第14話『ダンジョン攻略』




 ダンジョンには洞窟型や神殿型など、いくつかの形が存在する。

 中でも暗渠あんきょほらは、最も数の多い洞窟型のダンジョンだ。


 規模は小規模。正確な地図さえあれば、実力のある探索者なら一日あれば踏破することも可能なくらいの広さらしい。

 澄んだ水の流れる洞窟。出現する魔物も弱いものばかりだ。

 エル・フォートの街から近いこともあり、初心探索者がまず向かうべきダンジョンと言えば、真っ先に名前が挙がる。


 作戦会議をした翌日。

 洞窟探索ということで新たに物品を購入した。

 まず、最安価のカンテラ。予備の松明たいまつと着火剤。追加の行動食。これは数日に渡って食べることになる想定で、最初から少し多めに買っておく。


 そして、インクのびんとペンのセット。

 これが一番高くて、ペンは中古なのに値切ることもあまりできずに五三〇セルもかかった。エル・フォートでは筆記用具は受注が少なく高価らしい。


 ただ、これさえあれば簡素な地図に色々な情報を書き加えることができる。

 書き加える担当はエルだ。


 今やエルは、グレスレニアで一般的に使われている人間ヒューム語であれば、ある程度は読み書きもできるようになっているらしい。

 リクも少しは独学で勉強をして、何となく読める単語もあるのだが、文章を読解したり、実際に書くとなるとそうはいかない。

 結構、いや相当凄いことだ。毎日どれだけ勉強したら、こんな短期間で知らない言語を覚えることができるのか。全くもって想像もつかない。


 エルも謙遜けんそんしてか最初は及び腰だったが、メイカが「エルちゃん、毎日遅くまで読み書きの勉強してるんだー。凄いよねぇ」と暴露ばくろし、ハザマサから改まって頼まれると、まだ遠慮がちにではあるが書く役割を受け入れた。


 ちなみにメイカは勉強が苦手らしく、エルに教わっても頭がパンクしてしまうため、まだまだ書けるようになるまでは遠そう、とのことだった。


 そうしてしっかりと準備を済ませて。

 リクたちは街を出て森を抜け、暗渠の洞へと向かった。




     ◆




 ダンジョンというのは、神々がほどこした魔物への封印の一種だそうだ。

 だから基本的に、ダンジョンに生きる魔物は外へは出られない。


 なら、なんのために人はダンジョンに潜るのか。

 理由は二つある。


 一つは強力な装備品を探すため。ダンジョン内には、稀に古い神々の加護が宿った道具や装備が眠っていることがある。それを目当てに探索するのだ。

 ギルドに会った加護の付与水晶なんかもダンジョン産らしい。


 そしてメインとなるのが、もう一つの理由。

 それは、魔素まそが溜まりすぎないように魔物を減らす必要があるからだ。


 魔物がダンジョン内で数を増やすと、魔素と呼ばれる成分が空気中に堆積たいせきする。そうなると、ダンジョンが本来の機能を保てなくなる。

 つまり、封印が解けてダンジョン内にいた魔物が出てくる可能性があるのだ。


 また、魔素の堆積は新たな魔物を発生させる原因ともなる。

 そのため、定期的にダンジョンに潜って魔物を狩る必要があるというわけだ。



 ダンジョンで気を付けるべきは、これも二つある。


 引き際を間違えないこと。多分いける、という考え方は厳禁らしい。


 もう一つは、出てくる魔物についてだ。ダンジョンには元々生息する魔物以外に、時折、予想もしない魔物がみついていたり、出現することがあるという。


 主に同種との生殖行為で増える亜人種の魔物とは異なり、魔獣は魔素によって無から生み出される。そのため、魔素が溜まりすぎたダンジョンは、時に想像だにしない魔獣を生み落とす可能性があるのだ。


