第8話『噂』




 ──夕刻手前、エル・フォート探索者ギルド。

 継告けいこく、および依頼達成の報告のためにギルドに立ち寄ったリクたちは、普段より割増しの継告けいこく報酬ほうしゅうを受け取った。ホブゴブリンは普段倒している魔物よりも強いだけあって、報酬も高額だ。


 臨時収入としてはかなり良い額で、一人あたり四四○セル。時間対報酬で考えれば、過去最高の稼ぎとも言える。

 まあしばらくはホブとの戦いは遠慮したいところではあったが。

 巾着の口を閉め、心中で喜ぶ。ずっしりとする財布の感覚はいいものだ。


 これなら貯金と合わせ、外征がいせいにあたって装備を新調することもできるだろう。

 メイカとエルの後衛組も、そろそろ念のための防具は買っておいた方がいいだろうし、やっぱりこの依頼を選んで正解だった。


 それから皆で依頼掲示板の前へと移動し、依頼を確認する。


 一応、明日は休みを取るつもりだ。

 それでも依頼を先に選んでおくのも悪くはない。

 依頼の受領保留は一日以上はできないため、別の人が受けてしまえばそれまでだが、そうならなければ依頼はいつまでも残る。

 ある程度の目星をつけておくと次来た時に選ぶのが楽だ。


 と、ハザマサと相談しながら達成できそうな依頼を幾つか見繕っていると。


「──ああ。何があったのかは知らないが、もう二組目だって話だ」


「しかし救助に行ったのはあのイホロイだろ? まさかなあ」

「大したことなかったってやつだ。また依頼が増えるぜ? 報酬次第だな」


 リクたちの隣で依頼を選んでいた男二人組の会話から、知った名前が聞こえてきて、リクはふっと首を振り返らせた。

 白髪の男と丸刈りの男だ。

 普段ならすすんで話しかけられる容貌ではないが、今は話が別だった。


「イホロイって……何かあったんですか」

 自分でもなぜか分からない胸騒ぎを感じて、男たちに問い掛ける。


「なんだ、あいつらの仲間なのか?」

「仲間──……というか、イホロイとは知り合いで。一緒に友達もいて」


 リクがそう答えると、白髪男はばつが悪そうに片手で頭を抱えた。


「そりゃあ残念だったな。あいつらは昨日ダンジョンに向かって、そんでまだ帰ってきてないって話だ。受けたのが別パーティの救助依頼、それもそこまで深いダンジョンに行ったわけでもない。十中八九、もう手遅れだろうよ」


「……え」


 頭が真っ白になる。理解が追い付かないまま思考だけが脳内で巡る。

 イホロイはともかく、ユキも一緒なのだろう。


 昨日といえばイホロイが宿舎の前に来ていた時だ。

 あれがユキを迎えに来ていたのだとしたら、あの後から帰ってきていないのか。


「手遅れ……ってのは」

 ほとんど想像はついているうえで、乾いた声が喉から発される。


 男はあくまで冷静に、問いに答えた。

「言葉の通りだな。全滅したかそれに近い状況ってことだ」


「──……」


 ──あのイホロイがいて、全滅? あり得ない気がしてならない。

 でも、ダンジョンは何があるか分からない場所だ。

 胸中に不安が立ち込めてくる。


「それは──確かなんですか。どこに、行ったとか」


「おっと、それ以上聞くなら情報料だ。銅硬貨一枚でどうだ?」

 ──と。そこでもう一人の男が一歩前に出て、話に割り込んできた。


 丸刈り。表情が意地が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。


「おい……」と白髪男が咎めようとするが、丸刈りは引く気はないらしい。


 探索者なら情報の売り買いは当たり前とは聞くけれど。

 今は人命がかかっているかもしれないのに何を言ってるんだ、と怒りが込み上げてくるが、リクは巾着に手を突っ込んで銅硬貨を取り出し、丸刈りに握らせる。


 丸刈りは満足げに口角を持ち上げると、一歩引いて口を開いた。

「……ま、俺が聞いたのも噂でだがな。飛竜ひりゅう墓標ぼひょうだとよ」


飛竜ひりゅう墓標ぼひょう──」

「行ったことないのか? 街の高台のずっと先にある低級ダンジョンだ」


 リクの呟きに、白髪男が補足してくれる。丸刈りはまだ金を搾り取れると思ったのか若干不満そうな顔をしたが、口は出してこなかった。


「…………」


「ま、新人パーティとはいえ二組も帰ってきてないんだ。低級ダンジョンだからって舐めて突っ込まない方がいい。どうせ明日には依頼も更新される。それを待って確認しに行く方が褒賞金も出るだろうぜ?」


