第4話『仲間』




 あのあと、エリオダストから職業について一通りの説明を受けた。

 それから気になった職業のギルドの場所を教わって。ギルド宿舎の場所や探索者シーカーについてもう少しだけ追加で質問をして、説明を聞いて。

 一連について彼女にお礼を言ってから、リクは受付を後にした。


 外へ出ると、外はまだ明るかった。

 ふと時間が気になる。この世界──ミスルトゥに住む人達は、どうやって時間を知っているのだろうか。ギルド内にも時計はなかったし。


 職業ギルドの開いている時間帯も聞きそびれたけど、とりあえず行ってみるしかないか──と、そんな風に考えていた、その時だった。


「ちょっと、いいですか」


 背後から低い声がかかり、リクは慌てて脇に逸れる。


「あ……。すみません」


 ギルド出入口付近で突っ立っていたため、邪魔になったのだろう。

 小さく頭を下げる。しかし、声の主が動く気配はない。


「…………?」


 不思議に思い、視線だけを持ち上げてその顔をうかがう。


 そこに立っていたのは、さっきギルドの受付付近で見た、四人組のうちの一人。上背うわぜいの高い短髪の偉丈夫いじょうふだった。

 近くで見れば、ガタイが良く、肩幅も相当あるのが分かる。ただ悠然と立っているだけなのに妙な威圧感があるのはそのせいだろう。

 表情が乏しくて、何を考えているのか読み取りづらい。


 後ろにはあとの三人もいて、気付いてみれば、全員からの視線を感じる。


 ──数秒、互いに無言で視線を交わした後。

 眉一つ動かさず、先に口を開いたのは彼の方だった。


「名前。リクさん、で合ってましたか?」

「……えっと、はい」


 状況が飲みこめずに取り敢えずの返事をすると、男はリクの横をすり抜けて大通りへ出て、再度こちらを振り返った。


「提案があります。……ここじゃあれなんで。できれば歩きながらでも話したいんですけど、いいですか?」


 初対面というのもあってか男は腰の低い喋り方で、どこか親近感が湧く。

 提案が何かは分からないが、聞いてみる気にもなった。


「分かりました」


 リクが頷くと、彼は肩から緊張を抜いて僅かに頬を緩ませた。


「俺はハザマサです。……こっちから使っといてあれですけど、俺に敬語はいらないです。どっちが年上とかも分かりませんし」


 俺のは性分なんで気にしないでください、と頭を掻きながらハザマサは続けた。それから、あとの三人の方に視線を放る。


「分かり……分かった、ハザマサ」

 ハザマサの視線を辿って、リクは他の三人の方を見やる。


 真っ先に目が合ったのは、控えめそうな女の子だった。

 小さく息を呑むような音と一緒に、肩が跳ねたのが分かる。髪は肩にかかるくらいの長さで、目を隠すように前髪がやや長い。

 特別身長が高い方ではないリクと比べても、頭一つ分とかなり背が低く、他の人と並んでいる姿は小動物か何かを思わせた。


「エルです。よろしくお願いします」

 丁寧にぺこりと頭が下げられ、つられてリクも頭を下げる。


「あ……うん。よろしくお願いします」


 ずっと俯きがちなのと長い前髪とで、ちゃんと確認できたわけではないが、ぱっと見、可愛らしい顔つきに見えた。


 短い自己紹介を終えたエルが一歩引くと、今度は明るそうな女の子が前に出てきた。さっきギルドで手を振ってきた子だ。

 柔らかい表情に、頭の後ろで揺れるポニーテール。あと、一瞬視線誘導されてしまいそうになるほど、身体のある部分がデカい。

 重そうだ。どことは言わないけど。


「メイカだよ。メイカでもめーちゃんでも、好きなように呼んでねー」


「わかった。よろしく、メイカ」


 差し出された手を握り、提示された選択肢からマシそうな呼び捨てをチョイスする。柔らかい手だ、なんてことをなんとなく思う。

