第5話『格』
翌朝。朝ご飯と支度を済ませたリクは宿舎前へ向かう。
今日も今日とて
依頼内容はダンジョン内での四匹以上の
階段を下りて渡り廊下を通り、玄関の
待ち合わせ場所には既にエルとメイカがいた。
──ただ、よく見ると二人だけじゃない。
カガヤやハザマサとも違う。長身に細身、金髪の男が、宿舎の敷地を示す柵に片手をかけて、二人に話しかけているみたいだった。
「君たち、新人
エルは完全に萎縮し切っていて、それでもメイカの前に立っている。
メイカは明らかに面倒そうに眉を八の字にしていた。
二人は何も言葉を返さない。それが答えなのだろう。
金髪男は僅かに苛立たしげに鼻で笑う。
「あのさあ。別に取って食おうって話じゃ──」
「……あの、俺のパーティメンバーに何か用ですか」
金髪男が口を開きかけたところで、リクが二人の前に出る。
心臓がうるさく鳴っている。慣れないことをするから緊張しているのだ。
「りっくん!」
メイカが後ろで嬉しそうに名前を呼んでくる。
それだけでも今とった行動が正解だったことが分かる。
金髪男は一瞬
一瞬、顔──おそらく顎に走る痣に目を止めた後、見定めるような視線でリクの全身を眺め回す。それから馬鹿にするような口調で、
「あんたが待ち合わせの相手か? 随分と頼りねぇなあ」
顔の痣は普段人から声をかけられづらいわりに、こういう時は頼りにならない。
「……。俺以外にもあと二人来るんで、気にしないでください」
「なあ、嬢ちゃんたちよぉ。その恰好、ギルドで支給されたまんまだろ? 俺のパーティに入ってくれたらいい装備も買ってやれるぜ?」
リクの身長の上から金髪男が二人に声をかける。
「いや……堂々と人のパーティメンバーを勧誘するのは」
「は? お前にゃ聞いてねえよ。俺はそこの二人と話してんだ」
ぎろりと鋭い視線で
……どう考えても舐められてる。それに恐らくこいつも
だとしても、二人が嫌がっているのは自明だ。
ならリクが取るべき態度は一つしかない。
リクはせめてもの反抗心を込めて、金髪男を睨み返す。
「……ほぉ、やけに反抗的な目だな。やるってんなら俺は構わないぜ?」
「…………」
師匠よりは絶対に弱いだろうとは思うけど、体格的にもリクよりは上だ。
喧嘩慣れしていないリクでは勝機はないだろう。
だからといって腰のダガーを抜くほどの気概もリクにはない。
ちらりと後ろを見やる。
エルもメイカも不安そうな目でこちらを見ている。
せめて二人だけにでも避難しておいてもらうべきだろうか。
でもそうなればこの男は二人の方を追うだろうし。
待ち合わせのこともある。となると、時間を稼ぐのが一番いいか。
どうやって、それは全く思い浮かばない。
「…………」
リクが黙っていると、金髪男は嘲笑うように告げた。
「なんだなんだ、ビビったのか? そんなんなら最初から出てこない方がカッコいいってもんだぜ、りっくんとやらよ」
思わず納得しそうになりながらも、リクはじっと金髪男を睨み続ける。
と、その時だった。
「邪魔だ」
淡々とした冷徹な声が聞こえて、金髪男の後ろに誰かが立った。
身長と声の低さ的に一瞬、ハザマサかと思ったが、違った。
「なんだ?
「邪魔だ、と言ったのが聞こえなかったのか?」
表情のせいか常に厳つい顔に、鋭い視線。真っ黒な髪。
いるだけで周囲の空気を緊張させるほどの圧迫感と存在感。
そこに立っていたのは、イホロイだった。
そのうえ前回と違い、その背には大剣の柄と刃先が見えている。……あれを獲物として振るう膂力を考えると、恐ろしいくらいだ。
振り返った金髪男も流石にたじろいだ様子で、余裕の半分崩れた半笑みを作る。
「よく見りゃあ、お前──……あのイホロイか。お前のパーティとこいつらとは無関係じゃないのか?」
イホロイともなれば金髪男に認知されているらしい。
当然と言えば当然だ。ギルドへ依頼を受けに行った時も、知らない人の話題でとんでもなく強い新人の噂を聞くことがある。
そういう話の中でイホロイの名前を聞いたこともある。
ここ最近のエル・フォートでは有名人なのだ。イホロイという男は。
イホロイは呆れと怒り混じりに溜め息染みた言葉を零した。
「
そう告げた瞬間、イホロイが凄まじい迫力で金髪男を睨み付けた。
直接睨まれたわけでもないのにリクの肩が竦む。
金髪男もその眼力に気圧されたのか、流石に居心地が悪そうに目を逸らす。
「……んだよ、新人が仲良しこよししやがって」
捨て台詞のような言葉を残して、金髪男はその場を去っていく。
正直めちゃくちゃダサいし、ひと睨みで撃退したイホロイのことを不覚にもカッコいいと思ってしまう。たった一瞬のことだけど。
イホロイはその背中を追うことすらせず、リクの方を見てきた。
そうだ、お礼を言わないとと一瞬遅れて気付き、慌てて頭を下げる。
「その、ありがと──」
「あんたらもだ。仲間と合流したならさっさと行け」
顎をしゃくり、そう促してくるイホロイ。
まだ機嫌が悪そうに見えるのはおそらく気のせいじゃない。
でも、こちらとしてもまだ待ち合わせの途中なわけで。
「……いや、あと二人、来るのを待ってて」
言って、イホロイの表情が強張ったのを見て、後悔しかける。
ただイホロイもそこに噛みついてくる気はないらしく、リクに背中を向けた。
「……。そうか」
短く告げ、足早にこの場を去っていく。
