第11話『ウェアラット』




 初めて、ウェアラットが群れているのを発見した。

 群れと言っても、たった二匹だ。もしかするとつがいなのかもしれない。


 太い木の幹に隠れて、横目でウェアラットたちの動きを観察する。

 朝、ユキから教わったことが早速活かされそうだった。


 片方のウェアラットは見張りをしているのか、リクとは反対方向を向いてはいるが、耳をピクピクとさせている。これがまず注意して見るべきところらしい。

 どっちを向いているかにかかわらず、警戒を強めているウェアラットは耳を動かす。五感の中でも特に聴覚が発達しているのだそうだ。


 対して、もう一匹のウェアラットは横を向いてこそいるものの、耳は動いていない。あちらを先に不意打ちで倒せれば、一体だけを相手取れるだろう。


 リクはウェアラットから視線を外して仲間たちのところへ戻る。

 正直なところ、この瞬間が一番緊張すると言っても過言ではない。敵から目を逸らして、背後から襲われたら嫌だし。でも、今のところそうはなっていない。


 ハザマサに状況を伝えると、小作戦会議だ。

 といっても大体の作戦はいつも安全な街の中で決めてある。この場で決めるのは、その時の状況に合わせて、どういった作戦を選択するかだ。


「ウェアラット。二匹いるけど、今度こそ一匹には気付かれてない──はず」


「二匹……」とエルが呟き、カガヤが戦斧バトルアクスの先を検める。

 メイカは作戦の要になるのが分かってか息を呑んで、ハザマサは背中から盾を下ろした。深呼吸を挟み、再確認のためにハザマサが作戦を説明する。




「──では、それで。いきましょう」


「おー」


 今回は一匹をメイカが魔術で速攻で倒して、残りの一匹を普通に倒す作戦に決めた。コボルト用に用意していた作戦だが、敵が二体の今回も使えるだろう。

 うち一体にはまだ気付かれていないっぽいし。


 リクは今回はメイカの側につく。万が一、魔術が外れてしまった際、メイカが狙われる可能性が高い。そうなったとき、すぐにサポートに入れるようにだ。


 メイカがぎりぎり狙い撃てそうだという距離まで足元を気にしながら近づくと、

「頼りにしてるよー、りっくん」

 なんて、気の抜けた声でメイカは言ってくる。


 できれば、頼りにならないようになって欲しいけど。

 リクはメイカの体に触れてしまわないよう気を払って顔を近付け、耳打ちする。


「うん。……そこに見える、右側のウェアラット。耳が動いてない方を狙って」


「……。分かった」


 リクの指示にメイカがゆっくりと頷く。

 空気が張り詰め、彼女が集中し始めたのがこっちにまで伝わってくる。


 魔方陣の展開には音が鳴らない。

 無音で幾何学きかがく模様もようが杖先の虚空に出現して、その約一秒後。


「──……【火弾ファイアバレット】」


 ささやくような詠唱。


 直後、メイカの側に立っているリクも熱さを感じるほどの熱量を持った火球が魔方陣から飛び出し──そのとき、ちょうどこちらを向いたウェアラットの顔面にクリーンヒットした。火の粉を撒き散らしながら火球は爆散し、パァン、と風船が弾けるような大きな音を立てる。


