第25話 メルケン村の騒がしい一日


 その日、メルケン村は騒がしかった。

 警備隊の面々が子供を探していた。

 ちいさい男の子好きの疑いのある男女は、年齢関係なくしょっぴかれ尋問を受ける。

 この機会に余罪はないか徹底的に。

 田舎の町である。

 後ろ暗い連中は割と多い。


「どこにいったのかしら? ……まさか、森に?」

 

 町外れにあるルーナの道場へと警備隊長であるメリサは向かっていた。

 その道中、息子は魔の森にいったかもしれないと不安がよぎる。

 しかし、魔の森に向かうルートはしっかりと警備隊が見張っているので難しいだろう。

 父タブラからも決して一人ではいかないように注意されている。

 聞き分けの良い子だ。

 良すぎるといってもいい。

 そんな我が子はきっといかないだろうと、思考を破棄した。

 

「ルーナちゃんのところも見張っていたのよねぇ。 まぁ、この機会に少しお話・・しようかしら?」


 ルーナ・ラルーア、ラルーア領の領主の一人娘。

 少々訳ありな娘で面倒な立場にいることも友人から聞いていたメリサ。

 廃道場に勝手に住んでいる不審者でもあり、町の警備隊長を務めるメリサは知っていた。

 息子が絡むことになるとは思っていなかったが。


「しかし、家出かぁ。 懐かしいわ」


 彼女はクスっと笑った。

 若い武術家にはよくあること。

 良家の出身だった彼女にも経験はある。


 武者修行。

 自分探しの旅。

 若者は無謀にも広い世界に裸足で飛び出していくのだ。

 ルーナに至っては全裸での飛び出しのようなものだったが。


「こんな遅くにずいぶんと賑やかじゃのぉ? どうかしたかの、メリサ殿」


 鬼人の娘は飄々とメリサの殺気を躱す。

 

「ふふ、ちょっと息子を探しているのよ。 ここに小さい男の子好きの家出娘がいるのを思い出したから、ちょっと尋問おはなしにね?」


「怖いのぉ……」


 雲は流れ満月が顔を出す。

 笑っていた。

 二人の武人は笑みを向けあう。


「「……」」


 額に小さな一本角・・・

 普通の鬼人は二本角だ。

 男女とも筋骨隆々の体躯に高身長である。

 しかしルーナの体は人族の平均くらい。

 月の光に照らされて彼女の長い銀髪が煌めく。


(怖いのぉ……)


 ルーナは心からそう思った。

 目の前に一つの完成された武の化身が存在したから。

 自然体で立つその女武人に気圧される。

 父と対峙した時と同じ空気を纏っている。


(武が満ちておる)


 いったいどれほどの修行と研鑽を積めばその領域へと至れるのだろうか。

 どれほどの修羅場を潜り抜ければ至れるのだろうか。

 

「ッ……」


 メリサが拳を構えた。

 ただそれだけで重圧が何倍にも膨れ上がる。

 彼女の存在が膨れ上がる。

 汗が噴き出る。

 体が、震える。


「具合が悪そうだけど、大丈夫かしら?」


 試されている。

 まるで銃口を突き付けられ踊れとでも言われているようだ。

 

「……くは、ははは」


 胸の高鳴りにルーナは笑った。

 心が躍る。

 やはり家を出て正解であった。

 これほどまでに心が生き生きとしてくるのだから。


「失礼したのじゃ。 くっくっ、せっかく未来の母上様と手合わせできるのじゃ、……できる限り楽しませてみせようぞ?」


 ルーナの体は未だ震えている。

 それは武者震いだ。


「……あらあら?」


 獰猛な笑みは彼女の旧知である領主に似ていた。

 母親似の美少女であったが、やはり鬼の子は鬼であった。

 それならば手加減はいらない。


「私の可愛いジンちゃんに手を出そうなんて……少しお仕置きが必要みたいね?」


 


◇◆◇



 あれ?


「ふごふご?」


 口に布を巻きつけられている。

 手足も縛られて動けない。

 なんで?


「……」


 思い出せた最後の記憶は……。


 そうだ、ルーナの修行を終えて市場を少し見て帰ろうとしたんだ。

 そしたらいつものおばちゃんしつこくて……。


「ふご?」


 逃げるように路地裏に入ったら、男が立っていた。

 どこかで見たことのあるような大男だった。

 追いかけてきたおばちゃんが割って入ってくれたのだが、倒された。

 そして……。


(拉致された?)


 おばちゃんは大丈夫だろうか?

 いつもおやつをくれる良いおばちゃんだ。

 気を見ればわかる。 優しい気をしている。

 ちょっとスキンシップが激しくて息が臭いけど、ただの子供好きの良いおばちゃん。

 心配だ。


「……気がついたか。 おとなしくしていろ。 用事がすんだら帰してやる」


「……」


 顔に傷のある鬼人。

 ルーナに投げ飛ばされていた大男か……。

 復讐か?

 大男は苛立っているようだった。


 どうしよう……。



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る