第27話 どうにかして脱出しないと……


 どうにかして脱出しないと……。


「チッ、見張りが多いな」


 傷の大男も町の警備隊が多く身動きできないようだ。

 僕を人質にルーナに危害を加えるつもりだろう。

 それは嫌だ。

 僕のせいで彼女が危険な目に合うのは嫌だ。


(どうにか……手の縄を)


 力では無理だ。

 なにか尖ったもので削る?

 どこかの倉庫のようで荷物は置いてあるが、麻の袋や壺くらいだ。

 木箱もあるが遠い。


「おい、妙なことは考えるな」


「ふぐっ!?」


 痛い痛い痛い!

 蓑虫のように木箱に移動しようとしたら足を踏まれた。


「このまま足を壊してやろうか?」


 底冷えするような、ゾッとする声だった。

 なにか追い詰められているような。

 不安に押しつぶされそうな声でもあった。

 僕は大人しく震える蓑虫となった。

 

「……はあ」


 足は潰されることなく、解放された。

 大男の大きなため息が漏れた。

 どこかその表情は暗い。

 まぁ誘拐犯の表情が明るかったら恐怖すぎるんだけど。

 罪悪感に囚われているのだろうか。

 

 鬼人らしく筋骨隆々である。

 二本角の大男。

 町にも数名いるが誰しも怖い顔をしている。

 普通の幼児であればみただけで泣き叫んでいるかもしれない。

 特に暗い倉庫の中で二人きりなんて。

 

 その点、僕は聞き分けよく脱出の手段を考えているのだ。

 よい人質だと思う。


(……なるほど)


 その良い人質の僕は縄について考えていた。

 もっといえば感じ取っていた。

 その気を、性質を。

 材質は植物の繊維。

 繊維をより合わせて強度を増して作っているのだ。

 手に縛られて触れているからだろうか?

 マッサージのついでにならった推手と呼ばれる技術を応用する。

 魔力で縄を覆い、気で内部を探る。


「……」


 自然と気と魔力を使っていたことに僕は気づいていなかった。


 縄の繊維一本一本に自然なエネルギーが存在する。

 それは気とは違うようだけど、気によって変化をもたらせられる。

 少しずつ動かしてみる。

 動かない。

 傷つける? いや、ゆっくりと同じエネルギーになるように自身の気を変えていく。

 縄に触れている部分から縄の内部、繊維に己の気を流し浸透させていく。

 やがてその繊維一本一本を感じ、神経が通ったように動かせる感覚を得た。


 これはなんだろう?


 感覚の広がり。

 覚醒する。

 気の理。


「……何をした?」


「ふご」


 無意識に縄を解いてしまった。

 パサっと落ちた縄に鬼人の大男が気づく。

 急いで口の布を外す。


「妖術の類か? チッ、眠らせておくか」


 大男の瞳に映る僕は無害のガキから、厄介かもしれないクソガキに変化してしまった。

 

「うっ」


 立ち上がると先ほど踏まれた足が痛い。

 扉はどこだと見渡すが、ああ、大男の向こう側だ。

 最悪だ。

 

 2メートルを超える筋骨隆々の鬼人と、身長120センチも満たない人族の5歳児。

 絶望的な戦力差が広がっている。

 大人しくしておけばよかった。

 だけど。


 もしかりに僕のせいでルーナに何かがあったら……。


「うっああああッ!」


 魔法への手がかりを失ってしまう。

 シャルルを倒し魔術師に合うための近道をなくしてしまう。

 いつも自信満々でバカそうに笑う彼女の笑顔を、失くしてしまう。


 そんなの、嫌だッ!


 僕は全力で叫んで全力で走った。


「ふん」


 腰を落とし両腕を広げた大男。

 はは……それだけで僕の視界から扉は消えた。

 大男が一歩踏み込めば、この部屋のどこだって触れられそうだ。

 僕の腰回りくらいありそうな太い腕が抑えに迫ってくる。


「あぁっ!」


 僕は手に持っていたバラバラの縄を投げつける。

 繊維状に分解されたそれがまるで針のように大男の顔に飛んでいく。

 

「っがあああ!?」


 刺さった!

 古傷や目鼻に刺さる。

 如何に鍛えていようとも鍛えられない部位に、繊維の針が突き刺さる。


「今っ――!」


 僕は全力で走り抜け扉に手をかけた。

 飛び出して助けを呼ぶんだ。

 だけど。


「かぁぎぃーーーー!?」


 ガチャガチャと扉は開かない。

 こしゃくにも鍵がかかっている。

 鬼人の大男の癖にマメな奴ぅ!


「うぎィッ!?」


 バンと扉に顔を押し付けられた。

 ぬっと大男はもう片方の手を壁にやり、僕を覗き込む。

 縄の繊維はすぐに抜けたようだが、瞳は真っ赤に濡れている。

 怖い。


「舐めたマネしてくれたな……このまま頭を潰してやろうか?」


「痛っ……」


 鬼人の目は本気だった。 本当にヤバイ、そう思った時。

 その鬼人の太い首にキラリと糸が回る。


「「?」」


 しゅるる、と一瞬で男の首に巻き付いた。

 輪を作った糸は一瞬で縮まる。

 大男の首の肉が盛り上がり、その巨体が宙に浮く。

 

「かっ――」


 ホラー映画のワンシーンのように天井へと吊り上げられた。


「よう、ジン。 ずいぶんと、可愛がられたみたいだな?」


 いつのまにか部屋にいた父タブラ。

 悪人のような笑みで笑っている。

 長い灰色の髪を揺らしながらくつくつと。

 

「……父、どうやって?」


「お前の声が聞こえたからな。 急いで飛んできたんだぞぉ?」


 違う、どうやって入ったの?

 密室なのに。

 まぁ、いいか。

 とりあえず、助かったんだ。


「……死んでる?」


「ああ、忘れてた」


 そういってタブラは未だ吊り上げられている大男を落とす。


「んー首は折れてないから大丈夫だろ」


 適当に縛られて転がされる大男。

 僕は父の背に抱えられて帰るのだった。




 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る