 ……なんというか、初対面だというのに距離が近い気がする。


「うんうん。よろしくね」

 ぶんぶんと上下に振られる手をされるがままにリクは空笑いし、遠慮がちにそのすぐ隣に目を向ける。


 最後の一人は、リクと同じくらいの背丈の、細身の男だった。

 切れ長の三白眼さんぱくがんに鼻筋が通っており、整った顔立ちだ。肩甲骨あたりまである男にしては長い髪を、毛先のあたりで一つ括りにしている。

 ただ、やはり何より気になるのは不機嫌そうな鋭い眼差しだった。


 やんわりとメイカの手を解くと、やや鼻白みながら声をかける。

「……その、よろしく。君は?」


「カガヤだ。……なんだよその顔は。言いたいことがあるなら言えばいいだろ」


 不良のような目付きから意外にも普通に反応が返ってきたことで、愛想笑いをしていたはずがかえって引きつってしまった。

 第一印象で決め付けたのがよくなかった。

 素直に頭を下げ、謝罪する。


「ごめん。……仏頂面だったから、俺が何かしたのかと思って」


「……腹が減ってるだけだ。……おい。それで、どこに行くんだ?」

 リク越しに、カガヤがハザマサに声をかける。


「ちょっと行ったところに広場があったんで、そこで。一通りみんなの自己紹介も終わったんで、そろそろ行きましょうか」


 ハザマサが先導して歩き始める。

 立ち位置的にリクがその後を着いて歩き始め、残りの三人も続いた。




     ◆




 身の振り方が若干固まったことで、周囲を見渡す余裕も出てきた。

 おかげで、さっき気付かなかったことに気付ける。


 例えば、店の商品の側に立てかけてある値札。

 値段は何と書いてあるのか分からないが、最後の二文字はほぼ決まって同じ文字が使われている。多分、セルと読むのだろう。


 ふと、腰に括りつけたお金の袋が気になって、リクは袋の口を手探る。

 一〇○○セル。銅硬貨十枚。一体どれくらいの金額なんだろうか。

 エリオダストが言うには、食費も込みで五日はギルドの宿舎に泊まれるらしいけど、できる限り節約はしていきたい。


 大通りは武器屋や防具屋、服飾店などが並んでいる。雑貨や食べ物が店頭に並ぶ露店が多かった商店街とは違った街並みだ。

 道も整備が行き届いているのか躓きそうになる場所は少ない。


 細い道の先は住宅街に繋がっているようだった。

 大通りの先がどこに繋がっているのかは分からない。一時間歩いた時点で薄々分かっていたが、エル・フォートはかなり大きい区画らしい。


 そんな風にリクが思考を巡らせていると。

 迷いも淀みもない足取りで大通りを歩きながら、ハザマサが口を開く。


「単刀直入に聞きます。リクさん、俺たちと一緒に行動しませんか」


「一緒に行動?」

 どういうことか分からず聞き返す。今同行しているのとは違うのだろうか。


「俺たちに説明するときは、ギルドマスター──エリオダストさんが言ってたんです。探索者シーカーは一人で活動する必要はないって」


 一人で活動する必要がない。

 ということは、パーティを組んでもいいということだ。ハザマサが言っているのは協力して探索者シーカー活動をやっていこうと、そういうことらしい。


 一も二もなく頷きたくなるくらいには、魅力的な提案だと思う。そもそも、一人でやっていける自信なんてなかったわけだし。


 職業の説明を聞いていても、一人でどうやって戦うんだという職業がいくつかあったのも、パーティを組む前提があったからだろう。

 だったら、自分に対しても最初からそうやって説明してくれてもと、エリオダストに対してひと言苦言をていしたくなる。


「……勿論、依頼を受けた時の報酬は人数で割ることになりますし、継告のために戦わないといけない魔物の数も増えます。それでも戦うなら、ある程度人数が多い方がいいと思いますし。ですので、一緒に来てくれませんか?」


