第6話『それらしい戦い方』
討伐依頼を受けたリクたちは、
今回、狙う敵はホブゴブリンと呼ばれる魔物だ。
普段は
とはいえ今後、ここらで出会うことがないとも限らない相手で。
今のうちに戦っておくべきだというのはカガヤの談だ。
それに、勝算だって高く見積もれる相手でもある。
そうして森の奥へと進んで。
リクが遠目に姿を見つけるのに、そう時間はかからなかった。
その理由の一つが、魔物の大きさだ。
茂みの陰からホブゴブリンの全身を眺め回し、ごくりと
──デカい。話には聞いていたが、想像していたよりも、だ。
ゴブリンもバグベアも子供くらいの体躯しかなかったのだが、ホブゴブリンは違った。身長はハザマサと同じくらいの長身、筋肉も盛り上がっている。
腹はでっぷりとしており、体重ならハザマサよりも圧倒的に重そうだ。
ぬらりと光る青緑色の肌はゴブリンと似ている。
目はつぶらだが、潰れた鼻と下唇から零れる牙がいかにも
荒い呼吸をしながら周囲を見渡しているのは、獲物でも探しているのか。
右手には先端が丸太のように太い棍棒を握り締めていて、あれに頭でも殴られてしまえば一巻の終わりだろう。
防具もでこぼこにへこんでいるとはいえ胸当てに
棍棒と比べ作りが良い防具は、人の作ったものだろうか。だとすれば、あいつは誰かからその装備を奪ったことになる。
つまり──誰かを殺して、奪ったということだ。
幸いというべきか、ホブがいる場所は
周囲に他の魔物の気配もない。交戦するには悪くない条件だ。
皆の待機する場所まで戻り、リクは先ほど視認した情報を共有する。
ハザマサは
「……気を引き締めていきましょう。まずはいつも通りメイカさんに魔術を打ち込んでもらって、それから俺が前に出ます。できる限り気を引きつけますので、カガヤさんはホブの背後から攻撃を。リクさんは──」
「なら俺は後衛二人の側に立って、タイミングを見て援護するよ」
リクの短い獲物では、分厚い筋肉や脂肪を貫いてダメージを与えるのは難しい。
それに、前衛三人で敵一匹を取り囲んだとしても、一度にかかれるのは二人が限界だ。なら邪魔にならないよう、態勢の立て直し役を担った方がいいだろう。
「ありがとうございます。では、各々位置についていきましょう」
ハザマサの号令に皆が
今回も前日にカガヤが仕入れてくれた事前情報がある。
ホブもバグベアと同じく逃げ足は遅く、逃げられる心配はないそうだ。
そもそも怒りっぽく頭に血が上りやすい性格なため、逃げるくらいなら殴りかかってくるらしいが。
つまりホブを取り囲む必要はない。後衛組は可能な限り引いて位置取れる。
メイカと顔を見合わせタイミングを見計らい、ホブの警戒が緩んだ瞬間に指示を出す。
「──今だ」とリクが呟いた。
ほぼ同時に、メイカの持つ杖先から魔法陣が展開され、炎弾が放たれた。
弾丸のように回転しながら飛来した【
「ギァ……?」
そんなくぐもった声がホブの喉から発される。
すかさずハザマサがホブの前に突っ込んで、その腹を
ただ、浅い。ブロードソードはロングソードよりもやや短い。慣れずにリーチを測りかねのたかと思ったが、違った。
直後に反撃の棍棒が振り下ろされ、ハザマサは後ろに退く。
反撃が来ることが分かって敢えて踏み込まなかったのだろう。
しかしハザマサは臆さなかった。今度こそ深く踏み込み、体の半身を隠すようにカイトシールドを構えてホブに体当たりをしかける。
ホブはそれを左手で受け止めた。片手でだ。ガアン、と音が鳴り響く。
それからホブは悠々と棍棒を振り上げ、地面と平行にスイングした。ハザマサが咄嗟に腰を深く落とし〈
それでも、ホブの強烈な一撃がカイトシールドに触れた瞬間、金属が弾けたような音が
クッションの役割を果たす腕も一撃で折り畳まれ、追撃には間に合わない。
リクがそう判断したときには、カガヤが動いていた。
通常なら確実に
ザクッと肉を断つ鈍く生々しい音が鼓膜を震わす。
ホブが苦しげに元々しわくちゃな顔を更に
だがしかし、広背筋や太い骨に
ホブが長い腕を真後ろまでぶん回し、カガヤが距離を取る。
「ち……ッ」
忌々しげに舌を打ったカガヤは、視線で次の指示を後衛に送った。
合図を捉えたメイカが次の魔術を放った。「──【
ホブはそれにまた苛立ちを強めたようで、「グルルルル……」と、獣染みた重い唸り声を上げる。それから棍棒を地面に叩きつけ、大地を揺らした。
地響きが木を伝い、木の葉をひらひらと舞わせる。
本当に森の地面が揺れた。──改めて、なんて力だと思う。
ほんの一瞬身体が
ただ、その程度で怯むカガヤじゃない。
再度ホブに向かって突っ込み、剛腕を閃めかせ戦斧を振るう。二、三度と連撃がもろに背中に吸い込まれる。
だが連撃である分、先程よりも一発の威力が落ちた攻撃だ。
ホブは攻撃を受けながらも微動だにせず、ハザマサに攻撃を仕掛ける。ハザマサは今度は盾で受けることはせず、斜め上から振り下ろされる棍棒を躱す。だが、やはり重装備なのが響いてか、躱し続けるごとに動きが鈍くなっていく。
たちまち後がなくなって、ハザマサの額に汗と血管が浮かぶ。
