第二章 この先に征ける者
第1話『戦利品』
──思わぬゴブリンの群れとの交戦の後。
足が重い。全身が疲労を訴えかけていた。でも、やることがいくつかある。とりあえず荷物類は宿舎に持って帰って、ハザマサをベッドに寝かせて。
目立った怪我のないエルとメイカとはそこで解散した。
エルはまだかなり落ち込んでいるようだったが、仲の良いメイカに任せておけば大丈夫だろう。部屋も違うし、こっちからできることは多分、あまりない。
それから、カガヤと一緒に街の中腹にある教会に向かい、【
というか、肩の火傷は明らかに治した方がいい。見るからに痛そうだ。
代金はリクも払うと言ったが、いらないと断わられた。
一八○セルという安くないお金を支払って、教会の
話を聞くと、疲労まで抜けたらしく、ハザマサも連れてくればよかったかなと思った。まあ、教会までの距離もそれなりにあるし、明日でもいいだろう。
以前、エルが体力が回復する奇跡もあると言っていた。
確か【
そのあとは、帰るついでに商店街に夜ご飯を買いに行った。
商店街は例の球型照明器具によって、遠目からでもきらきらと輝いている。狩りから帰ってきた大勢の
やっぱりこの街は、夜の方が騒がしい。その喧噪も普段ならそこまで気にならないが、疲れ切った身からすれば若干うるさく感じる。
カガヤのあとを着いて向かった先の屋台で、列に並び、いい匂いのする肉挟みパンを四つ買った。ちなみに野菜類は何も挟まっていない。肉とソースだけだ。
カガヤ曰く、それが美味しいらしい。
二人で割り勘、計六〇セルと夜ご飯にしては奮発した。
探索者に人気の品ということで一つ十五セルと割高だが、探索者向けの食事は基本的にまあまあな量がある。
その例にならって肉挟みパンも大きく、片手にはぎりぎり収まり切らないくらいのサイズ感だった。食べ応えがありそうだ。
一人一つ、カガヤは二つ食べるらしい。
宿舎に持って帰ってハザマサに渡すと「いくらですか?」と聞いて巾着を取り出そうとしたため、「お金はいいよ。地図代のお返し」と言って押しつけた。
自分の分のパンにかぶりつくと、肉汁があふれ出てきて相当美味しかった。食事好きなカガヤが選んだ店なだけはある。
ハザマサも「旨いですね」と
そうして疲れ切った身体を休めるためにベッドで横になると、すぐに眠気が襲ってきた。というか、夜ご飯を食べている時から既に眠かった。
お風呂も着替えも考えもせずに、この日は眠りに就いた。
◇
翌日。目が覚めた時には日が昇っていて、二人は先に起きていた。
リクの日課である朝の素振りはできなかったが、そういう日もあるだろう。
それだけ昨日の探索で疲れていたのだ。
初めて冒険をした気分だった。決断をして、先に進んで。
成長を実感したと共に謎もあったが、無事に帰ることができた。
二人と今日の予定を話し、各々用事を済ませるため一旦解散する。
カガヤは再度ベッドに横になり、ハザマサは決まった予定を伝えるために、エルとメイカのいるであろう女子スペースへと向かってくれた。
宿舎は入り口のところで男女別となっている。それぞれ連絡を取りたいときは宿舎の管理をしている人に伝えれば、部屋まで伝えに行ってくれるのだ。
リクも部屋を出て、宿舎一階にあるお風呂に向かう。
お湯は自分で沸かす必要があるが、時間は問わずに水浴びは可能だ。
着替えを兼ねて、お風呂で水浴びをし終えて。脱いだ服は洗濯して干す。
そこで気付いた。ゴブリンメイジの魔術を受けた服が焦げてほつれていたのだ。
破れくらいなら縫えるが、これは新しいのを買った方が良いだろう。
修練中からお世話になった服だが、仕方ない。
先日朝ご飯に買っていた、堅いパンとチーズを食べて。
それから、前日の戦利品を持って、皆揃って
戦利品はグレムリンの魔石と角、ゴブリンの耳が十六、ゴブリンの首から下げられていたネックレスや、ガラクタ類。そしてゴブリンメイジの使っていた杖だ。
