第4話『昼ごはん』




 初の依頼は簡単なものを選んだこともあり、順調にこなせた。

 グレムリン二匹の討伐と、討伐部位である角の納入。

 討伐時間よりも、暗渠あんきょほらへの移動の方が時間がかかったくらいだ。


 メイカとカガヤがそれぞれ一撃でグレムリンを倒し、リクは索敵以外でほぼ出番がなかったこともあって、ほとんど何もしていないような気分で街へと戻った。そのままギルドに直行し、依頼完了の報告も済ませる。


 手続きも思っていた以上に簡単で、大した時間もかからず報告は受領された。

 依頼報酬は継告けいこく報酬に毛が生えた程度、すずめなみだほどだったが。


 昼が来る前には報告を終え、明日のために次の依頼を受けるだけ受けて。

 今からまた狩りへ出ても大した稼ぎにはならないため、今日は解散となった。


 リクは一旦部屋に戻って、それからまた昼ご飯を食べに外へ繰り出す。

 宿舎入口付近に立ち、今日は何を食べようかとリクが考えていると。


「リクさん?」

 と、前から歩いてくる少女に声をかけられた。


 幼顔に、顏の横で揺れる一つ括りのサイドテール。

 その表情は旧知の友人を見つけた時のように嬉しげだった。


「ユキ」


 少女の名前を呼び、リクは笑みを返す。

 前回──イホロイと会った時の別れ方から、次に会った時にどんな反応を返せばいいのかと思っていたのだが、杞憂だったらしい。


「最近、よく会うね。これからご飯?」

 ユキはそう言って首を傾げた。


「そう。今日はちょっと、予定が早く終わってさ」


「私もこれからなんだ。良かったら、一緒にどうかな?」


「うん。……うん?」


 唐突な提案に、リクは微妙な笑みを浮かべたまま顔を凍り付かせた。




     ◆




 ユキの歩みはゆっくりめで、早歩き気味のリクとは歩調が合わない。

 お互いに気を遣って、それでようやく同じくらいになる。


「ごめんね、急に誘っちゃって。迷惑だった?」


「全然、そんなことはない、けど」


「けど?」


「……いや、そんなことないです」


「ふふ、なんで敬語なの?」


 他愛ない会話を交わしながら商店街へと足を踏み入れる。

 女の子と二人きりになった時に何を話せばいいのか、全く分からない。ユキから頻繁に話しかけてくれるから、何とか場が持っている感じだ。


「リクさん、あれは?」


「カロックって鳥のスープだよ。ちょっと味が濃いけど、それなりには美味しかった……と思う。ごめん、ちゃんと覚えてなくて」


「へえ──じゃあ、あっちで焼いてるのは?」


「あれは……なんの肉だったかな。あんまり舌に合わなくて、一回しか食べたことなくてさ。量があって安いのはいいんだけどね」


「そうなんだ」と呟き、ユキは僅かに口角を上げる。


「なんだか。こうしてると、デートみたいじゃない?」


「そ……。え、あー……そう、かな……?」


 会話の流れに急にぶっ込まれて、思い切り挙動不審になってしまう。

 耐性がないのはあるが、あまりにも余裕が保てなさすぎて自分が嫌になる。


 しかしそれが面白かったのか、ユキはくすくすといたずらっぽく笑うと、

「冗談、冗談だよ」


 そう言って、あまり見たことのない優しげな表情を浮かべた。



 こうして商店街を誰かと歩くのは、カガヤとご飯を食べた日以来だ。

 もう最近は食べるものが固定されつつあって、行く店も決まってきているのだが、色々な露店に反応するユキを見ていると、普段寄らない店も気になってくる。


 例えば、ユキが選んだのは木の実の果汁を使ったスープだった。

 エル・フォートでの野菜の栽培は大々的には行われておらず、この街で食べられる主な野菜類は野草系や木の実に限られる。


 スプーンでスープを一口飲んだユキは、すぐに目を輝かせた。


「うん、美味しい!」


 露店の側で立ち止まり、二人して同じスープを飲む。

 確かに美味しい。程よい温かさのスープは雑味もなくすっと喉を通る。


 ちなみに露店で売られているスープ類のほとんどが、食べたあとの食器は店に返却しなければならない。それもあって普段はあまり食べないのだが。

 今日は部屋に持ち帰って食べるわけでもないので別にいいだろう。


「リクさんは普段からこうやってお店で買って食べてるの?」


「まあ、そうかな。……ほんとは、節約するなら自炊できた方がいいんだろうけど、店売りのものでも何が食べられるとか、どうやって料理したらいいのかとか、あんまり分からなくて」