「あ──!」と、隣でエルが零した。
ついにホブの棍棒がハザマサの盾を捉えた。捉えたと言っても表面を掠った程度だ。それでも「ぐ……」とハザマサは膝を曲げ、ホブの前で隙を晒す。
食いしばられた歯がぎりっと
ホブが真横に棍棒を振りかぶる。電流の
カガヤも
だがしかし、それよりも僅かに早くリクは走り出していた。
「う、ぁああああ──ッ!」
声を荒らげながらリクはハザマサに向かって突進し、肩のあたりを突き飛ばして地面に押し倒す。間一髪のところでホブの棍棒が空を切る。
渾身の一撃だったのか、次の動作に移るまでに今度はホブに隙ができる。
リクは飛び込んだ勢いを殺さず地面をローリングし、思い切り大地を蹴って伸び上がる。ダガーで致命傷を狙うなら、
普通なら狙うことすらできないけど、今は大きな隙がある。
ホブの顔の真下から振り上げられたダガーはその片目を深く斬り裂く。真っ赤な鮮血がその視界を半分奪い、更には追加の隙を作ることに成功する。
太い腕が怒りに任せて無茶苦茶に振り回される。リクは慌ててバックステップで距離を取って避ける。そこでホブの前に一瞬前衛がいなくなり、射線が空く。
──詠唱。火球が今度はホブの右手──棍棒を握る手を捉える。
最近手に入れた杖によって強化されたメイカの魔術の一撃は、威力だけならカガヤの斧以上だ。これには流石のホブも棍棒を手から取り落とし、右手を
「……っ!」
間近で聞いたリクはあまりの声量に耳を塞ぐ。
その後ろから既に立ち上がっていたハザマサが飛び出した。盾を持っていない。ブロードソードの柄に左手を添えて、ハザマサはホブのでっぷりとしたお腹にその切っ先を突き刺した。体重を乗せ、柔い部分を刺し貫いた刃は全長の三分の一ほども刺さり、ホブに追加の悲鳴を上げさせる。
ホブの背中側にいるカガヤも好機を見逃さなかった。
「ッ……、らァッ‼」
戦斧はホブの露出している弱点──首筋を捉えた。太く幾重にも重なる筋肉の束に守られているとはいえ、カガヤの全力の一撃は弾けない。
皮膚を、筋線維を、血管を裂いて金属の分厚い刃が青緑の肌に食い込む。
ホブは唐突に両腕を振り上げた。この状況で何をするつもりかと、全員が警戒する。それほどには油断の許されない相手だ。
だが、それ以上にホブが何かしてくることはなかった。
断末魔を上げることすらせず、その長身が足元から崩れ、地面に倒れ込んだ。ハザマサが下敷きにならないよう急いで退避する。
金属製の胸当てが地面の石にでも当たったのか、鈍い音が鳴った。
十数秒の間を置いて。ハザマサが拾い上げた盾を構えながらホブに近付き、息絶えていることを確認する。
安堵したように息を吐き、ハザマサはホブの身体の下に手を突っ込むと、腹に刺さっていたままのブロードソードを引き抜いた。
「ふう、……苦戦はしましたが、なんとかなりましたね」
リクもようやく肩から力が抜けて、臨戦態勢の緊張が解ける。
エルが隠れていた茂みから出てきて、ハザマサに【
誰も大きな怪我はしなかった。
それでも、消耗は激しい。
現に短い戦いだったが、メイカは三度も魔術を行使して
一瞬対峙しただけのリクですら、まだ背筋に冷たいものが残っている。
強者特有の
ただ、ホブゴブリンに勝てたというのは大きい。ミスルトゥに来たばかりのリクたちでは到底相手にもならなかっただろう相手だ。
それぞれがそれぞれの役割を担って、上手いこと戦闘が回っている。
連携も取れるようになってきたし、自分たちの成長が見て取れる。
「……うん」と、リクは頷き、誰にともなくぽつりと呟いた。
このままやっていけば、きっと
そんな風にリクが戦闘の余韻に浸っていると。
メイカがポニーテールを揺らしながら駆け寄ってきて、右手を挙げたポーズでハイタッチをせがんでくる。
リクが右手を出すと、にこにこと表情を緩め、嬉々としてタッチしてきた。
「大勝利! だねー」
「だね」
◇
────……。
────────。
────────────。
胸元に手を当て、どうにか鼓動を鎮めようとする。
張り裂けそうなくらいに心臓がばくばくと鳴っていた。
「…………」
生きた心地もしないままに、すぅ、と浅く息を吸って。
洞窟を我が物顔で
──あれは、″絶望″だ。私はきっと、ここで死ぬのだろう。
恐怖こそあれ、不思議と死に対する感情は落ち着いたものだった。
死の際でこそ冷静になれ、という職業ギルドで習った考え方が功を奏したか。
……いや、どちらにせよだろう。
もし仮にあの魔物がこの場を離れたとして、帰り道も分からない以上、一人でダンジョンを抜けて帰るなんて夢物語に等しい。
考えれば考えるほど、生きて帰る術が見つからなくて笑えてくる。
たぶん、終わりだ。
……せめて、クタチさんが、イホロイさんが。
私以外の残った二人が、生きて帰ってくれていればそれでいい。
なんて、そんな願いはきっと、私自身への嘘だけれど。
胸の前で震える両手を組んで。
名も姿も知らない神様に祈るのはそれだけだった。
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