第10話『別パーティの動向』




 その日の夕方。

 街に帰還したリクたちは早速ウェアラットの耳を換金しに向かった。

 継告けいこくの報告や魔石、討伐部位の換金は探索者シーカーギルドで行われる。


 そして、ギルド職員から聞かされた言葉に愕然がくぜんとした。


「一匹当たり、一〇〇セル……ですか」

 報酬を受け取ったハザマサが苦々しい表情で銅貨を握り締める。


「はい。ウェアラットに素材的価値はないので、継告の報告という形になります」


 事務的な対応をする男性職員。

 普通に対応しているだけなのだろうが、口調が厳しく感じる。


 ウェアラットの耳に価値がないため、戦って継告した分の報酬金だけが貰える。

 理解はできる。でも、納得できるかと言われれば違った。

 いや、納得するしかないんだけど。


 ハザマサは落ち着いた口調を保って、職員に聞いた。


「……参考までに、素材的価値がある魔物について聞いてもいいですか?」


「そうですね。この辺りだとダンジョンに棲むゴブリンは何らかの素材を持っていることが多いですし、魔獣ですと魔石に価値があるので報酬も高額になります」


「分かりました。ありがとうございます」


「そちらの皆さんと今回の報酬をお分けするのであれば、当ギルドで両替は行えますが、いかが致しますか?」


 善意から聞いてくれたのだろうし、ありがたい申し出ではあったが、そう聞かれることが、稼ぎの少なさを馬鹿にされているようにも思えた。

 ただハザマサはやはり大人で、無表情のまま頷いた。


「そしたら、お願いします」


 そんな風なやり取りをすぐそばで聞いて、皆揃って肩を落とした。


 一人あたりの稼ぎがぴったり四〇セル。今日の分の宿代と、ちょっと節約した一食分くらいの稼ぎ。きっと皆同じように感じたはずだ。

 はっきり言って、少ない。毎日これじゃ足りない。

 あれだけの危険をおかして苦戦もして、たった四〇セルっぽっち。


 けれど誰に文句を言えるでもなく、その日はお開きになった。


 ウェアラットを倒せたのだ。進展がないではなかった。

 もしかすると明日はコボルトも倒せるかもしれない。コボルトは魔物の中でも魔獣にカテゴライズされるため、体内に魔石がある。それを換金すれば稼ぎになる。

 というか、そうでも思っていないとやってられなかったのが大きい。


 幸い、この日は朝から昼過ぎまで森にいた関係上、腹持ちのいい携帯食料の干し肉を食べていたため、少し我慢すれば夜ご飯を抜かすこともできた。


 示し合わせたわけではないが、カガヤとハザマサも同じく夜は食べないことを選んだようで、三人して部屋にお腹の音を響かせながら、夜は更けていった。




     ◆




 逆手に持ったダガーを、虚空に向けて思い切り振り抜く。

 師匠の突きとは速度が雲泥の差だ。ダガーが風を切る音がまるで違うのだ。


 ある程度脱力して振るのがコツらしいが、それだと威力を乗せるのは難しい。敵の動体視力の限界を突く。そのうえで威力も、命中させる精度も必要になる。


 どれだけの回数、ダガーを振り続ければその境地に至れるのかは分からない。やり方が合っているかも分からないけれど、やってみなければ何も始まらない。


 突きの素振り。取り敢えず二〇〇回。

 強くなるため毎日少しずつやろうと思い、今朝から始めたのだ。

 師匠の教え通り、素振りの回数は控えめに、代わりに一挙手一投足に気を配る。すると百回目には意外と疲れてくるし、時間がいくらあっても足りなくなる。


 まだ空が明るくなり切る前の時間帯。

 宿舎の共同スペースである中庭。


 ダガーを鞘に納め、額に滲む汗を拭って、部屋に繋がる渡り廊下に腰掛ける。

 革袋の水筒から水を飲むと、生き返る感覚があった。


 ミスルトゥは四季の概念があるのかないのか、気候は快適だ。

 でもその分、動けば暑いし水を被れば寒い。洗濯の時に使う井戸水なんて相当冷たくて、洗っている指先の感覚がなくなってくるほどだ。