 思考を巡らせるリクに、ハザマサは言葉を付け加えてくる。


「その気がないなら、無理にとは言いませんけど」


「いや。……うん、良いと思う。こっちからお願いしたいくらいかな」


 返事をしながら、リクは他の三人の反応を窺う。


 エルは視線が合うとまた小さくお辞儀をし、メイカはこくこくと頷いた。カガヤだけが何の反応も示さず、相変わらずの目付きでこちらを見てくる。


 とはいえ。全員の判断として、リクを仲間に入れることに抵抗はないらしい。


「……皆。この顏……怖くないの?」

 口にしてから後悔した。なんでそんなこと聞くんだ、と自分に突っ込む。


 メイカが柔らかい笑みを浮かべ、首を傾げた。


「その痣のこと? かっこいいけど、怖くはないかなぁ」

「……そう、かな」


 かっこいいかと言われると疑問はあるけど、怖くはないらしい。

 他の三人も頷いたり「別に」と呟いたり、それぞれに肯定を示してくれる。


「顔で判断したりしない……と言いたいところですけど、そもそもギルドでのやり取りを見てたら、悪い人じゃないってのは十分分かったんで」


 鷹揚おうように首肯しながらハザマサが告げる。


「あ……ありがとう」


 むしろ居たたまれない気分になりながら、リクはお礼を言う。


 そうこう話をしているうちに、噴水のある広場に着いた。

 どちらが北か、方角が分からないが、広場から直進したところにあるのが大通りで、そこから九十度右手にある道の先が商店街だ。


 この街に住むことになるなら、早いところ覚えないといけない。

 縦にも横にも入り組んでいる街だから、細い道まで覚えるのは大変そうだが、せめて大通り付近は施設の場所も含めて知っておいた方がいいだろう。


 ハザマサが立ち止まり、噴水のそばに皆で円を作る。

 カガヤは噴水の縁に手で触れて、濡れていないか確かめてから腰を預けた。


「……それで、これからどうするか。だっけ」


 リクが呟くと、ハザマサは「はい」と言って、全員を見渡した。


「一旦状況を整理しましょう。──俺たちは迷い子と呼ばれる存在で、別世界からミスルトゥにやってきた。探索者シーカーとしてお金を稼ぐには、魔物を倒して継告けいこくをしないといけない。手持ちは一人、一〇○○セル。職業ギルドに加入するならそこから五〇〇セル必要。……ってとこまで、合ってますか」


 ハザマサの問いかけに、各々首肯する。


「ありがとうございます。……それで、リクさんを除いた四人では纏まってた話なんですけど、全員、職業ギルドに加入するのがいいんじゃないかと思ってます。服装も、今のままだと目立つみたいなので」


 ハザマサの視線がこちらへ向き、リクは自分の身体に視線を落とす。


「そうだね。俺も取り敢えず、職業ギルドには入るつもりだったし。……確かにずっとこの服のままってのも、ちょっとね」


 職業ギルドに加入すれば、職業に就け、対応する加護が貰える。

 魔物と戦っていくなら、加護が重要だとエリオダストは言っていた。


 服装についても、薄々思っていたことではあった。

 今、着ているものも着心地は悪くはないが、やはり視線は感じる。単純に珍しいのだろう。同じような服装の人はこの街にいないわけだし。


 職業ギルドの修練の後、どんな装備が貰えるのかは分からないが、探索者シーカー用の装備なら今より目立つなんてことはなさそうだ。


「──決まりだな」

 と、そう言ってカガヤが一人で円を抜け、商店街のある方に歩き出した。


「カガヤさん?」


 ハザマサが疑問符を浮かべて名前を呼ぶと、カガヤは首を振り向かせる。


「飯食ってから、職業ギルドに向かう。どうせそれぞれギルドのある場所も違うなら、一旦解散することになるだろ」

 そう言って、カガヤはすたすたと歩いて行く。

 すぐに商店街の人混みに紛れて、その背中は見えなくなった。


 ハザマサは皆の方へ向き直り、僅かに肩を落として息を吐いた。


「……そうですね。それじゃあここで一旦、別行動ということで解散しますか。リクさん、ギルド宿舎の場所は聞いていますか?」


「一応。……探索者ギルドの近くの、あの大きい建物だよね」


 探索者ギルドの裏にあった、二階建ての木造建築物を思い浮かべる。

 ハザマサは「はい」と頷いた。


「カガヤさんの言った通り、それぞれ向かう場所も違うんで。また夜に宿舎で合流しましょうか。エルさんもメイカさんも、それでいいですか?」


「……はい。それで大丈夫です」


「うん。いいと思うよー」


 全員から確認を取って、「決まりですね」とハザマサが言った。


 それから、それぞれが何ギルドに向かうのかだけ話して、ハザマサが大通りの方へ歩き出したのをきっかけに、円は解散した。

 取り残されたみたいになりたくなくて、リクも同じように目指す職業ギルドのある方向──大通りとは真逆の道にある階段を上り始めた。

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