「っし……!」

 思わずリクは声を上げた。魔術は制限がある分、威力は強力だ。

 まともに直撃したら魔物といえどただでは済まない。


 しかし、まだ油断はできない。


 魔術を受けたウェアラットが後ろに倒れ込むよりも早く、もう一匹のウェアラットは動き出していた。まっすぐこちらに向かってきている。


 カガヤとハザマサは既に飛び出しているが、ウェアラットの方が早い。

 齧歯を剥いて飛び掛かってくる。


「メイカ、下がって!」

 リクはメイカを背後に、すぐさま前傾姿勢になり迎撃態勢を取る。

 だが、まだダガーは抜かない。柄に手をかけるだけに留める。


 斥候スカウトは、亜人種の魔物と対峙する時はぎりぎりまで武器を構えない。奴らには目に見える危険に気を払うだけの頭があるからだ。

 それを逆手にとって、弱い相手だと錯覚させる。攻撃の手段も持たない人間だと思わせる。警戒を厳となし、敵には警戒させるな。そこに生まれる隙を狙え。


 後二メートル、一メートル──、今だ。


 そうして限りなく引きつけて。

 ウェアラットが不用意に間合いに入った瞬間、リクはダガーを抜いた。


「〈斜刃スラント〉……ッ」


 手首を捻り、順手に引き抜いたダガーを斜めに振り上げ攻撃する。ウェアラットは真っ直ぐ突っ込んできていてすぐには止まれない。

 とはいえ予想通り、柔らかい身体を捩って横にかわされる。


 だが〈斜刃スラント〉の利点は、そのまま引き斬る攻撃に派生できることだ。無理な体勢で回避行動を取ったウェアラットは、これ以上躱す余地がない。


 リクは右足を軸に体ごと腕を回して、横殴り気味にダガーの刃をウェアラットの後頭部に叩きつけた。刃は毛皮を裂いて、嫌な感触をリクの手に残す。


「シャァァ……ッ」とウェアラットは体を震わせる。

 致命傷だろう。だが、まだ死んではいない。敵が立っている限り気は抜かない。


 リクは返す刀でダガーをもう一度横に一閃。

 今度は距離感を見誤って、裏拳がウェアラットの鼻先にめり込んだ。


「らぁッ──!」

 そこでカガヤの声が聞こえ、リクは慌てて一歩引いた。


 後ろに下がったウェアラットを、横から飛び行ってきたカガヤが踏み倒した。それから戦斧が振り下ろされ、ズダン、と大きな音を立てて地面に突き立った。

 再びカガヤが斧を振り上げると、刃の先から血が滴り落ちた。


「これで二体、か」


「幸先よくいきましたね」

 もう一体の死骸を確かめ、焦げた耳を切り取っていたハザマサが立ち上がった。


 その後ろで、エルはまた祈りを捧げている。


 ふと、リクが振り返ると、メイカは杖を握りしめたままへたり込んでいた。

 視線が合うと、ふにゃっと笑った。


「腰、抜けちゃった……。ありがとう、りっくん」

 服の裾を掴まれながら言われると、ドキッとしてしまう。


「こちらこそ、メイカが一匹減らしてくれたおかげで上手くいったよ」

「……うん。ウェアラット、一匹。殺しちゃったんだよね」


 杖先を見つめるメイカのその顔は、何かに葛藤かっとうしているようだった。生き物を殺すことに抵抗がある。それはリクも同じだ。

 まだ若干、嫌な感触が手に残っているくらいだし。


 でも、それにもいつかは慣れないといけない。

 少なくともエル・フォート以外の安全な区画に行けるようになるまでは継告を行わなければ。稼ぎも必要だし、加護も必要だ。そのためには魔物を狩るしかない。


 正直、まだ魔物との戦争に直面していないから思うところはある。

 ウェアラットが何をしたんだって話だし。


 でも、ウェアラットだって人を襲うし、街に入れば家畜や穀物も荒らすらしい。

 魔物を狩るのが普通なミスルトゥに慣れていないのはリクたちなのだ。


「それでは」とハザマサが言った。

「また少し休んだら、次の魔物を探しに行きましょうか」




     ◇




 この日、リクたちは初日のことが嘘のようにウェアラットに遭遇した。

 一匹に三回、二匹にもう一回。一匹逃した以外は誰も大きな怪我もなく仕留め、耳を切り取った。合計で六匹分、六〇〇セル。一人あたり一二〇セルの稼ぎだ。

 前日比で三倍の額。これには流石に皆で喜んだ。


 お腹いっぱい食べつつ多少は貯金もして、宿舎にも泊まることを考えると一日九○セルは欲しい。その点、今回の報酬額は要求を満たしている。