周囲に流れていた緊張感がなくなり、リクは長い息を零した。
助かった、けど。なんというか情けない気分になる。
エルとメイカ──二人の仲間は俺なわけで。
本来、あの場は俺が治めるべきだったはずだ、なんて考えてしまう。
できないものはどうしようもないんだけど。
「……りっくん?」
心配そうなメイカに顔を覗き込まれ、外に自意識を向ける。
なんとなく笑みを作って、リクは首を横に振った。
「なんでもないよ。ごめん」
「ううん。……りっくんには。助けて貰ってばっかりだよねぇ」
ふにゃっとした笑顔でメイカが言う。
「……なんかしたかな、俺」
どうだろうか。そんなことはないと思うけど。
直近の記憶を当たってみても、なんの心当たりもない。
あまりの不甲斐なさから軽い頭痛までしてくる。
「そうだっけー。……?」
メイカも不思議そうに首を傾げて、んーと唸っている。
と、その横からエルが一歩前に出てきて、ぺこりと頭を下げてきた。
「さっきは助かりました。ありがとうございます、リクさん」
メイカもそれに賛同するようにこくこくと頷く。
金髪男を追い払ったのはイホロイで、リク自身は時間稼ぎ以外大したこともしていないのだが。二人にそう言われては乾いた笑いを返すしかない。
「なら良かった」
むず痒くなるような感覚と共にお礼の言葉を受け取って。
しばらくして、カガヤとハザマサが宿舎の中からやってきた。
「──俺たちで最後みたいですね。すみません、お待たせしてしまって」
◆
依頼は今回もつつがなく達成できた。
元々の想定通りグレムリン四匹の討伐。帰路でも一匹狩ったので、合計五匹だ。
ゴブリンの巣がなくなった狩場はあの視線も感じず、それなりに安全だ。
もちろんグレムリン戦でも気は抜けないけど、ハザマサの装備であれば致命傷は受けないし、リクが警戒していれば不意打ちを喰らうこともない。
グレムリンはメイカの魔術でもカガヤの攻撃でも簡単に倒せる。
一度は死を覚悟したとはいえ、狩場を変えたのは正解だったと思える。
夕方にはエル・フォートまで帰ってきて、依頼の報告と明日の依頼を受領した。
一つ予想外だったのが、
次点で難度の低い採取依頼は知識が要るし、貢献度も高く扱われない。
そうして相談の末に明日の依頼を決めて、解散して。
夜ご飯を食べてお風呂に入って、洗濯をして部屋に戻るとハザマサがいた。
ベッドの縁に腰掛けて、
カガヤの姿も探すが、今日はいなかった。
時々酒場に飲みに行く時があるので、今日もそうなのかもしれない。
「リクさん、お疲れ様です」
「ああ、うん。お疲れ様、ハザマサ」
表情を和らげたハザマサに、つられてリクも口角を上げる。
ハザマサと同じように自分のベッドに腰掛け、上体だけ仰向けに寝転がる。
部屋はランタンの灯りを除けば光源がなく、天井は暗い。
「この調子なら、カガヤさんかメイカさんはレベル2に上がれそうですね」
ハザマサが話しかけてきて、リクは思考を巡らせる。
「……うん、そうだね」
レベルアップするためには依頼の達成の他に、
うちのパーティメンバーの火力役はカガヤとメイカの二人で、必然的に二人が魔物を倒し、継告する回数が他より多くなる。
だから、早くレベルアップするためにも、しばらくの間、魔物を討伐するのはできる限りその二人に任せているのが現状だ。
ちなみにレベルだが、本来はここまで早く上がるものでもないらしい。
リクたちはゴブリンの巣を早期に発見して
とはいえその貢献度も、レベルアップの査定の際にパーティメンバーのうち一人のものとなるらしいため、誰か一人がレベルアップすれば次のレベルアップは遥か先になるとのことだったが。
誰が一番最初にレベルアップするのでも異論はないと決はとってある。
──ただ、本当にそれでよかったのかとも思う。
なぜだろうか。最近になってまた胸騒ぎがするというか。
理由は分かっている。今日あったことが原因だろう。
イホロイに言われた、燻っているという言葉が耳から離れてくれない。
イホロイは何を思ってそう言ったのか。
俺が燻っているとするなら、イホロイはどうしているというのか。
今、この時。イホロイは。
……いや、考えていても無駄だろう。
ハザマサに聞こうとも一瞬考えたが、きっと答えの出る話じゃないし。
明日も討伐依頼がある。
それも、今まで受けたことのない内容だ。
早く寝て、早く起きるのがいいだろう。
ちゃんと動くためには睡眠と食事が特に重要だ。職業ギルドの修練でも学んだし、実際、よく食べて良く寝ないと万全の体調で動けない。
ここのところ考え事でちゃんと眠れていないし、しっかりしなければ。
「……ごめん、ハザマサ。今日はもう寝るよ」
足をベッド上に運び、ランタンに背を向けて腕を枕に横になる。
「いえ、明日も少し早いですからね」
察してくれたのか、ハザマサはそれ以上話しかけて来なかった。
リクは目を瞑って、何も考えないように瞼の裏に意識を集中させる。
それでも夜の街の喧騒が気になって眠れない。ハザマサが気を遣ってかランタンの火を消してくれたらしく、瞼越しに部屋が暗くなるのを感じる。
眠気が訪れた感覚もあまりなく。
いつの間にか眠っていて、いつの間にか窓の外が明るくなってきていた。
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