 リクたちは異世界から来たということだが、元の世界はどうだっただろうか。

 なんとなく、四季のある世界から来た気がする。そうでもなければ四季なんて概念自体、知ってるわけがないし。記憶喪失にしても曖昧だ。

 こうして覚えていることはあるのに、肝心なことが何も思い出せない。

 まるで、誰かが都合の悪い記憶だけ消しているみたいだ。

 ……考え過ぎかもしれないけど。


 今日も魔物を狩りに行く。ほどほどで切り上げた方が良いだろう。

 あと少し、素振りで感覚を掴んだら終わりにしよう。


 お腹も空いた。

 夜ご飯こそ抜かしたが、朝まで食べないと今度は大事な時に動けない。あまり美味しくはないけれど、お腹に溜まる堅焼きパンを食べよう。


 そんな風に考え事をしながら休憩を取っていると、渡り廊下の向こう側から足音と、木製の廊下が軋む音が聞こえてきた。

 それも、女部屋のある方からだった。

 ギルド宿舎にはリクたち以外にも一応、何人か人が泊まっているらしい。

 あまり会ったことはないのだが。


 エルやメイカならまだいいが、それ以外の人だと上手いこと話せる自信がなくて、リクは再び立ち上がって素振りに戻ろうとする。


「あの──」


 ……したのだが、予想だにしないことに、向こうから声をかけられた。

 しかもエルの声でも、メイカの声でもなかった。


 無視するわけにもいかず、リクは振り返る。

 と。声をかけてきたはずのその少女は、リクの顔を見て目を見開き固まった。


 やっぱりだ、と溜め息を零したくなる。

 顏から顎の下に広がるあざがリクの人相にんそうを悪くしており、未だに街を歩いているとリクだけが異様な目で見られることも多い。今回も同じ反応だろう。


「……えっと。用事がないなら、戻っていい?」

 何とも言えない気分にさせられながら足を踏み出すと、少女が歩を詰めてきた。


「あ、そのっ。今のはちょっと、びっくりしただけで。……ごめんなさい」


 よく見てみれば、何となく見覚えのある少女だった。

 大きくて丸い目に高い位置の眉が特徴的な童顔に、色素の薄い髪。髪型も珍しく、アシンメトリーな長さのロングヘアを右側でわえている。

 ところどころ意匠が違ったりはするが、ぴったりとした服装。リクと同じ斥候スカウトらしき恰好をしており、その上からケープのような外套がいとうを羽織っていた。


 思い出せそうで思い出せない。

 リクがじっと眺めていると、少女は意を決したように口を開いた。


「その。あなたと私、前に会ったことないかな……?」


 その言葉がきっかけで、思い出した。

 リクが初めて探索者シーカーギルドに行ったとき、リクたちの他にいた四人組の中の一人、一礼をして去って行った少女だった。


「ああ……多分、この世界に来た日、探索者シーカーギルドで」


「あ……それも、あるんだけど。そういうことじゃ、なくって」


 そういうことじゃない、ならどういうことだろうか。彼女は一度見たら容易には忘れないような容姿ではあるんだけど。

 単純に可愛いし、なんとなく、リクの好みに結構近い。

 思い返そうとじっくり考えていると、考え過ぎか軽い頭痛がしてきた。


「……。ごめん、それは思い出せないや」


「そっか。ごめんなさい、きっと勘違いだよね」

 少女は思案げに眉をひそめて、それから納得したように頷いた。


「私、ユキっていうの。あなたの名前も、聞いてもいい?」


「リク、だけど」


 聞かれるままに名乗ると、ユキは「やっぱり」と言って手を一つ叩いた。


「あなたがリクさん、だったんだ」


「誰かから聞いたの?」

 そんな有名人じゃない。というか無名なはずなんだけど。


「うん。……といっても、たまたま聞こえちゃったんだ。私、二人──エルさんとメイカさんと同じ部屋で。……まだあんまりちゃんとお話ししたことはないんだけど、たまに話してるのが聞こえてきて。それで」


