第15話 師の世話は弟子のつとめなのじゃ!


「うっ、ぐぬ……うぅぅ……くさい!」


 最近の僕の一日の始まりは、呻き声と口に残る薬草茶の香りで始まる。 

 母メリサによる夜の特訓、それに我が家秘伝の薬草茶(毒入り)はあの日から毎日続いている。 むしろ日々エスカレートしている。 今日よりも明日は厳しく。 腕立て10回できたら明日は11回を必ずだ。 どんなに小さくても成功させる。 そんな母の育成方針は病的なほどに正確におこなわれる。 できない、は認められないなのだ。


『まだいけるわ。もっと力をこめて。全力を、振りしぼりなさい! 為せば成る――気合よ、ジンちゃん!!』


 五歳児にする所業とは思えない。

 

 しかし悔しいが、なんだか最近体の調子は良い。

体の大きさは変わらないけど、筋肉もついたし体の中の気も多くなったと思う。 


 ルーナにも気が増えているって言われた。

 昼間はルーナのところにいってまた修行だ。

 彼女については謎だらけ。 相変わらず生活能力が皆無で僕がご飯を持っていってあげている。


『師の世話は弟子のつとめなのじゃ!』


 なのじゃ! じゃねえよと、五歳児に養われる師匠なんて嫌だ。


 しかし彼女の修行のおかげで、気の扱いと体内の魔力を感知して操る方法を覚えた。 

 この魔法に関して何もない町では大きすぎる成果だ。

 まだまだ学べることは多そうだから、僕はしばらく彼女を養わねばならない。


 五歳児が考えることではない。


「ふぅ……まずは、瞑想」


 僕は、朝起きたらまずは瞑想を行う。

 座禅を組み自身の内にある気の流れを感じる。

 心臓から体を巡り細部まで行きわたる気の流れ、溢れ出す気を僕は体に留めるように膜をイメージする。

 外へ外へと出て行こうとする気を留めるのは意外と神経を使う。


 ルーナは慣れば無意識にできるようになると言っていた。


「よし……」


 さらにここから魔力操作の特訓。

 僕の自己流だが、前世で散々妄想と研鑽をしてきた行為だ。

 今は確実に僕の体の中にあることがわかっているから、やらずにはいられない。


 気の色が黄金色だとすれば、魔力は紫紺色。

 

 僕は体内に渦巻くソレに干渉する。

 気の扱いの比ではないほどに難しい。

 少しちょっかいを出すと荒れ狂う暴風のように反応がある。

 

「ふぅぅ……!」


 外へと向かう気の性質と違って、内に留まろうとする魔力。

 僕の内にある魔力の引き籠り部屋。

 壁ドンを繰り返し徐々に紫紺色のエネルギーを漏れ出させる。

 インドア派のソレを僕の体に纏わせる。


「うーん、やっぱり同時にはできないのかな?」


 先にあった気の膜は維持できず消えてしまった。

 もう一度気の膜を体に纏わせると、今度は魔力で作った方が消えてしまう。 

 陰と陽。

 そんな関係のイメージが思い浮かぶ。


「まぁ研究するしかない」


 魔法の研究は楽しい。

 もっともっと、色んな知識が欲しい。

 実際に見てみたいし、魔術書とか魔道具も手にいれたいし、なんならこの身で味わい尽くしたい。


「そろそろ、やるか!」


 シャルルには悪いが、また泣かせてしまおう。


 そして母の知り合いの魔術師を紹介してもらうのだ。


 

◇◆◇



 錬武場に奇声が響く。


「ぷげっ、ふぐぅ、――ぷげらっ!?」


 圧倒的な連打の前に、僕はボロ雑巾のように地面に倒れた。


「ジン、大丈夫かにゃ~~?」


 傷一つ、息すらきらしていないシャルルが僕を突いてくる。


(なぜだ……?)


 イメージトレーニングは完璧。

 実際彼女の動きは見えていた。

 軽やかに舞う猫人幼女の動きから気の流れまで。

 母の特訓により体も動く、殴るのは嫌だからルーナの見せた技を使ってシャルルを投げ飛ばし地面に叩きつけて完封する予定だったのに。


(猫みたいにクルんと回って着地された……) 

 

 自分でもびっくりするくらい投げは決まった。

 しかし受け身を取るどころか、何事もないように着地されて反撃された。 動揺を隠せない僕は殴られるまま地面に倒れるしかない。



 また負けた……。


「な、泣いてるにゃ!?」


 本気で勝ちにいった。

 母の辛い特訓も耐えて策も練り決まったかに見えたのに。

 全然ダメだった。


「うぅ……」


 うすうす気づいていたが、僕ってすごく弱い。

 体もシャルルより小さいし、同年代の他の子と比べても。

 メンタルだって弱い。人を殴るのなんて嫌だし、特に女の子は。もちろん殴られるのも嫌だ……。 

 

 母様、僕……武術に向いてないよ。


 

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