「そういえば、料理してるとこは見たことないかも」


「したことないからね……」


「覚えれば意外と簡単だよ? ──ごちそうさまでした」


「ごちそうさま。……俺は別の露店でまだちょっとだけ食べようかな。ユキは?」


 リクはユキの手から食器を受け取って、露店の店主であるおばさんに渡す。

 ごちそうさまでした、と店主に頭を下げると、気持ちのいい笑みが返ってきた。


「私は──……あ、ひとつだけ食べたいのがあったんだった。デザートみたいなんだけど、リクさんが食べたあとがいいかな?」


「デザート?」


「うん。ナナって木の実のアイスが売ってて。食べたことある?」


「いや、ないよ。……それじゃ、その店の辺りで俺も何か食べようかな」


 行き先が決まり、来た道を引き返す。

 その道中で、リクは思い切って口を開いた。


「……そういえば、なんだけど」


「うん、なにかな?」


「こないだイホロイさ……イホロイに会って、何となくなんだけど。嫌われてるみたいな気がしてさ。……多分気のせいじゃない、よね」


 言いながら、リクはユキの顏を横目に流す。

 と。明らかに、ユキは気まずそうに唇をすぼめた。


「それは……ごめんなさい。私も事情を知らなくて」


「いや、謝って欲しいとかじゃなくてさ。事実確認というか、そんな感じで。……それでなんだけど、他のユキの仲間──イホロイのパーティメンバーも、俺のことを嫌ってたり……?」


 もし仮にリクが知らない場所でイホロイパーティの不興を買ったのだとすれば、あの不遜な態度にも、敵視されていたことにも少なからず納得がいく。

 それと同時に、他メンバーにももしかすると……という考えも湧いてくる。


「……それはないと思う。イホロイさんがリクさんのことを知ってたのだって、私は知らなかったし……きっと他の二人もリクさんのことは知らないんじゃないかな……。ごめんなさい、これも憶測なんだけど」