「……イホロイたちは昨日から帰ってきてないんですよね?」


 ぽつりとリクが聞くと、白髪男は薄目になって言い捨てた。


「まあな。言っただろ、生きてる可能性はもう低い。諦めるのが賢明だ」

「…………」


 リクが黙り込んでいると、白髪男はそれ以上何も言わずに背を向けた。


「お前らが行くなら行くで構わないけどよ」

 振り向きざま、丸刈り男は言葉を少し貯めて、告げた。

「行くんなら、念のため遺書くらいは用意しておけよ。新人ニュービー



 話し終わり、男二人が受付の方へと去っていく。

 リクは呆然と掲示板を見上げ、その体勢のまま立ち尽くす。


 イホロイが。死んだ? それこそ想像がつかない。

 ユキもだ。だって、今日の夜には合う約束だってしてたわけだし。


 前に会った時も、そんな高難度の依頼を受けるなんて話は聞いていないし、帰ってきていないのも別の理由があってとかじゃないのか。

 例えば、怪我をした救助対象がいて帰るのに時間がかかっているとか。

 理由は分からないけど、その方が信じられるというか。


 ……いや、そうじゃない。多分、そんな噂を信じたくないだけだ。

 拳を握り締める。切り忘れた爪が手の内側に刺さって、じわりと痛みを感じる。


「…………りっくん」


 背後から不安げな声が掛けられる。メイカだ。

 さっきの話を一緒に聞いていたのだ。不安にもなるだろう。


 イホロイとはほとんど交流もなかっただろうが、ユキとメイカは仲が良かった。

 その友達がもう死んでるかもしれないなんて聞いて、冷静でいられるものか。


「…………」


 でも、返す言葉がない。

 まだ大丈夫だなんて、低い可能性を正当付けられる理由もない。


「はーくん」


 メイカがハザマサの方を向いて、訴えかけるように名前を呼ぶ。

 リクもちらりとそちらを見やると、ハザマサが渋面じゅうめんを作っているのが分かった。


「……俺は反対だ」

 カガヤがふんと鼻を鳴らしながら言い、皆の視線がそちらへ向く。

 反対、というのは助けに向かうことについてだろう。


 溜め息を一つ零し、カガヤはその三白眼でメイカの目を見据えると、

「あいつらの活躍は知っている。そのイホロイが対処できない敵が現れたとして、戦って勝てないならまだしも、そいつから逃げ切れる自信はあるのか?」


「……に、逃げるだけなら──」

「イホロイたちもそう思ったかもな」

 食い下がるメイカの言葉に被せるように、カガヤは続ける。


「ある程度は探索者シーカーとして名の知れてきたパーティだ。引き際だって分かってるだろ。そのうえで逃げ切れなかったから帰ってこられなかった。違うか?」


「…………それでも、助けを待ってるかも」


「そもそも、さっきの奴らが言ってた通りだ。イホロイたちが生きているかも分からない。それでもお前は命を懸けるってのか。俺たち全員の」


 正論というにはあまりに残酷に論じられ、メイカが俯く。

 しかしカガヤは、背負った戦斧バトルアクスの柄を撫でると、だが──と更に続けた。


「勘違いするなよ。あくまで行くかどうかはハザマサが決めることで、俺じゃない。俺はパーティとしての選択に従うまでだ」


 おずおずとメイカが頭を上げる。

 それからハザマサの方を見て、懇願こんがんするような眼で見つめた。


 ハザマサは難しい表情のまま顔に手のひらを宛がうと、


「……俺も、カガヤさんと同じ見解です。戦闘中のイホロイさんを直接見たことはありませんが、話はよく耳にするので。同時期の新人では一番レベル2に近い、とても強い人だと。そのパーティが帰ってきていないダンジョンに、今の俺たちが挑んで帰ってこられる保証はありません。……それに、酷なことを言いますが、彼らが生きているか分からない、という部分も同意します」