 つまり、女子組の話題に上がっているということなのか。

 それはちょっと何というか、緊張する。自意識過剰かもしれない、というか十中八九そうだし、別に恋愛感情とかがあるわけでもないんだけど。

 なんだろうか。愚痴とかじゃないと嬉しい。


 それにしても。探索行動中は安全上あまり話さないがエルとメイカは仲がいい。

 前に、朝ごはんを一緒に買っているところも見たことがあるし。


 気が合うのか、話が合うのか。

 どちらにせよ仲間の関係が良好なのはいいことだ。リクもハザマサはまだ仲がいいと言えるとして、カガヤとはもう少し話してみたかった。


「……それで。その、何でユキさん、は俺に話しかけてきたの? いや、悪いとか迷惑とかじゃなくって、純粋に気になっただけなんだけど」


「ユキでいいよ。話しかけたのは……その恰好がまず一つ目の理由で」

 ユキはリクの全身を頭から爪先まで見下ろしながら言ってくる。確かに、同じ職業っぽい新人がいたら話しかけたくもなるかもしれない。

「あとは、困ってそうだったから、力になれないかなって」


「困ってそう? 俺が……?」


 確かに困ってはいる。昨日の収益が少なすぎて。

 でも、彼女だって新人のはずだ。お金に余裕があるとは思えない。


「うん。何かのご縁だし、ちょっと話さない?」


 ユキは体育座りの要領で渡り廊下の縁に腰掛け、リクへ手招きした。

 素振りもそろそろ止める気だったし、断る理由もなかった。




 そこからしばらくは他愛ない会話をしていた。

 不思議なことに、初対面の割にはすらすらと話すことができた。前々からの知り合いでもないと中々こうはいかないのだが、波長が合うのかもしれない。


 お互いに、この世界に来てからのこと。ユキの所属するパーティのこと。

 ミスルトゥで好きになった食べ物、斥候スカウトギルドでの話。

 ユキはフェインではなく、別の指南役の人から修練を受けたらしい。考えてみれば当然だ。あの五日間、リクの他に斥候スカウトギルドの扉を叩いた人はいなかった。

 知らないだけで、同名の職業ギルドがどこかにあるのだろう。


「──そっか、趣味はまだないんだ」


「生活に精一杯って言うか、有り体に言えば稼ぎが少なくて、そっちに気を回す余裕がないというか……」


「昨日、エルさんとメイカさんも話してた。……お金のこと、大丈夫かなって。でも、皆でウェアラットは倒したんでしょ?」


「まあうん。なんとか、って感じだった」

 不意打ちは上手くいったが、まともに戦った次の一戦は辛勝だった。


「それでも凄いなぁ。私も見習わなきゃ」


 いやいや、とリクは思った。

「もうコボルトの群れも、他の魔物だって倒してるなら、ユキのパーティーならウェアラットくらい余裕なんじゃないかな?」


「私のところは……リーダーがすっごく強い人だから。イホロイさんっていうんだけど、一人でコボルト二匹をさくっと倒しちゃうくらい」


「それは……すごいね」

「うん。だから、私は凄くないの。きっとリクさんの方が強いよ」


「いや、そんなことは──」

 リクが反論しようとすると、でも、とユキは言葉を続けた。


「ウェアラットとコボルトならもう何度か倒したから、ちょっとは役に立つ情報もあると思う。もう知ってることなら役に立てないけど……」


「いや、なんでもありがたいよ。でも、ただで教えてくれていいの?」

「うん。私も、ただで知ったことだから」


 そう言って、ユキはいくつかの有益な情報を教えてくれた。

 そうして話している間に空が明るくなってきて。共同スペース内や渡り廊下にも人がちらほら来るようになってきた。


 リクはおもむろに顔を上げ、空を仰ぐ。

「……そろそろ、時間かな。朝ごはん食べて行かないと。その、色々ありがとう。勉強になったし、きっと役に立つと思う。何もお礼ができなくて悪いんだけど」


「ううん。私のも受け売りだから」


「あの、さ」と言って、リクは立ち上がるユキを引き留めた。

「……また、こうして話してもいいかな。こっちから教えられることとかはあんまないかもしれないけど……なんか、こう。懐かしい感じがして」


 自分でも何を言っているのか分からなかった。

 懐かしい、そう感じたのは確かだ。でも、それが伝わるかと言えば別だろう。


 案の定、ユキは一瞬困惑したような表情を作った。

 しかし次の瞬間には何事もなかったかのようにこくりと頷いた。


「それじゃあ、また趣味ができたら聞かせてね」

 ユキはにこっと笑うと、一礼をしてから元来た廊下の方に戻っていった。

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