 本当はこれを毎日続けたいわけで、そう楽観してばかりもいられないのだが、喜びに水を差すこともなかった。少なくとも今日は上手く行ったことを喜ぼう。


 街に戻って継告けいこくの報告、換金を済ませて。

 そこで、初日以来食べていなかったカウシの肉を二本分食べた。


 一緒に商店街まで来ていたカガヤが「この肉、旨いよな」と言った。

 どうやらカガヤも食べたことがあったらしい。それからお互いに美味しかった店の食べ物を教え合って、同時に好みも何となく分かった。カガヤは肉好きだ。


 カウシが二番目で、酒場で食べたレプの肉が一番美味しかったとのことだ。

 とはいえコスパを考えるとカウシが一番いいとカガヤは言っていた。


 今日の狩りではコボルト二匹の群れには遭遇しなかったため、魔石がどれくらいの換金額になるかは分からずじまいだったが、それでも腰の巾着袋が重くなったことに嬉しさを隠せなかった。


 夜は部屋で、ベッドに寝転がって天井を見上げて。

 ハザマサとカガヤと、お金に余裕ができたら何を買いたいかという話をした。


 ハザマサは歯ブラシに服が欲しいと言い、カガヤは斧の他に武器が欲しいと言っていた。また、後衛女子組の防具も整えたいという話になった。

 今は遠距離攻撃をしてくる魔物がいないが、魔物の中には武器を持ったり魔術を使ったりするものもいるという。胸当てくらいはあった方がいいという判断だ。


「リクさんは、何か欲しいものはあるんですか?」

「俺は……なんだろう。お腹いっぱい食べたいし、普段着とかタオルも欲しいし。……あと、石鹸せっけんも欲しいな。髪とかずっとボサボサのままだし」


「割と強欲だな」

 と、カガヤが反応してくる。


「強……そうかな。でも、欲しいものってだけで、買うかは分からないし」


「でも、やりたいことや欲しいものが多い方がいいですよね。目標になります」


 言われて、リクはなるほどと思う。


「そうだね。……そう思う」

 確かに、目標が薄かった初日よりは今の方が充実している感じはある。


 今後の目標。生活水準を上げたい。

 今の生活に文句があるかと言われれば、ないとは言えない。せめてあと少しいい布団でぐっすりと眠りたいし、食事に美味しさも求めたい。


「──俺の目標、なんですけど。もう少し生活に余裕ができたら、俺は元の世界に帰るための手がかりを探してみようと思います」

 ハザマサは天井に向かって腕を伸ばして、虚空を掴むような動きをした。


 少しずつやってきた眠気にリクの返事が遅れると、カガヤが先に応えた。

「元の世界、か。誰も帰った事例はないって言ってたが」


 ぼーっとする頭で思い出す。

 探索者ギルドのマスター──エリオダストが最初に言っていたことだ。迷い子たちは異世界からやってきたとされているが、元の世界に帰った者はいないと。


「ですが、エリオダストさんは可能性があるとも言っていました。……なんの根拠もなしに言ったわけでなければ、そこに繋がる手段に心当たりがあったはずです」


「……お前は。元の世界に帰りたいのか? ……何も覚えていないのに?」


「はい。ですので、そのあたりも含めて調べられたらと思っています」


「そうか」


「カガヤさんはどうですか。これって目標はありますか?」


「俺は──……強くなって、稼げるようになる。今は、それだけだ」


 即答気味に、しかし若干歯切れの悪い喋り方でカガヤは呟いた。……何となくだけど、カガヤは他に見定めている先がある気がした。追及はしなかったけど。


「……それも良い目標だと思います、カガヤさん。頼りにしてます」

「…………」




 そこで一旦、話が途切れた。

 無言でいると、部屋の暗さもあって徐々に眠気がまさっていって。


 誰からともなく話は終わった。

 眠りに就いて。今日がまた、終わっていく。




     ◆






 ・探索者資格ライセンス

┌──────────────────┐

 名前:ハザマサ

 探索者Lv:1

 職業:従騎士スクワイア


 加護:《戦意の加護》、《重装の加護》

 技能:〈身構えスタンス〉、〈打撃ストライク

└──────────────────┘


・《重装の加護》:装備した武器や防具の重量を低下させる。

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