 心苦しそうな口調で、ハザマサは声を絞り出す。

 メイカが今にも泣きそうな悲壮な表情を作り、目線を下に向けて唇を噛む。


 咄嗟に慰めの言葉を探しそうになるけど、それは逆効果にもなり得る。

 ──もし仮に、このままユキが帰ってこなかったときに。

 そして今ある情報から、そうなる可能性の方が高い……のだろう。


 しばらく誰も発言せず、ギルド内の喧騒に場が支配される。

 ざわざわと会話の波に紛れて、楽な方へ思考を放棄してしまいそうになる。

 ──ここで俺たちが考えても栓のないことだと。明日、別の強い探索者シーカーパーティが助けに向かってくれるのを待つほかないと。


 メイカが完全に項垂うなだれてしまい、エルが心配そうにその側に寄っていく。


「ですが」と次に口を開いたのはハザマサだった。

「……生きているか分からない、というのは裏を返せば、まだ彼らが生きている可能性が残っているとも言えますよね」


「……はーくん」

「……。リーダーとしては、皆さんを危険に晒す選択は下したくありません」


「──ハザマサさん。私からもお願いします」

 そっと挙手し、珍しくきっぱりとした口調で告げたのはエルだ。

「今日は一度しか奇跡を使っていませんし、まだまだ余裕はあります。避けられる戦闘を避ければ──それに、助けられたかもって、後悔したくないんです」


 リクは視線をずらし、ハザマサの反応を窺う。

 ハザマサは真剣な表情のまましばらく黙り込み、やがて鷹揚おうように頷いた。


「分かりました。……では、これからすぐに向かいましょう。幸い移動食や予備の火薬の準備はありますし、今からでも行けるはずです」


 今度こそ目に光る涙を溜めながら、メイカがこくこくと頷く。

「ありがとー、はーくん……!」


「ただし、メイカさんも含めて、既に消耗していることには変わりありません。引き際の見極めは全員で行います。誰か一人でも無理をしていると感じた場合、すぐに撤退します。……皆さん、それでも構いませんか」


 真っ先にハザマサからの視線が刺さり、リクは首肯する。

「……うん、俺はそれでいいと思う」


 他の皆も一様にハザマサの提案をのみ、それぞれの仕草や返事で肯定を示す。

 ──決まりだ。


 イホロイたちを助けに向かう。

 戦闘を避ける、それも初めて突入するダンジョンでだ。魔物や罠の早期発見や帰り道の確保など、斥候スカウトとしてやるべきことが多いだろう。

 負担は正直感じないかと言われれば嘘になる。

 だがそれでも、友達を助けたいという気持ちはメイカやエルと一緒だ。


 いつも以上に気を引き締めて行こう、とリクは自身を鼓舞する。


 メイカはローブの袖で涙を拭って、杖を両手にかたく握りしめている。

 今日はホブゴブリン戦で魔術を連発していたため、体力的にも相当疲弊ひへいしているだろうに、その決心は固いようだった。


 エルもメイスを背中に縛る紐をぎゅっと引き締めて、気合を入れているようだった。


「なら」とカガヤが言い、ギルドの出入り口に向かって歩き出した。

「さっさとその、飛竜の墓標とやらに向かうぞ。時間が惜しい」




     ◇






 ・探索者資格ライセンス

┌──────────────────┐

 名前:メイカ

 探索者Lv:1

 職業:魔術師メイジ[初級]


 加護:《戦意の加護》、《魔躁まそうの加護》

 魔術:【火弾ファイアバレット】、【風罰エアロバニッシュ

└──────────────────┘


・《魔躁の加護》:体内の魔力を操作しやすくする加護。

 魔術の出力や範囲の調整を可能とする。


・【火弾ファイアバレット】:拳大の火球を発生させ、相手に放つ魔術。

 威力は高いが弾速はそれなりで、距離次第では躱されやすい。

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