ギルド職員に討伐部位を渡し、
「──はい。グレムリンが一匹にゴブリン十六匹、たしかに確認しました」
継告料だけを渡される。この時点で過去最大の稼ぎだ。
加えて、用途の分からないガラクタ類もそこそこの額で引き取ってもらえ、稼ぎは合計で二六二五セルとなった。
一人あたり六五○セルとちょっと。ここ数日の稼ぎとしては破格だ。
「二六〇〇セル……って、すごいよね……! やった、エルちゃん!」
額を聞いてメイカが喜び、エルに飛びついていた。
エルはまだ元気を取り戻していないようで、されるがままだった。
その後、メイカはリクの方にも来て、飛びつかれるかと一瞬身構えつつ心の準備をしておいたが、手を挙げてハイタッチするにとどまった。
良かったというか、少し残念というか。
ハザマサもハイタッチをして、カガヤには無言で断られていた。
そしてメイジの杖だが、かつて他の探索者が使っていた杖の可能性が高いらしく、換金もできるがそのまま使っても大丈夫らしい。
魔力を僅かに増幅させる効果付きとのことで、これはメイカのものとなった。
得られたものは大きい。
ただ、危なかったことを反省し、改めて気を引き締める。
ひとつ決断を間違えれば、誰かの死も有り得た。
でも、結果的には上手くいったのだ。
ここは喜ぼう。
◆
まだやるべきことは残っている。大通りに向かう。
リクたち前衛組の装備品の新調と修理だ。
リクは服に胸当て、靴裏に張っているコボルトの皮も擦れていた。交換時だ。
カガヤも肩当てをできる限り値切って買い、ハザマサの装備については、盾はいいとして
剣は新しく、長さや重さが近くて比較的安価なブロードソードを購入し、鎧はサイズのこともあり流石に高価なため、鍛冶屋に修理に出すことになった。
耐久度は気になる程度まで落ちるため長くは使えないらしいが、新調と修理費とでは文字通り値段の桁が違う。ならもう少し使ってから新しくしたい。
一通り用事を終えたときには、ちょうどいい時間になっていた。
リクは今朝から考えていた台詞を、詰まりそうになりながらなんとか口に出す。
「……お腹空かない? 良かったら、なんだけどさ」
と、大きな看板を掲げる店を指さすと、皆頷いてくれた。
大通りには
少し前から目はつけていたのだが、一人で行くには抵抗があって入れずにいたのだ。こんなときくらいでないと行けないし、いい機会だと思った。
祝勝会だ。
ロデュリカという不思議な名前の料亭に入ると、大きい店らしく、店員がやってきて席まで案内してくれた。店内は広く微かに酒の匂いがする。
席に座るとすぐに人数分のお
他の
大きな骨付き肉だ。どう見ても旨そうで、見ているだけで
視線を戻すと同じ方向を見ていたカガヤと目が合った。予想というか多分、きっとほぼ確実に、カガヤはあの肉を頼むのだろうと思った。
注文はメニューが机に置いてあり、そこから頼む方式だ。
書かれてあるご飯の値段はやや高いが、想像以上というわけではない。
各々好きなメニューを(メイカはエルにメニューを読み上げてもらって)選ぶと、手を挙げて注文して、やがて机上に美味しそうなご飯が並んだ。
ちなみにお金は注文の時点で払う決まりらしい。
リクが頼んだのはパンを浸して食べるシチューだ。
ごろりとした肉がたくさん入っていて、とろっとしたシチューは値段以上の味がする。パンも普段食べるものと比べて白く柔らかくて、ふわりとした食感だ。
こんなのを食べてしまってもとの食事に戻れるだろうか。
いや、毎日豪遊するわけにもいかないし戻るしかないんだけど。
今のうちにしっかり味わっておこう。
美味しくてスプーンを動かす手が止まらない。
視線を上げると他の皆も各々頼んだメニューを黙々と食べている。
と、そこでメイカと目が合った。
「こうして皆で食べるのって、初めてだよねー?」