 故に、ダンジョンには他の狩場以上に『絶対』がない。

 意識しすぎる必要こそないが、常に気には留めておくべきだ。




 何事もなく森を抜けて、草原の広がる台地に出た。

 そのまま進むと、突き当りが切り立った崖になっていて、側面には大人三人くらいが通り抜けられそうな大きな穴が口を開けていた。


 あの中が、暗渠あんきょほらだ。


 ──洞窟の入口に着き、中に入ると、すぐに下へと繋がる縦穴があった。

 下を覗き込むと微妙に明るくて、藍色の岩らしき地面が見えた。


 この下にダンジョンが広がっているのだろう。

 滑り止めがついている手袋に感謝しながら、先人探索者シーカーが掛けてくれた金属製の梯子はしごを下りて、先に降りていたハザマサと合流する。


 本来は斥候スカウトであるリクが先頭になって降りるべきなのだが、降りた途端に攻撃される可能性を考慮して、鎧を着たハザマサが先に降りると言ったのだ。

 まあ、降りた先に魔物の気配はなく、そんな心配は杞憂きゆうに終わったわけだが、それくらい慎重になった方がダンジョンではいいということだ。


 最後にエルが下りてきて、全員が揃ってから奥へと向かう。

 縦穴はかなり深さがあって、天井が高い位置にある。


 壁には一定間隔で松明たいまつが取り付けられていて、ダンジョン内部はほんのりと明るい。しかも魔力か何かで点いているのか、隣を通っても火が揺らぐことはない。

 これならカンテラは要らなかった。今後も使えるため無駄ではないが。


 物陰や隠れる場所もないため、リクは偵察というよりは罠を警戒する。


 暗渠の洞には主にゴブリンと呼ばれる魔物が生息しているのだが、そいつらが、縄などを張った簡単な罠を作ることがあるらしい。

 仲間の安全を担う以上、偵察がなくても気は抜けない。


 地図と照らし合わせ、細部はマッピングしながら奥へと進んでいく。

 ハザマサ曰く安物の地図なため、細部の書き込みはほぼない。


 地図に書き入れるのは例えば、休憩場所になる安全確保が容易そうな場所や、水が流れている場所なんかだ。高価な方の地図にはそれもあるらしいが、手持ちが足りなかったため断念したらしい。

