第26話 くやしいのぉ


 投げられない。


「っ――」


 メリサの放つ突きをギリギリのところで躱すルーナ。

 お返しに投げ飛ばそうとするが、投げられない。

 

「シッ!」


 攻撃を受ける腕が軋む。

 腕を回転させ威力をいなしてなお骨身に染みる威力を秘めている。

 防いだ腕を使い推手で崩そうとするが、揺るがない。


「ぐっ」


 大木のように揺るがない重心。

 技の練度が桁違いに高い。

 いったいどれだけ繰り返してきたのだろうか?

 隙が無い。


「ダンスを踊りたいのかしら?」


 ルーナの円を描くような足さばき。

 相手の反射と気の運用によって投げるルーナの特殊な技術であるが、通じない。

 バランスを崩しバランスを取ろうとする隙をつく。

 接点する一瞬の攻防が命。


「煽ってくれるのぉ……」


 遊ばれている。

 わざと、投げてみろと隙を作ってくれている。


「はっ」


 メリサの突きの流れをとり、一歩内へ踏み込む。

 腕の逆関節を上げ掴まずに投げる。

 痛みによる反射によってまるで魔法のように相手は投げ飛ばされる。

 ……はずなのだが。


「ぬるい」


「――っ゛!?」


 メリサに痛みをともなわせることができない。

 構わずに飛んできた突きはルーナの胸骨に悲鳴を上げさせる。

 

(どうして、投げられないんじゃ……?)


 ルーナは自問する。

 己の鍛えた武が通じない。

 考えてもわからない理解できない、したくない。

 焦りと痛みから汗が噴き出る。


「体づくり、集中力、姿勢制御」


「ぬぐっ!?」


 拳を繰り出しながらメリサが答える。

 それは赤子を諭すように。

 武の先達として駆けだした若者を指導する。


「気の運用、練武、そして経験」


「がぁっ!?」


 痛みをもって心に刻ませる。

 鍛えよ。

 日々鍛錬。

 もっと精進せよ。


 厳しくも優しい母の拳はルーナの心を打つ。


「はい、おしまい。 うーん、面白いけれど、浅いわねぇ」


「くぅ……」


 武の道に近道はない。

 もっと、もっと深くどこまでも深淵に挑め。

 これは戦いとは呼べるものではなかった。

 どこかかつての自分と似た境遇をもつ少女への激励の稽古だった。


「まぁ、悪くはないわ」


 鬼人としての膂力を使わず、それまでの研鑽全てを捨て己が道を往く。

 とっさの体の動き鍛えられた部位を見ればどれほど修行をしてきたかわかる。

 それら全てを捨てる覚悟。

 嫌いではない。


 息子のひとまずの師としては及第点か。

 なによりこの少女と話すようになって息子は少し変わったように思えた。

 ならばよい。

 

「さぁ、ここにはジンちゃんいないみたいだし、他を探しに行くわよ!」


 警備隊は靴を音を立てて走り去る。

 残されたのはボロボロの少女一人。

 

「……くやしいのぉ」


 朽ちた道場に仰向けで寝転ぶ鬼は空を見上げ満月に誓う。

 ポロポロと雫をこぼしながら。

 笑っていた。


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