 表情をかたくして頭を下げるユキに、リクは慌ててフォローを入れる。


「いやいや、だからユキが謝ることじゃないって」


「……うん。でも、クタチさんもルラさんも、いい人だよ。今度、もし会ったときにはちゃんと紹介するね」


「それじゃ、その時はお願いするよ」


 リクが頷くと、ユキは不安そうな表情を若干和らげた。


 そうこう話しているうちに、目的の露店のそばまでやってきた。

 ユキがアイスの列に並んでいる間に、リクは行きつけの露店で肉挟みパンを買って頬張る。香辛料がきいていてピリッと美味しい。

 スープも美味しかったが、やっぱり食べ応えがあるものも食べたい。


「りっくん?」


 と、そこで。後ろから聞き慣れた声をかけられ、リクは振り向く。

 案の定そこにいたのは、メイカとエルの二人組だった。


 二人とも既に私服に着替えており、探索者らしくない格好をしていた。

 というか、あまり見たことのない服装だ。

 この街においては目立つが、女の子ということで、探索に行った時の格好のまま歩き回るのにも抵抗があるのかもしれない。


 口内の肉を咀嚼そしゃくして飲み下し、眼前の二人に声をかける。


「メイカ、エル。……えっと、二人ともご飯?」


 エルが「はい」と答え、手にした小さなパンを顔の横に持ち上げる。

 メイカはまだ買っていないのか、巾着財布しか手にしていない。


 その時。


「──おまたせ、リクさん。……と、あれ」


 またもリクの背後から声がかかる。ユキだ。

「メイカさんと、エルさん?」


「ユキさん?」

「ユキちゃん!」


 エルとメイカがそれぞれにユキの方へと向かっていく。

 だが、エルはすぐにリクの方を振り返った。


 その眼にはなんというか、妙な勘繰り的なものが透けて見えた。


「……もしかして、お邪魔しちゃいました?」


 申し訳なさそうな様子ではなく、やや圧のある感じだ。

 エルにしては珍しい聞き方に思わずたじろぎながら、リクは返す。


「……いや、全然。ちょっとそこで会ってさ」


「…………。この後も一緒にどこかに行ったりしますか?」


 なんだか問い詰められているような気分だ。

 先日もイホロイに問い詰められた身からすればそこまで圧迫感はないが。


「ご飯は食べたし、俺は部屋に戻ろうと思う……けど」


 エルは一瞬考えこむような素振りの後、メイカを見て、こくりと小さく頷いた。


「それなら、いいんです。……すみません」

「いや、別に……」


 ふっと雰囲気が穏やかになり、リクは胸を撫でおろす。


 それより、エルとメイカの二人がユキと仲が良い、というのが初耳だ。

 以前に同室とは聞いていたため、そこから仲良くなったのだろうが。メイカはかなりユキと仲が良さそう……というか懐いているっぽかった。

 今もアイスを一口分けてもらってほっぺたを落としている。


「……それじゃ、俺はこれで」


 女三人寄ればかしましい、などというわけではないが、微妙に居づらさを覚え、隙を見て場を脱しようとしたリクの横顔に視線が刺さる。


「あ、リクさん!」

 軽く背伸びをして、こちらを見てきたのはユキだった。


「……はい?」


「また、近いうちに会ってお話できるかな?」


「ん、タイミングさえ合えば、またいつでも──」

「ユキさんって、リクさんと仲が良いんですね」


 リクの返答に重ねるように、エルがそんなことを口にする。

 口調は落ち着いているが、やっぱりなんだか圧を感じる。隣ではなぜかメイカがあたふたとしていて、ユキは目を丸くしていた。


 ユキは二回ほど瞬きを挟んで、

「うん。同じ斥候スカウトで、二人よりも前に知り合ってたから」


「……そうなんですね」


 そこで会話が途切れる。

 エルの表情は笑っているけれど、何を考えているのかは分からない。

 どうしたものか。分からないから迂闊に喋れない。


 微妙に居づらい雰囲気を壊したのはメイカだった。

「ね。ユキちゃん、このアイスってどこで売ってたの?」


 メイカは先の焦るような表情から、既に満面の笑みを取り戻していて、ユキの羽織るケープのすそを軽く引っ張っている。


「これなら、あっちの露店で売ってたよ。一緒に行く?」

「うん。ユキちゃんありがとー!」


「ユキ。……えっと、明日と明後日は討伐依頼に行くから……明後日の夜か、その次の日辺りはどう?」


 リクが予定を聞くと、ユキは少し考えた後に口を開いた。


「うん、明後日の夜なら多分大丈夫だと思う。……あ、良かったらメイカさんとエルさんも来てくれないかな? 私の仲間──お友達を紹介したくって」


「うん、いいよー!」とメイカ。

 エルもなぜかリクに目配せをしてきたのち、控えめに頷いた。


「じゃあ、明後日のお昼頃に。宿舎の前で大丈夫?」

「わかった。じゃあ、それで」


「ん。またね、リクさん」

「うん。……それじゃ、また」


 ひらひらと振られる手に、手を振り返す。

 メイカとエルと一緒に離れていくユキを見送って、リクは宿舎への道を戻る。


 昨日までよりも僅かに足取りが軽いのを自分でも感じる。


 もう少しユキと話してみたい気もしていたが、これ以上話していても話題が尽きたかもしれないし。

 既に幾つかの心配事も解消されたし、気分は悪くなかった。


 ひとまず今は、明日と明後日の依頼を頑張ろう。

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