第13話『心機一転』




 ミスルトゥに来てから、長いようで短い十四日が経過した。


 収入はまだまだ安定しているとは言えない。けれど、ミスルトゥに来たての頃と比べると、それなりに余裕が出てきたのも確かだった。


 お金も財布代わりの巾着袋(既にぼろぼろになってきている)だけで整理するのは難しくなり、探索者ギルドの預かり所施設を使うことになった。

 預かり所におけるセルの預入、引出は無料。荷物は分量に応じて有料らしい。


 探索者レベルが上がれば多額のお金を借りることまでできるそうだ。

 今のところその予定はないけれど。


 昨日からはまた、職業ギルドでの修練期間に入っていた。

 七日ぶりに会った師匠──フェインは、リクの素振りを見て目の色を変えた。


「ふむ──この数日で随分と見違えたな。……扉を叩いた時から才能はあると思っていたが。これなら、もう一段階上で対応しても良さそうだ」


 少しくらい手を抜くべきだったと、本気でそう思った。

 フェインの修練は前回と比べより厳しく、より実践的なものへとシフトした。


「今の腕なら、見習いでなく、初級斥候スカウトを名乗れるだろう。……まあ、俗的な呼び方だ。名乗るだけなら元から好きに名乗って構わないがな」


 職業ギルドでは、自分よりもくらいの高い同職者に認められることで、六段階に分かれる階級を名乗ることが許されている。


 例えば、斥候スカウトギルドの場合だが。


 一番下が見習い。

 次に初級、中級、上級と並んで。

 その上が超級、絶級、天級と続いているらしい。


 と言っても超級からはかなり狭き門であり、戦士などの母数が多い職業ですら、絶級以上は片手で数えられるほどの人数しか存在しないそうだ。


 大体、何の技能スキルがどれだけの練度で繰り出せるかであったり、単純な動きの良さなどから階級が決まるが、その決め方も曖昧とのことだった。


 フェインは超級斥候スカウトらしいが、その呼び方は好かないと言っていた。


 そうした話をした後。

 技能スキルを教わるはずだったのだが、「今からお前に向けて技能スキルを繰り出す。手は抜くが寸止めはしない。精々盗め」と冷たく告げられた。


 前途多難な毎日が始まる。初日に辞めたいと思った時の感情がよみがえった。




 五日間で新たな技能スキルを学ぶ。初回の修練と違って昼から夕方まででいいらしい。

 とはいえ前日の修練で疲れ切ったヘロヘロの状態から魔物を倒しに行く──なんてことはしない。つまり、修練期間中は実質的な半休期間だった。


 昨日も、前々からずっと欲しかったものを買いに外へ出ていた。

 歯ブラシに石鹸、ダガーを手入れする用の砥石だ。


 石鹼は革命的だった。泡立ちこそ想像以上に悪かったが、頭を洗うと髪のギシギシ感がなくなり、体を洗うと気分爽快といった感じだった。

 エルやメイカの髪が、男組と違って何日経っても艶を保って見えたのは、早いうちに石鹼的なものを買っていたからなのだろう。

 女の子は大変だ、と何となく思った。


 裁縫道具も、値切れるだけ値切ってハザマサとお金を出し合って買った。

 そろそろ服や肌着のほつれも限界だったからだ。

 他の三人にも貸すと、それぞれ喜ばれた。唯一、カガヤだけは裁縫が致命的にできなかったため、ハザマサが代わりにやってあげたらしい。


 日課になっている素振りを終え、商店街に出て朝ごはんを食べてから部屋に戻った。それからギルドへ向かう準備を済ませ、リクが時間を潰していると。


「器用なものですね」

 と、声をかけてきたのはハザマサだった。


 リクとは違って元々部屋にいたらしい。

 ベッドで静かに横たわっていたため、まだ寝ているのかと思って声をかけないでいたのだが、よく考えたらハザマサもギルドへ行くのだ。そろそろ起きて朝ごはんを買いに行ったり、準備を始めないと間に合わない。

