確かめないといけないの。戦神の加護と相性の悪い加護を持ってることなんてそうないけれど……一応、確認のためね」
加護にも相性があるらしい。相性が悪いとどうなるんですかと聞きたかったが、杞憂に終わる可能性も考えて黙っておく。
──そして、《戦意の加護》。さっきさらっと聞いた加護だ。
確か身体能力が上がって、潜在能力も引き出しやすくなる、だったか。
潜在能力どうこうはよく分からないが、身体能力が上がるのは悪い気がしない。
元々が大して自信がないから、どれくらい変わるかは分からないけど。
エリオダストがページを捲る手が止まると、まっさらなページがカウンター上に開かれる。本というよりは記録帳みたいなものなのだろうか。
それにしては、表紙に金色の飾りが付いていて豪華だ。
「この上に、手を置いてもらえる?」
「このページの上にですか」
「そう。これで、君の持っている加護が分かるの」
促されるままに片手を置く。なんだか、妙な感じがした。
手のひらがくすぐったいというか。
「そのままじっとして──そう。……これは」
徐々に淡く光っていくページに、エリオダストが表情を変える。
何かまずいことでも起きているのだろうか。
いや、本のページが光っているだけでも普通じゃないことは分かる。けど、何が正常な反応で何がダメなのか分からないから、動くに動けない。
そうしている間にも、濃い緑色に光る識別書のページには、よく分からない象形文字みたいな文字で、ひとりでに文章が
インクもペンも書く人もいないのに、だ。
「これは……深緑? 文字も──見たことがない加護、ね」
ぽつりと呟かれた言葉に、リクは何とも言えない不安を覚える。
自分の手元をじっと見ながら、反対の手で鼻の頭に触れる。
「……。これって、なんかダメなやつだったり?」
相性が悪くて《戦意の加護》とやらがもらえないなら、
そんなことを考えてしまう。
しかし、エリオダストはすぐに元の笑みを作り直した。
「いいえ。ごめんなさい。加護の名前も判別できないけれど──きっと大丈夫よ。迷い子が加護を持ってるなんて、前例のないことだけど……悪いことじゃないわ。凄いことよ。きっとあなたは
「……そう、なんですかね」
急に手放しに褒められて、リクは鼻を掻く。
エリオダストは「もう手を離して大丈夫よ」と告げて、受付の裏で手帳らしきものを取り出し、そこに何か記入しはじめた。
「その……加護の効果って、分からないものなんですか?」
「ええ。種類さえ判別できれば分かるのだけれど……ごめんなさい」
エリオダストは両手を揃えて謝罪してくる。
そう深々と頭を下げられては、悪いことを聞いた気になってしまう。
「いや。こちらこそ、なんか……すみません」
エリオダストの反応から、元々答えが返ってこない前提の問いだった。
リクは識別書に触れていた方の手のひらをじっと眺める。
ひとまず、躓かなかったことに安堵する。元々加護を持っているという実感も何もないが、悪いものでないならそれでいいだろう。
もしかしたら、いい方向に働く可能性だってある。
エリオダストは顔を上げると、気を取り直したように明るい声で、今度は付与水晶と呼ばれていた水晶玉をリクの方へと差し出してきた。
「それじゃ、今度はこれに手を翳して。加護の付与をするからね」
目の前に置かれた水晶を
数秒、そのまま動かずにいると、エリオダストはこくりと頷いた。
「はい。これで終わりよ」
「……これだけ、ですか?」
水晶は色が変わったり何かが映ったりもしなかった。
こんなので本当に加護が貰えたのだろうか。適当に手をグーパーしてみたり、腕を軽く振ったりしてみる。特に変化は感じられない。
何が、どれくらい変わったのだろうか。
「ええ。気になるなら、もう一度識別書で確かめてみる? ページを消費する都合上、二度目からは有料になってしまうのだけれど……」
「……いや、なら。大丈夫です」
エリオダストの提案にリクは首を横に振る。
こんなところで無駄にお金を使うわけにはいかない。
それに、色や文字で加護を判断するなんて芸当はできないわけだし。
エリオダストは「そう」と微笑み、本を閉じてカウンターの隅へ置いた。
それからまた、カウンターの裏に手を伸ばして、一枚のカードを取り出した。
「これが今からあなたの
「……ありがとうございます」
手渡されたカードに、名前や情報っぽいものは書かれていない。
何の変哲もない、何も書かれていない茶色のカードだ。質感も紙というよりは革に近くて、あまりカードっぽくはなかった。
「あとは職業を選んで、職業ギルドに行って。そしたら
そろそろ説明を聞くのにも疲れてきた頃合いだったが、気を取り直して、ごくりと唾を飲みこむ。
エリオダストはそんなリクの様子を感心するように見て、カウンターデスク上のリストを指さしながら、説明を始めた。
「まずは分かりやすい、前衛職からね。戦士は──」
◆
・
┌──────────────────┐
名前:リク
探索者Lv:1
職業:なし
加護:《戦意の加護》、《???》
技能:なし
└──────────────────┘
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