 むしろ安価なものでも地図があるだけ嬉しいし、皆でその分のお金を出すとも言ったが、「こっちは安かったんで大丈夫です」とやんわり断られた。


 暗渠というだけあって、このダンジョンには至る所に水路がある。水源がどこで、どこに繋がっているかは分からないが、どの水路にも緩やかな流れがある。

 元の地図では水路の奥の壁がマッピングされている。だが、大体でいいので実際に通れる道を記しておかないと、いざ魔物から逃げる際に困るだろう。


 奥へと進んでいくと、徐々に空気が淀んでくる。

 緊張感が増して誰もが無言になる。

 五人分の足音と、ペンが紙面をなぞる音だけが洞窟内に響く。


 そうしてリクが先頭に立ち、足元を注意深く調べながら進んでいた時。


 唐突にそいつは現れた。


「────ィアァ!」

 耳の奥がキィンと鳴るような高音の叫び声と共に、リクの肩に何が乗った。


「な……っ」


 衝撃でよろめき膝をつくと、顔面を棘のついた何かで一発殴られる。攻撃は軽いが、棘が頬に刺さった。「ッ、あ……!」もんどり打ってリクは地面に倒される。

 何とか受け身は取って頭は守ったが、背中を強く打ち付けた。


「ちっ……なんだ、コイツ──!」

「リクさん……! エルさん、リクさんの治療を!」


 肩に乗っていた何かが逃げるような気配がして、その後をカガヤとハザマサが追ったらしい。出血は少ないが痛みで涙が滲み、すぐには目が開けられない。


 それでも何とか立ち上がろうとすると、リクの顔に今度は冷たい感触が触れた。

 何かと思って身構えたが、エルだ。


「──【治癒リカバー】。大丈夫ですか……⁉」

 焦りを感じさせる声。リクが不意打ちを喰らったからだろう。


「だ、大丈夫……」


 ふらふらとよろめきながら立ち上がり、リクは周囲を見渡す。

 足元に気を配りすぎたにしても──一体どこから、何が。


「当たって──……【風罰エアロバニッシュ】っ!」

 すぅ……と深呼吸の後、詠唱が紡がれる。


 メイカの視線の先をなぞると、そこには逃走を図る一匹の魔物。

 ──その足元をすくうように、疾風が舞う。


 旋風は刃となり、砂を巻き上げながら魔物の脚を浅く切り裂いた。魔物は体勢を崩して転倒し、斧を振りかぶるカガヤの前で大きな隙をさらす。

風罰エアロバニッシュ】。火魔術とは違い、広範囲に攻撃を仕掛ける風魔術らしい。

 移動速度の速く、大きさも大したことない魔物に適した魔術だ。


 そして〈剛断リッパー〉。カガヤが戦斧バトルアクスを容赦なく魔物に叩きつける。

 魔物ごとダンジョンの地面を斧が食う、ガァンという凄まじい音が鳴り響いた。


「……なんだ、コイツは」

 唐竹割りにされた魔物を見下ろしながらカガヤが再度呟く。


 リクも近寄ってしゃがみ、観察してみると、形容しがたい見た目の魔獣だった。

 頭部の中心には五センチほどの角が一本生えており、まばらな黒い毛皮が全身を覆っている。体長は五〇センチくらいで、三本指。背中には短い羽がある。


 ハザマサが盾を下ろして歩いてきて、説明してくれる。

「グレムリン、です。……暗い洞窟に棲んでいる魔物で、意外な場所から攻撃がくるとは聞いていましたが……一体、どこから」


「わ、私……一番後ろだったから見えたんですけど」と、エルが言った。


「見えた?」


 リクが聞くと、エルは人差し指を立て、それを真上に突き上げた。


「天井から──です。気付いた時には、もう遅くって……ごめんなさい」

 自分の体を抱えながらエルが謝罪してくる。


「いや。謝らなくても……むしろ、俺が気を付けるべきだった」


 斥候スカウトは移動中、あらゆる方向に注意を払わなければならない。罠という可能性に気を取られて、足元ばかり気にしていたのはリクのミスだ。


「ハザマサ、こいつの討伐部位はどこだ?」


 カガヤがグレムリンの死骸を蹴り転がし、ハザマサに聞く。


「魔石があるはずです。あとは角も売れるかもしれませんが──先端に気を付けてください。麻痺毒があるそうです。先端の尖った部分は折って持ち帰りましょう」


「魔石──なら、解体は俺がやるよ。今回は役立たずだったし」

 リクはダガーを腰の鞘から引き抜いて、既に両断済みのグレムリンに刃を入れる。そうして魔石取り出し作業を済ませて、リクは立ち上がる。

 不意打ちを食らったが、ダンジョンで初の収益だ。


 報酬も高めと聞く。換金が楽しみだ。




     ◇




 それからは魔物との遭遇エンカウントもなくダンジョンを歩き進めた。

 代わりに他の探索者パーティを見かけた。


 男三人。すれ違いざまにする会釈程度で、長々と会話はしない。

 無暗に話しかけない。ダンジョン探索時のマナーだと師匠から教わった。探索者シーカー同士は仲間であり、獲物を奪い合う関係でもある。そこに馴れ合いはない。


 何より魔物が出現する場所で話していて、危険がないわけがないのだ。

 気付かずに接敵を許してしまえば、先手を打たれる可能性がある。