対面側に座るメイカは微笑みながら、機嫌の良さそうにポニーテールを揺らす。
「そういえば……そうだね。大体、買い食いで済ませてたし」
安くお腹を膨らませることを主目的に、できるだけ美味しいものを探す。
それも楽しかったが、高い食事には手を出さなかった。
他の皆がどうだったかは知らないが、稼ぎは同じなわけだし、きっと同じだ。
いや、そんな余裕がなかったというのが
「本当に、ありがとうございます。皆さん」
「最初こそどうなるか、という気持ちもあったかと思いますが、……俺はこのメンバーでパーティを組めて良かったです」
顔色は昨日に引き続きやや悪いが、その口角は少し上がっている。最近はハザマサも感情を表に出してくれることが増えた。
リクも目尻を緩めて、その言葉を肯定する。
自分たちで言うのもなんだけど、悪くない──いや、いいパーティだと思う。
戦闘に関してもそうだし、人間関係も良好だし。
なにより一緒にいて安心できる。
「クサい台詞だな」
いつの間にかスパイシーな香りのする骨付き肉を平らげていたカガヤが言う。
ハザマサは「すみません」と謝ったが、
「別に、文句を言ったわけじゃない」とカガヤは腹をさすりながら返す。
「わ……私は、」
エルが何かを言おうとして、視線を受けてかやっぱりやめて口を
すぐさま隣に座るメイカがその頭を撫で、「うんうん」と何やらフォローっぽいことをしている。エルはくすぐったそうに目を細め、唇を噛んだ。
それから、また少しして口を開いた。
「……私も、このパーティで良かったです。……昨日は、ごめんなさい」
ぺこりと下げられた頭にリクは首を横に振る。
「謝ることなんて、ないんじゃないかな」
「……でも」
「悪いことしたわけじゃないし。皆、エルにはいつも助けられてるしさ」
それっぽくフォローしてみるが、上手い言葉が見つからない。
「誰もエルさんのことを責めたりしませんよ。むしろ昨日も言った気がしますが、ありがとうございます。エルさんの奇跡のお陰で助かりました」
ハザマサが告げるとエルはゆっくりと顔を上げた。その目は少し
メイカがエルにまた手を伸ばして、今度はその頭をぎゅっと抱えた。
「エルちゃん、いいこだねえー」と頭に頬ずりをして。エルが頬を真っ赤にして「え、あ……」と零し、思わずリクはその光景から目を逸らす。
……だって、エルの顔が完全にメイカの胸で隠れている。
ぎゅっと潰れる柔らかそうな見た目は、視覚的な刺激が強過ぎる。
やばい。普通に。目の毒だ。
エルも弱々しく抵抗しているが、それがさらに刺激を強くしているというか。
しかもメイカはそれを一切気にしてなさそうなのがまた、と一瞬の間に考えていると、同じく目を逸らしたらしいハザマサと目が合った。
それがなんとなくおかしくて、お互いに笑ってしまいそうになる。
ふと気になってカガヤの方を見ると、どういう感情なのか、カガヤだけは絡み合う二人を何事もないかのように眺めていた。
……耐性があるのだろうか。いや、何の耐性だよ。
こほん、とハザマサが分かりやすい咳ばらいをした。
手を(頭を)止めたメイカの拘束から、やっとエルが逃れる。ちょっと本気で抵抗し始めていたのか、少しその息が荒い。
そのあたりで急にカガヤが挙手し、店員を呼んだ。
「ここは、酒は取り扱ってるのか?」
「ええ、もちろんです。エールですか? ラガーですか?」
「果実酒はあるのか?」
「そちらももちろんです。種類こそ酒場よりは少ないですが、探索者さんのニーズに応えるにはお酒は必須ですから」
「……だそうだが? 俺はラガーにする」
カガヤがテーブルの方を振り返って、皆に聞いてくる。
元々飲む気はなかったわけで、でもそう言われると気にはなってくる。
ギルドでも商店街でも、
ふとハザマサの方を見ると、じっくり考えているような表情だった。
