第8話 父は……

 僕は短距離転移魔法で敵を翻弄し、着々と準備を整えた。

 敵はそれに気づいた時が、既に遅い。

 フッと笑って見せた僕は指を鳴らし大呪文を完成させる。

 耳を劈く轟音と、大爆炎。

 雲海を晴らし空を穿つ炎柱が僕の頬をじりじりと焦がした。


「ふはははは! これが大魔法というやつさ!!」


 敵は灰燼と化した。

 さすが、魔法。 魔法万歳。 


「よくできたわ、ジン。 ご褒美よ」


 母様の優しい声が聞こえた。

 よくできた僕にご褒美があるらしい。


「さぁ、飲みなさい」


 一瞬で背後を取りは羽交い絞めにされた僕に突き出された液体。

 それは酷い悪臭がした。


「っ!? そ、それはっ、――ああああああああああああッッ!!」


 我が家秘伝の薬草茶だった。



◇◆◇


 

「――はッ!?」


 僕は飛び上がるようにベットから飛び起きた。

 

「はぁ、はぁっ、……夢か」


 途中までは最高の夢だった。

 派手な魔法をどっかんばっかんとぶっぱなし敵を倒していた。

 魔法最高。


「うぅ、なんかまだ口の中がクサイよ……」

 

 それに比べて武術ときたら……。


「ぬぅ……ぅぅ……」


 体中が痛い。筋肉痛だ。

 僕は体の痛みでおっさんのように呻きながら居間へと向かう。

 朝食の匂いがしている。

 香ばしい肉の焼ける良い匂い。

 どうやら今日は父が帰ってきているようだ。


「よう、ジン。 ずいぶんと、母さんに可愛がられたみたいだな?」


 悪人と善人で笑い方が違うとするなら、まず間違いなく悪人の笑みを浮かべながら、今生の僕の父親である男がくくくと笑った。

 僕の動きのぎこちなさで全てを悟ったかあるいは母に聞いたか。

 昨日の惨状を知ってなおその笑いかたをする父が、僕は苦手である。


「……おかえり」


 二人掛けの椅子に乙女ゲーに出てきそうなイケメンが座っている。

 母よりも長い灰色の髪、切れ長の瞳に細い顎、整った顔は自信に満ちた表情が良く似合う。

 ハリウッドのモデルのようだ。

 僕の年齢が五歳だから若いの不思議ではないけれど、両親とも十八歳ぐらいにしか見えない。

 

「ほら、みやげだぞ~~」


 机の上には親父の狩りの成果が置かれていた。

 見た目はチャラい兄ちゃんだが、実は凄腕の猟師ハンターらしい。 

 その中の一つに僕は食いついた。


「父、コレは?」


「おう、それはキラービーの魔石だな。 そっちの大きいのはマーダージャッカルのだ」


 不思議な印象を受けたいくつかの紫色の石。

 どうやらファンタジーのお約束、魔石らしい。

 手に持ってみるとひんやりとしてゾッとする感じがした。

 魔石……実に良い。

 欲しい。


「タブラ。 マーダージャッカルがいたの?」


 肉の焼けた良い匂いがする料理を持って母が訊ねた。

 タブラは父の名前だ。

 その問いに父は机に置かれた大きな爪持って答えた。


「あぁ。……まぁ、いたのは一体だけだから、ハグレだろうな」


「そう……。 ならいいけど、気をつけてね?」


 あなたはソロなんだから……と、母はかなり心配している。

 マーダージャッカル。

 危険な魔物なんだろうな。

 凄い大きな爪だ。 


「くく、メリサは心配性だな。 足手まといがいたほうが逆に危ないさ。 ほら、こっちはメリサにおみやげだぞ?」


「っ!? こんなに!」


 母は渡された巾着袋を開けて驚き、嬉しいようでとてもいい笑顔になった。 母の表情がこんなに変わるのは珍しい気がする。

 

「茸類は豊作だったな? やはり、なにか変化が起きているのか」


 お土産に喜ぶ母は、父の考えるような呟きは聞こえなかったようだ。

 

「保管してくるわ」


 そう言って母は寝室のベットの下にある地下室に向かった。

 隠し部屋だ。

 盗賊や魔物に村が襲われた時に逃げるようだろうか?

 物置のようになってるらしいが、危ないので僕は立ち入り禁止にされている。


「よし、ジン。 これを持って外で遊んで来い」


 持たされたのはパンキノコに挟まれた肉料理。

 パンキノコは名前の通りパンのようなキノコだ。

 さらにお小遣いまでもらう。

 どうしても僕を家から追い出したい父。


「いってきま~す」


 聞き分けの良い僕は、家を出ていく。

 その際に父は妹と弟どちらが欲しいか聞いてきたので『どっちでも』と適当に答えておいた。

 

 父は四日間狩りに行き、帰ってきたら三日休む。

 なので四日ぶりの夫婦の時間を楽しみたいのだろう。

 お邪魔虫な僕は出ていくのである。


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