 急場の対応が難しい初心探索者にとって、先手を許すのは致命的だ。ミスルトゥで最初にあったウェアラット戦でのことをリクは忘れていない。


 ダンジョン入り口付近、地図上で見て大体七分の一程度のマッピングが終わったところで、リクたちはちょうどいい広間を見つけ、休憩を取ることにした。


「……ここなら、少しは安全かな」

 リクが周囲を確認して告げる。


 天井まで届く大きな岩の柱が生えていて、それの近くに円を作って座る。

 ここなら死角は少なく遮蔽物もある。全方位に気を張り巡らす必要もない。


 カガヤは岩陰を注視しながら戦斧を地面の先に突き立て、水筒の水を一気飲みする。

 一度負傷したリクに代わって、最初の見張り役を買って出てくれたのだ。


治癒リカバー】の奇跡では、表面的な傷は治るが内部の傷や体力は回復できない。そういった奇跡もあるらしいが、エルはまだ未収得だと言っていた。


 その横では、ハザマサが隣に座るエルと地図を見ながら話している。


 ぼーっとリクが反対隣りを見やると、メイカと目が合った。

「ん? どうしたのー?」


 膝の上で腕を組んで、穏やかな笑みを浮かべながらメイカは首を傾げる。


「いや……なんでもないよ。ちょっとぼーっとしてた」


「そういえば。さっき怪我したところは大丈夫?」

「傷はエルが治してくれたからね。まだ若干、疲れてる感じはあるけど」


「そっかー……」と言いながら、メイカはリクの方に身を乗り出してくる。

 顔に傷が残っていないか確認したいらしい。


「ほんと、綺麗に治ってる。さすがエルちゃんだねー」


「…………。まあね」

 細い指先が気軽に頬に触れて、一瞬返す言葉に詰まる。


 というか。よく思うのだが、メイカは距離が近い。リクだけじゃなく誰に対してもそうみたいだけど、こっちとしては意識せずにはいられないわけで少し困る。

 そのうえ、今回はそれで終わらなかった。


「……あれ。りっくん、いい匂いがするようなー……?」

 そんなことを言いながら、メイカは目を瞑り、顔を近付けてきた。


 ……いやいやいや、近い。近いって。近くでよく見るとやっぱり可愛いよなあとか、睫毛長いなとか、そんなことを考えてられる余裕は全くない。


「い、いい匂い……?」


 ぎくしゃくとして視線を彷徨わせ、リクはそう零す。


 後退ろうにも後ろは壁か、ハザマサがいる方だ。

 逃れられない。


「うん。髪かなあ」


「さ、最近……石鹸買ったからだと思う。……多分」

「そっかー。でも、あたしやエルちゃんと違う匂いな気がする」


「そうなんだ……?」

「なんなら、嗅いでみる?」


 そう言って、メイカは後ろ髪を手で集め前に持ってくる。

 ただ、それを嗅いだら絵面は完全に最悪だし、明らかに犯罪っぽい。


 場の空気も微妙にぎこちないというか。カガヤは見張りをしてくれているし、ハザマサは視線を逸らしてくれているからまだいいけど。

 ……エルは。こっちが恥ずかしくなるから、見てはいけないものを見るときのように、指の隙間からこっちを覗かないで欲しい。


「……それにしても、思っていたよりも魔物が少ないですが」


 虚空を見ながら、独り言つようにハザマサが告げる。

 多分、助け舟だ。


 メイカには愛想笑いで返して、リクはハザマサの会話に乗っかる。


「ゴブリンとか、見なかったね。結構いるって聞いてたのに」


 正確に言えば、魔物の気配は何度か感じた。だが、こちらを避けているのか襲い掛かられることもなければ、姿を視認することすらなかった。


「もう少しだけ休憩を取ったら、戻りがてらマッピングじゃなく魔物を探して歩いてみましょうか。──カガヤさん、交代します」

 すっと立ち上がって、ハザマサはカガヤの側まで歩いて行く。


 カガヤは鼻の頭に皴を寄せながら、ハザマサとすれ違いざま言葉を交わす。


「気を付けろ。……見られてる感じがする」

「はい。帰りも、気は抜かない方が良さそうですね」


 見られている感覚は間違っていないようだ。

 それが、ゴブリンによるものなのかは分からないけど。




 そうして休憩を取り終えて、リクたちは入口に向かって歩き出した。


 帰り道ではグレムリンを一匹追加で狩った。コウモリのように天井に潜んでおり、リクが遠目に発見して、メイカが魔術で撃ち落としカガヤが止めを刺した。


 毛の色が黒くて分かりにくいが、細心の注意を払えば先に気付ける。

 足元と一緒に気を配る場所が増えたため、行きよりも帰る方に時間がかかってしまったが、さっきの不意打ちのことを考えればそれくらいはした方がいい。

 いきなり攻撃を喰らうのはもうごめんだ。


 梯子の元まで戻ってきても、ゴブリンには遭遇そうぐうせずじまいだった。

 ──ただ、ずっと気配を感じるのだけは変わらずに。

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