 騎士トルーパーギルドは、時間厳守とかそういうところはかなり厳しそうだし。


「まだまだだよ、簡単なのしかできない。売り物にもならないし」


 リクは手元に視線を落とすと、ダガーの先を見つめながら返す。

 左手には細く削られた木材が握られている。


 趣味ができたのだ。細長い木材を買って、ダガーの根元で削って食器を形作る。まだ試作品しか作っていないため、趣味と言っていいかは少々怪しいが。


 初めて作ったのは先がいびつな形をしたスプーン。

 今作っているのは、形がいびつにならないよう気を付けたスプーンだ。


「売るつもりがないのでしたら、次の作品ができたら俺が貰ってもいいですか。なんなら買い取るのでも──」


「いや、買い取るのは流石に……木だって大分安物だし。あげるよ。でも、ほんとまだまだでさ。いつか、納得いくのができあがってからでもいい?」

「構いません。むしろありがとうございます」


 鷹揚に頷くハザマサは、そう言って僅かに口角を上げた。

 最初の頃は表情が乏しいのかと思っていた──というか実際その通りではあるのだが、一緒にいる間に、ハザマサは表情筋が弱いだけなのが分かった。

 むしろよく見ていれば、リクよりも表情は豊かな方だ。


「……ハザマサは。趣味とかできた?」


 ふと気になって聞くと、ハザマサは数秒間、考えた後に口を開く。


「俺は、元々寝ることとか好きなんで。……っても、元々がどんな人間だったかは分からないんで、あくまでも今の俺は、なんですけど」


「寝るのが趣味──確かに、身長に表れてるかも」


 ハザマサは相当大きい。筋肉質でがっしりしている分、そもそも大きく見える。

 身長は平均程度のリクやカガヤと比較しても十五センチは背が高い。一番小さいエルと並べば、大型動物と小動物かってくらいのイメージ感がある。


「そうですね。……じゃあ、やっぱり前々からそうだったのかもしれません」


 ハザマサが苦笑して、つられてリクも少し笑う。


「寝るのが趣味ならさ。今度、斥候ギルドのある方まで来てみない? 街の結構高いところにあるんだけど、もうちょっと上ったところに広い草原があって。……俺もまだ行ったことはないんだけど、時間ができた時にでも一緒にさ」