ややあって、ハザマサも決心がついたようだ。
「祝勝会ですし、今日くらい昼間から飲んだとしても罰は当たりませんよね。……じゃあ、俺はエールをお願いします」
ハザマサから視線が返され、リクは慌てて注文する。
「あ、なら……俺も同じので」
「あたしとエルちゃんは、果実酒かな?」
「……私は、お酒はあんまり」
困ったように眉を八の字にして、エルが言う。
あまり意思を強く出さないエルがそう言うなら、無理には勧めない。
「じゃあー、あたしの分だけ。えっと、お願いします」
メイカの注文を最後に、メモを取っていた店員が、
「かしこまりました。エールが二杯とラガー、果実酒が一杯ずつですね」
と注文確認をして厨房の方へと下がっていった。
酒が届いて、飲んで。カガヤが追加の酒やつまみを頼んだりして。
そうして、皆にも酒が入ってから、本格的に祝勝会らしい雰囲気になった。
浮ついた気分で、ミスルトゥに来てからの色々、普段の生活のことだったり、昨日の探索で得た報酬金の使い道なんかを話し合った。
周りに他の客があまりいなかったこともあり、気兼ねなく騒げた。
◇
やがて、いつの間にかリクは眠ってしまっていたようで、起きると部屋のベッド上で寝かされていた。ハザマサかカガヤが運んでくれたのだろう。
申し訳なさと若干の気恥ずかしさがあったが、後悔先に立たずだ。
……飲む時は気を付けた方がいいかもしれない。
窓の外はまだ暗く、当の二人はまだ眠っていた。
まだ若干酒の残る頭で、窓の外を眺める。
面してはいないとはいえ、大通りに近い宿舎には外の音がよく聞こえてくる。
外では探索者たちが酒を飲み、騒いでいるのだろう。今では慣れたが、最初の頃は疲れがなければ、騒がしさで眠れなかったはずだ。
──最初の頃と比べて、リクたちは色々変わった。
稼ぎも少しは安定してきたし、厳しいところだって乗り越えたと思う。
そろそろ、目を向けられるものも増えてきたんじゃないだろうか。
例えば、宿舎は居心地が悪いというほどじゃないけど、夜はうるさいしベッドは固いし、何より一人になれる場所が風呂場とトイレを除いてほとんどない。
ご飯は出てこないうえ、料理をしようにも、食事処の料理場は、既に他のパーティらがよく使うものとして占領されている感すらあるし。
だから買い置きしていないと、毎回商店街まで出向かないといけない。
そういった部分は実際、かなり不便だと思うことがある。
いいところは安いところと、立地がいいところだけだ。
別のもう少しいい宿を拠点にしたい。そんな欲も最近は出張ってくる。
そのためにはもう少し、高額で安定する狩場を見付けなければ。
また職業ギルドで修練を受けるのもいいかもしれない。強くなれば、倒せる魔物の種類も増える。安全に強くなるなら修練が一番だろう。
まあ、死ぬ一歩手前くらいにはへろへろになる覚悟は要るが。
あとはハザマサも以前に言っていた──元の世界に帰る方法。
それについても、調べてみたい。といってもまだ何の手掛かりもないため、調べが難航するのは目に見えているが、少しずつでも進捗が欲しい。
正直なところ、リクとしてはまだ実感がない。元の世界に帰りたいという気持ちも分かるような、分からないような感じだ。
でも、なぜだか最近は、その場で足踏みをすることに危機感を覚えるというか、何もしないことに対して焦りみたいなものを感じている。
もしかすると、ハザマサやエルが危険な目にあったことから、かもしれない。
例えば──きっとあの場にいたのが師匠のフェインなら、ゴブリンの作戦には引っ掛からず、巣くらい一瞬で潰してしまっただろう。
強くなりたい。最低限、仲間を守れるくらいに。
ぎゅっと拳を握り締め、決意を新たにする。
──頑張ろう、もう少し。
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