「へえ。そんな場所があるんですね。なら、また一緒に行きましょう」


「うん」


 受け答えをしながら、頭の片隅でハザマサの言葉について考える。

 ──元々どんな人間だったか、か。


 あまり自信がない。コツコツとした積み重ねが好き。

 なんとなく今の自分について思うことはある。でも、それと、ミスルトゥに来る以前の自分を重ね合わせようとしても、全くもってしっくりこない。


 時々、ミスルトゥでの生活に違和感を覚えることはある。火を焚いて風呂を沸かすのが難しかったり、洗濯ってこんな大変なんだっけ、とか。

 そんな違和感も、ふとした時に思ってすぐに忘れてしまうのだけれど。


 手のひらに視線を落として、その中央をじっと見つめる。

 そうして、得られるものは何もない。


 現状、迂闊うかつに深く考えることはできない。そうすれば、またあの激しい頭痛に襲われるからだ。今だってずきずきと頭の前側らへんが痛み始めている。


「俺はそろそろ行きますね。リクさんも頑張ってください」

 いつの間にか荷物を持って立っていたハザマサが、そう声をかけてきた。


 思考を中断させ、リクも用意をすべく立ち上がる。

 師匠は時間については緩いが、ギルドまでが遠いため余裕をもって出かけたい。


「ん……ああ。ありがとう。ハザマサも、頑張って」


 手を振り、振り返されてハザマサが部屋を出て行った。

 カガヤは戻ってこなかった。ご飯を食べてギルドへ直行したのだろうか。

 魔物狩りに外に出ている時以外、時間があるときにもう少し話したいとは思うのだが、カガヤはあまり部屋に滞在しないためタイミングがない。


 まあ、避けられているわけではなさそうだし、いつか機会も取れるだろう。

 それより今は自分のことだ。


 ダガーを鞘にしまって、腰のベルトに装着する。作りかけのスプーンはベッドの頭あたりに置いておいて、革手袋をはめると部屋を後にした。


 今日も気合を入れていかなければ。




     ◆




 今回の五日間は、想像していたよりも早く過ぎ去った。


 無事、新たな技能スキルも形だけでも習得して、修練を終えた最終日。

 夜の共同スペース内──食事処に、リクたち五人は集まっていた。夜ご飯を食べるためではない。今回も、覚えた技能スキルなどについて共有するためだ。


「えー……改まって話すのは慣れませんね。……なんで普通に話します。皆さん、お疲れ様でした。実のある五日間だったと思います」


「はーくん。改まってない?」

 すかさずメイカが突っ込みを入れる。


 ハザマサは誤魔化すように咳払いを一つして、

「……そうですね。でも、今回も厳しい修練を受けて。皆さんも、俺自身も成長を感じられたと思います。──そこで、なんですけど」


 そんな風に切り出した。


「狩蔵の森でなく、もう少し稼げる狩場に行ってみるのはどうでしょうか」

 言いながら、ハザマサは手にしていた一枚の紙を机の上に広げた。


 正方形の黄ばんだ紙にガタガタの線が引かれてある。これは……地図だろうか。


「稼げる狩場?」と、カガヤが食いつく。


「はい。出現する魔物が森よりも少し強い分、継告の報酬額も高いらしいです。稼ぎを安定させるなら、狩場のステップアップも考えた方がいいかと思いまして」


 稼ぎを安定させる、というのはいい考えだと思う。

 狩蔵の森だと魔物に出くわすかそうでないかでも稼ぎが変わって、ムラがあった。コボルトの群れが狩れるようになった分、倒せる敵のパターンも増えたが、ウェアラットに関してはこちらの戦力を見て逃げられることも出てきたのだ。


 森の魔物自体は苦戦することもあるとはいえ怪我もなく倒せることも増えたわけで、少し強い程度の敵ならまだ何とかなるかもしれない。

 修練を終えたばかりで調子に乗ってるところもあるかもしれないけど。


 ハザマサは慎重な表情で、体の前で大きい手を組んだ。

「といっても、危険度が上がるのは確かです。全員で決めましょう」


「うんうん。あたしはいいと思うよー」

 メイカが頬杖をつきながら笑みを浮かべる。……どうでもいいことだけど、巨大なものが机に乗ってて、リクは思わずメイカから視線を逸らしてしまう。

 逸らした先ではエルと目が合ってしまって、より気まずくなる。


「……俺も、いいと思う」


 リクも賛同する。せっかくハザマサが見つけてくれた場所だし。

 無下にはしたくない。


 エルは「なら、私も……」と頷いた。

 カガヤも、さっきの反応からするに賛成派だろう。


「ありがとうございます。……大体の情報は仕入れ済みなので、今から説明します」

 ほっとした顔でハザマサは告げる。


 というか、大体の情報は仕入れ済みって。同意が得られなかったらその集めた情報も全部なかったことにしようとしていた、ということだろうか。


「……その、狩場はどこにあるんでしょうか?」

 エルがおずおずと挙手をして質問する。


「森の北側から街に沿って、西に突っ切ったところの岩肌にあるらしいです」

「岩肌ですか?」


 首を傾げたエルに、ハザマサは地図を指し示しながら言った。


「はい。行こうと思っているのは、暗渠あんきょほら地下迷宮ダンジョンと呼ばれる場所です」




     ◇






 ・探索者資格ライセンス

┌──────────────────┐

 名前:カガヤ

 探索者Lv:1

 職業:傭兵マーセナリー[初級]


 加護:《戦意の加護》、《連戦の加護》

 技能:〈剛断リッパー〉、〈牽制フェイント〉、〈煽動インサイトメント

└──────────────────┘


・〈煽動インサイトメント〉:成り立ちの特殊な奇跡の一種。

 相手の敵愾心てきがいしんを煽り、自身に向けさせる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る